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終焉のアニマ〜ARで蘇った妹は仮想が現実を侵食する世界の召喚神〜  作者: マシナマナブ
第二章 アスリートとなった令嬢

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リモートアバター・エビスちゃん

 頭上では黒い炎がまだ猛威を振るっているようだ。

 湊たちは階段を駆け下り、一つ下の階へ辿り着いたところで、壁に身を寄せて立ち止まった。


「アカネ、追ってきてない?」


 結日が振り返る。


「ああ、今のところは」


 湊は肩で息をしながら、天井を一瞥した。


「これは俺の予想だけど……たぶん、マガツヒは屋内では力を発揮できない」


「どういうこと?」


 思いがけない言葉に結日が問い返す。


「ここに来るまでの間、タクシーの中でも、エレベーターの中でも、攻撃のチャンスはいくらでもあった。なのに、彼女はわざわざ人気のない古いオフィスまで俺たちを誘い出して、戦いの場に屋上を選んだ。もし閉じ込めるだけが目的なら、他にいくらでも簡単な手があったはずだ」


 湊は短く息を整え、言葉を続ける。


「――つまり、屋内では現実への干渉が弱まる。物理的に影響を与えるには、開けた空間が必要なんだと思う」


 結日は目を瞬かせ、小さく笑った。


「なるほどね。さすが、限りなくプロゲーマーに近いミナト君。状況分析が早いね」


 確かに、あれほど結日に執着していたオモイカネが追ってこないのは明らかに不自然だ。

 ――そう思った矢先。

 天井が白く輝き、バラバラと破片が降り注いだ。

 そこに空いた穴の向こう。

 オモイカネの顔がゆっくりと覗く。

 唇の端に冷たい笑みを刻みながら――


「あなたたちの位置は把握しています。逃げ場など、存在しませんよ」


 ビルの中に充満するように上階から響く声。

 湊たちは息を切らしながら、さらに下の階へと駆け降りた。

 オモイカネの言葉が頭の中で繰り返される。

 もしこのビルの一階から外に出れば、間違いなく狙われるだろう。

 かといって、このまま潜んでいても、いずれマガツヒがビルごと消滅させてしまうかもしれない。


「……誰か、助けを呼べないかな」


 結日が小さく呟いた。

 その声に、湊の脳裏に真っ先に浮かんだのは――八重の顔だった。

 湊はアイウェアに指を当て、通信を開く。


「ヤエ、聞こえるか?」


『どうしたんや?』


 すぐに、いつもの関西弁の声が返ってきた。

 湊は息を整え、手短に状況を説明する。


『とんでもないことになっとるな……。今からうちが行っても、間に合わへんやろうな』


 少しの沈黙のあと、八重の声が明るく跳ねた。


『――ほんなら、リモートアバター使おか』


 その瞬間、湊の目の前で光の粒が舞い上がり、ふわりと集まって形を結ぶ。

 そこに現れたのは――頬をうっすら紅に染めた、可愛らしい小さな少女。

 袖の長いゆったりとした和服を着て、宙に浮かぶ金色の鯛に乗っている。


「うちのリモートアバター、エビスちゃんや!」


 ニコニコ笑顔とともに、エビスちゃんとなった八重の声が響く。


「もちろん実体はあらへんから、攻撃はできひんけど、そっちの様子は全部分かる」

 

 遠隔地から現地にリモートアバターを投射し、現地の様子を共有する、いわゆる、テレポーテーション機能。

 実体を持たぬまま、瞬時に相手の空間に行くことができる、ARの画期的機能の一つだ。

 エビスちゃんは鯛の背に腰を下ろしたまま、軽やかに周囲を見渡す。


「ここ……アイノリア社の昔の開発拠点やったな。何か使えそうなもん、残っとらへん?」


 湊たちは部屋を見回した。

 机も棚も空っぽで、残っていたのは埃をかぶった古い工具くらいだ。


「うーん、あんまり収穫ないな……」


 エビスちゃんが腕を組み、鯛の背で軽く揺れる。


「いちばんの問題はユイカのアイウェアやな。映像が出ん言うてたやろ? ちょっとうちに見せてみ」


 結日は壊れたアイウェアを差し出した。

 エビスちゃんが色々な方向からそれを観察する。


「ふむ……メインチップは生きとるけど、映像出力のチップが焼けてもうてるな。さすがにこれは修復できんわ。そしたら……せやな、ミナトのアイウェアをユイカに使うっちゅうのは、どうや?」


 エビスちゃんの提案に、湊は短く考えてから答えた。


「……確かにありかもしれないけど、その場合、俺のユーザー情報を消して初期化しないと、ユイカには使えない」


 彼は眉をひそめる。


「そうすると、俺の鈴音が出せなくなる。アメノウズメの光の加護なしでマガツヒに挑むのは……正直、厳しいと思う」


 結日は小さく笑い、壊れたアイウェアを見つめながら言った。


「それに、ミナト君のは私のとは違うの。私のは、どんなに激しい体操技をしても外れないように、しっかり固定できる特注品なんだ」


 確かに、普通のメガネをかけてバク転なんてしたら、すぐに吹っ飛んでしまう。この状況では、視界がわずかにずれるだけでも命取りになりかねない。


「うーん……打てる手は、あとは……」


 エビスちゃんが唸っていると、結日が手を挙げた。


「もう、達人になるしかないね」


「……え?」


 湊が思わず聞き返す。


「達人の境地に行ければ、見えなくても相手の殺気を感じて攻撃できる……って言うでしょ?」


 エビスちゃんが吹き出した。


「なんやそれ、仙人の修行モードかいな」

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