脱出不能な闘技場
エレベーターの入り口は、茜が放った闇の力によって無惨にひしゃげ、とても通り抜けられる状態ではなかった。
茜と戦うしかない。湊は覚悟を決めた。
「――召喚神、アメノウズメ!」
湊が手をかざす。
空間が震え、淡い光の渦が現れた。
そこから、舞うように巫女装束の少女が降り立つ。
「あたし見参! ――って、うわ、何これ!? このお姉ちゃん、チーム・タカミカグラのウィザードの人だよね? なんでコスプレして背中から闇の手が生えてんの!?」
「説明はあとで。見ての通り、敵だ。まずは光の加護を頼む!」
湊が短く叫ぶ。
「いつものやつね、りょーかい! 光の羽根よ、盾とな〜れ!」
鈴音が手を掲げると、淡い光が湊たちを包み、輝く羽根を形作る。闇属性に耐性のある光属性の付与だ。
しかし、その光の加護を得てもなお、神クラスのアニマ、オモイカネの前では心許ない。
鈴音が宿っているアメノウズメも神クラスだが、サポート型。並のアニマなら圧倒できる攻撃力を持つとはいえ、同じ神クラス相手にはやや力不足だろう。
「ユイカ、前みたいに攻撃できそう?」
頼みの綱はやはり結日。だが、湊の声に、返ってきたのは小さな声だった。
「……ごめん、ミナト君……私、見えないの」
見れば、結日のアイウェアは、さきほど茜が放った闇の攻撃で一部が砕けていた。
「音は聞こえるんだけど、アイウェアに、何も映らない」
完全に壊れたわけではなさそうだが、映像の出力部分が損傷してしまったようだ。今の結日の目には、アニマも、マガツヒも映らない。
オモイカネ――先ほどまで思井茜だったものが、ゆっくりと両手を広げる。
背から伸びた闇から禍々しい魔力が注がれる。
「多重詠唱――『黒炎』、そして『烈風』。同時に放てば、『黒炎放射』!」
轟音と共に、黒い炎の奔流が放たれる。それは屋上の床を薙ぎ払うと、コンクリートが眩しく白熱し、削り取られていく。
マガツヒの力は、茜の魔法をも変質させ、その攻撃を現実のものとしていた。
「ユイカ、こっちだ!」
湊は反射的に、攻撃の見えない結日の手を握った。
結日は一瞬、息を呑んだが、すぐにそれは驚きから安堵に変わった。視界のない彼女にとって、湊の手とその掌の温もりは、現実と仮想をつなげる確かな道標だった。
――信じるしかない。
二人は闇の炎の中を駆け抜け、屋上に設置されている非常階段の扉までたどり着く。
「アマノ・ミナトッ!」
背後から、オモイカネの叫びが轟いた。
その声は、怒りと嫉妬と狂気が混じった悲鳴のようだった。
「ユイカ様の手に……尊い御手に触れたな。なんと、なんと罪深い――ああ、決して許されることではない! その右腕、切り落としてもまだ足りぬ!」
オモイカネの両目は深淵のような闇と変わり、背後のマガツヒの手指は、孔雀の羽根のように大きく開かれた。
湊は急いで非常階段の扉のノブを回す――だが、開かない。
内側から完全に施錠されている。
次の瞬間、背後から、恍惚とした笑い声が響いた。茜の声と、異質な何かが同居して笑っているようだった。
「愚かな。ここは私が用意した、閉ざされた舞台。この闘技場に足を踏み入れた時点で、運命は確定している。脱出の手段はただひとつ。肉体を棄て、アニマとなることのみ」
その言葉の直後――
オモイカネの背後に広がる闇の手指が触手のようにしなり、鞭のように様々な方向から薙ぎ払ってきた。
「下がって、ユイカ!」
湊は結日を庇うように前に立ち、闇の触手の隙を縫うように後退していく。
鈴音が氷の上を滑るように割り込み、華麗なステップで幾つかを弾いた。しかし、数が多い。
湊と結日はじりじりと後退を続け――ついに足が柵にぶつかった。
それは十階建てのビルの屋上の端。その向こうは虚空。落下すれば確実な死。
かなり厳しい状況だ。
エレベーターは崩落、階段は封鎖。退路は完全に絶たれ、人気のないこの場所では助けを呼ぶ術もない。
眼前には神クラスのアニマとマガツヒ。
そして――今の結日は、敵を見ることすらできない。
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