巫女神の鈴の音
――そして、舞台は再び戦場へ。
既にビルの屋上はほとんど削り取られ、九階の天井からは大きな空が覗いていた。
崩れたコンクリートの向こうには、オモイカネとマガツヒが待ち構えている。
その前に、結日と鈴音が立つ。
「ユイカ様、お戻りになるのをお待ちしておりました。……とても潔く、美しいお姿です」
「アカネ、私はアニマにはならないよ」
強力な敵を前にして、結日の声は澄み切っていた。
「しかしながら、それでは私はユイカ様に永遠に触れられません」
オモイカネの声が深い哀しみを帯びる。
「大丈夫。アカネを元に戻す方法を、必ず見つけるから。だから……もう、やめようよ」
だが、揺らめく闇を宿すオモイカネの瞳は変わらなかった。
「それは叶いません。ユイカ様だけでなく、すべての人間はいずれアニマとなる定め。それこそが、カナシミノナイセカイ……」
オモイカネの背後の闇がざわめく。
「そして、ここから逃げることもできません。残念ながらアニマの見えぬユイカ様には、抗う術はないのです」
結日は声のする方を向き、宣言した。
「そんなことない。私は……今から達人になるの。だから、見えなくても――負けない」
そこで鈴音がくるりとターンした。
「そしてあたしは、ダンシング・ブレード。ユイカ姉ぇが闇の中なら、闇を照らす灯火になるよっ!」
その声が響くと同時に、鈴音はオモイカネに向かって滑り出す。彼女を突き刺すようにマガツヒの指が伸びた。
鈴音はスピンでそれを弾き返し、衝突音と鈴の音が重なって響く。
「そこっ!」
結日の足が閃光を描き、旋回と同時に放たれた蹴撃が闇を裂いた。
マガツヒの影がわずかに揺らぐ。
「どう? 今の私は――気配が読めるの」
だが、オモイカネは動じることなく、冷ややかに答えた。
「ユイカ様とあろう方が『気配を読む』などとおっしゃるとは。いわゆる気配――人が背後を察する感覚というのは、気流や音の反射を無意識に捉えているに過ぎません。しかし我らアニマには、そのような現象は起きません。すなわち、気配など、感じるはずはないのですよ」
そのまま、魔法攻撃へと移る。
「多重詠唱――『黒炎』、そして『烈風』。同時に放てば――『黒炎放射』!」
黒い炎が唸りを上げて襲いかかる。
「鈴音ちゃん!」
「こっちだよっ!」
鈴音は跳び出し、光の粒を散らしながらスピン。シャンシャンと鈴の音を立てる。
結日はその方向に走る。
先ほどまで彼女がいた場所を、黒い炎が突き抜けた。
「なるほど……音ですか」
オモイカネが唇の端をゆがめる。
「アメノウズメ。あなたの役目は、音を立てて場所を知らせること。そうですね?」
その声と同時に、黒い炎がいくつも生まれ、ゆっくりと浮かび上がった。
「来る……!」
放たれた黒炎が爆ぜた。
轟音と、シャンという鈴の音が入り混じる。
「……っ、これじゃ、音が……!」
鈴音が苦しげに声を上げた。
回避だけで精一杯。敵の場所も安全地帯も示せない。
その場を動けない結日に、黒炎の一つが一直線に迫った。
「ユイカ姉ぇっ!」
次の瞬間、鈴音が飛び込む。
その小さな身体が結日をかばい、闇の奔流に弾かれた。
そのまま床を滑り、壁に叩きつけられる。
「鈴音ちゃん!」
――鈴の音が、途絶えた。
「……静かになりました。これで、終わりですね」
オモイカネの優美で残酷な声が、ゆっくりと近づいてくる。
「はっ!」
結日は声のする方へ、反射的に蹴撃を放つ。だが、空を切った。
「おしゃべりも終わりにしましょう。静寂の中で、ユイカ様は美しいアニマとなる」
結日は立ち尽くしていた。鈴音は動かず、もはや何の物音もしない。
もちろん気配も感じない。
オモイカネは結日の背後に音もなく忍び寄っていた。
そして、マガツヒの左手が、ゆっくりと伸び、結日の身体を包み込もうと迫る。
その時――。
「――はっ!」
閃光が走った。咄嗟の伸身宙返り。
結日の脚は輝く刃のように、マガツヒの左手を、人差し指の根本から手首へと真っ二つに切り裂いた。
沈黙のあと、結日が静かに息を吐き、申し訳なさそうにオモイカネを見つめた。
「ごめんね、アカネ。……実は、全部見えてたの」
『面白いかも!』『続きが気になる』と思った方、ブックマーク登録や↓の『いいね』と『★★★★★』をポチッとしていただけたら、それだけで作者は歓喜に満ち溢れ執筆の励みになります!




