栄光のアルカディア
ARで、現実の世界に重ねて表示する情報を保存・配信するクラウドサーバーのことを、『AR Cloud』と言う。
道案内に観光ガイド、広告、ゲームのモンスターや仮想キャラクターまで、かつては用途に応じて多数のARクラウドが乱立していた。
だが、時代の流れとともに統合、淘汰が進み、現在は大手企業が運営する三つの巨大ARクラウドへと集約されつつある。
その一つが、ゲーム特化型のARクラウド――
ARCADIA(AR Cloud Animae Digital Item Adaptation)である。
アルカディアは、現実の街とうまく一体化されたシステムと、育成・収集・バトルといったやり込み要素を組み合わせたARゲームを提供する。
体を動かして直感的に戦える手軽さに加え、楽しみながら体のトレーニングにもなることから、子どもから大人まで幅広い層に人気を集めている。
中でもプレイヤー同士がリアルタイムでぶつかり合うPvP(対人戦)は、eスポーツとして高い注目を集めており、観戦コンテンツとしても急速に成長中だ。
そんな中、溱が所属するチーム『YATAGAMI』は、激戦を勝ち抜き、来週行われる全国決勝大会に出場することが決まっていた。
優勝賞金は三百万円。
三人で分けても、一人あたり百万円――高校生にとっては破格の金額だ。
だが、それ以上に価値があるのは、名誉と知名度。
優勝チームにはプロゲーマーとしてのスカウトや、インフルエンサーとしての道が開ける可能性もある。
「タケル、決勝戦の前にトラブル起こして不戦敗とか――マジで勘弁してや」
中学生たちを撃退した武に、チームメイトの事代八重が冷ややかな視線を投げる。
八重は17歳。湊や武と同じ高校に通う、クールな理系女子だ。プログラミングとロジカルな思考に長け、ゲーム内の戦術構築も担っている。
切れ長の目と、無表情な顔立ち。肩まで伸びたストレートの黒髪。武とは対照的に常に冷静で、サバサバした実力者である。
視力が悪いため、彼女のアイウェアには度付きのレンズが入っている。
「ジャスティスの行使をしないわけにはいかんだろ? 俺が目指すのはヒーローだからな」
武が胸を張って言い放つ。
「……まあ、今回は向こうが明らかに悪かったし。結果的にヤタガミの宣伝にもなったからいいんじゃないか?」
湊が苦笑しつつフォローを入れた。
天野湊、三日月武、事代八重。
この三人が、チーム『YATAGAMI』のメンバーである。
「ま、世直しもほどほどにしときや。来週の決勝戦、ぜったい勝たなあかんのやから。賞金、しっかりもろたるで」
「ヤエは金の亡者だからな……」
湊が苦笑まじりにつぶやく。
「なんやて!? うちがほんまに金の亡者やったらな、今までミナトに貢いだぶん、ぜ~んぶ返してもらわなあかんで?」
「えっ、いや……俺が悪かった。全面的に謝罪します」
「わかっとったらそれでええんや」
湊は、八重にはまったく頭が上がらない。
「賞金だけじゃない。俺たちの力を、見せつけてやるんだ」
武が真剣な表情で言い切る。
「――当たり前やろ」
八重が笑ってうなずく。
三人の拳が、そっとぶつかり合う。
チーム『ヤタガミ』の心は一つだ。
そのとき、武がふと思い出したように湊に向き直った。
「そうだ、ミナト。……黒いアニマの噂、知ってるか?」
「黒い……アニマ?」
『ARnima』とは、アルカディア内に存在する仮想のキャラクターを指す言葉だ。
「俺も今日知ったばかりだが、小さな謎のモンスターで、全身が真っ黒らしい」
武の声が、ふっと低くなる。
「しかも……そいつに攻撃されると、リアルで怪我するらしいんだ」
「は? 仮想のモンスターにリアルで殴られるっちゅうんかいな……ありえへんって」
八重があきれたように茶々を入れる。
「……俺もそう思ってた。でも、実際にケガしたってやつが出てるんだ。深淵みたいな黒いモンスターにやられたって、ネットでちょっとした騒ぎになってる」
そう湊が答えると、八重の眉がピクリと動いた。
「黒、ねぇ……それもおかしい話やな。オプティカルシースルーのARで黒を表示するのは、無理があるで? 周りと比べて黒っぽく見せたり、液晶シャッターで一部をぼんやり暗くする程度ならできるけど、真っ黒なんて」
「でも、そいつは……まるで空間に穴でも空いたみたいな黒らしい」
「都市伝説やん。アホらし。ほんまに黒く見えるなら、それはARやのうてVRやわ」
八重の指摘はもっともだった。
アイウェアは、現実の景色をそのままグラス越しに見せて、そこに仮想の映像を重ねる『光学シースルー方式』だ。
この仕組みでは、光を足すことはできても、引くことはできない。つまり、黒は表示できないのだ。
一方、現実を一度カメラで撮影して、それに仮想映像を合成してから画面に表示する『ビデオシースルー方式』なら黒も出せる。だが、その方式はARというよりはVRだ。
デバイスは大きくなり、現実の景色もカメラ越しに見ることになるため、日常使いには向いていない。
「しかも、その黒いアニマ……幼児のように小さいくせに、かなり強いらしい。倒したら、何かレアドロップでもあるかもな」
そこで、天から降ってきたような声が響く。
「フフ……どんな怪物でも、スズネとミナ兄ぃがそろえば、無敵!」
空中をひらりと舞いながら、ツインテールを揺らす少女――鈴音が現れた。
「この超絶・最強タッグに勝てる相手、いるはずないよっ!」
彼女は湊が創り出したアニマ。
現実にはもうこの世にいない――それでも誰よりも輝いて存在する、バーチャルの命だ。
「……まあ、鈴音ちゃんは別格すぎるからなぁ」
八重が少し呆れながらも、笑みをこぼす。
「まあ、用心しておくに越したことはない。もし本当に黒いアニマが実在したら、ただのARゲームではすまないかもしれない」
湊は静かにアイウェアに手を添え、視線を遠くへと向けた。
黒いアニマ――現実に影響を及ぼす、仮想の怪物。
それは単なるシステムバグなのか、それとも――
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