現実と仮想の狭間の生き物
湊は気を取り直して問いかけた。
「……凪さん、何か分かりましたか?」
「……マガツヒは、確かにアルカディアのシステムだけでなく、現実世界にも干渉しています。当初、私たちはテロ行為を意図した悪意のあるユーザーアバターの一種ではないかと疑いました。仮想の存在ではなく、実在する何かと考えた方が説明がつくからです」
リモートアバターの凪は分かりやすい言葉を選んで説明してくれる。
「ですが、マガツヒにはアカウントが存在しません。アカウントがあれば、私たちは強制的に停止できます。けれど、それができない」
「じゃあシステムバグ……?」
湊がつぶやいたが、凪はゆるく首を振った。
「いいえ。マガツヒは我々が実装したアニマではありません。にもかかわらず、まるで仮想キャラクターのように振る舞い、アルカディアのシステムに自然に溶け込んでいる。アニマのフレームワークはユーザーの自由なカスタマイズを想定して柔軟に設計されていますが……マガツヒは、その構造を知り尽くしているかのように自然に適応しているのです。その結果――現実に干渉できるマガツヒは、仮想空間の事象を現実に反映することもできる」
そこで凪は一呼吸おき、言葉を締めた。
「それはまるで……現実と仮想の狭間に生まれた生き物のような存在。単なるバグと呼ぶには、あまりに自律的で狡猾です」
張りつめた空気が場を覆い、湊と結日は思わず顔を見合わせた。
「……つまり、現実と仮想を繋ぐ『橋』みたいな存在、ということですね」
「その通りです。ただし――」
湊の例えに、凪がすぐさま言葉を継いだ。
「アルカディアに適応している都合上、マガツヒもまた制約を受けています。だからこそ、アルカディアのスキルや魔法で攻撃できる。今のところ、マガツヒを退ける唯一の方法は、アルカディア由来の力を用いることに他なりません」
マガツヒの明確な対処法が示されたことは朗報だ。だが、その一方でその存在は依然として闇に包まれたまま。不気味さはより際立ったかもしれない。
重苦しい沈黙を破ったのは、結日の声だった。
「……マガツヒが現実に干渉できる理由、手がかりになるかもしれないことがあるんです」
凪の視線が鋭く向けられる。結日は一瞬ためらったが、抑えきれない思いがそれを振り切って言葉となった。
「私の父――高見聡一郎は、生前アイノリア社で『仮想が現実に影響を与える研究』を進めていたみたいなんです。それで、何かの手掛かりにならないかと父のライフログデータの提供をアイノリア社に依頼したんですが……拒否されてしまいました」
その名を聞いた瞬間、凪の表情が驚愕に揺れた。
「これは……驚きましたね。まさか優勝チームのお嬢さんが、高見聡一郎氏の娘さんだったとは。ご存じの通り、アイウェアを展開するアイノリア社と、ARクラウドを運営する我々アルカディアは切っても切れない関係です。私自身、かつて彼には多大な恩義を受けました」
凪は故人を懐かしむように語るが、すぐに険しい表情となる。
「彼の肝入りの研究……確かにマガツヒに通じている可能性もありそうですね。しかし――聡一郎氏のライフログを手に入れるのは容易ではないでしょう」
想定された返しに、結日は一歩踏み込んで、SNSを利用した自分なりの策を説明した。それは彼女の聡明さと大胆さを示すものだ。
凪はその言葉に真剣に耳を傾け、思慮を巡らせた。
「確かに、達成までの時間と確実性には課題もありますが、それも一つの方法でしょう。……ですが、私にもひとつ考えがあります。大勝負に出る前に、試してみてもよいでしょう」
そこで凪は瞳に鋭い光を宿し、指先でアイウェアを軽く押し上げた。
「明日、午前十時にアルカディア本社ビルへ来ていただけますか? 皆さんのよく知る人物を手配しておきましょう」
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