闇の痕跡
結日はそう言うと、アイウェアを操作し、父・聡一郎のデータを呼び出した。
「ユイカのお父さんの記録……思ったより少ないな。ハクの方が圧倒的にデータ量が多いくらいや」
共有されたデータを見て、八重が苦い表情を浮かべる。
「父は多忙だったから。家にいないことも多かったし……」
結日は寂しそうに目を伏せた。
「正直、この程度のデータじゃ人格の再現は難しいやろうな。肝心の研究内容についても、ほとんど残ってへん。悪いけど……これでは無理や」
八重の言葉に、結日の肩が小さく震える。
「……そうだよね」
沈黙を破ったのは湊だった。
「ユイカのアイウェアじゃなくて……お父さん本人のライフログデータは? そっちは残ってないの?」
「父も普段はアイウェアをつけてたよ。でも……事故の時に壊れちゃった」
「まあ、高所からの転落事故ならそうやろうな……」
「だけど、ライフログそのものはアイウェア本体じゃなく、クラウドに保存される仕組みだろ? もしそのデータにアクセスできるなら、あるいは……」
湊が希望を捨てずに提案する。
「けど、ライフログにアクセスできるのは本人だけやろ? 虹彩認証で初めて開ける仕組みや。勝手にデータを見るのは身内でも不可能やで」
「……そう、だよね」
八重は少し考えてから顔を上げた。
「……けど、ライフログのクラウドを管理してるのはアイノリア社や。だったら、そっちを当たってみる手はあるかもしれへん」
「……アイノリア社に直接」
結日は小さく繰り返し、やがて決意を込めて頷いた。
「分かった。父の昔の知り合いを当たってみるよ」
そう言う彼女の横顔には、強い光が宿っていた。
◇ ◇ ◇
先日のマガツヒの右腕との死闘から日が経っても、鈴音の体にはまだ痕跡が残っていた。完全に闇の侵食を払うことができないのだ。
「鈴音、その後の具合はどうだ?」
湊が心配そうに声をかける。
「ミナ兄ぃ……あたしはもう人じゃなくてアニマだから、痛みも苦しみもないよ。でも――胸の奥に、自分じゃない何かが入り込んでる気がする……」
鈴音はどこかぼんやりした調子でつぶやいた。
「……黒いアニマの一部が、まだ残ってるってことか」
「そうだと思う。そして――変な話だけど、その影が考えてることが、少しずつ……頭に流れ込んでくるんだよ」
鈴音の瞳に一瞬、黒い光が走る。
「マガツヒの思考が……分かるのか?」
「うん。でもはっきりとじゃないよ。分かるのは強い感情だけ。あれは……ただ暴れたいわけじゃないみたい。呪いにも似た深い衝動だよ。あれ――彼女は悲しみを、この世界から消し去ろうとしている。彼女なりの救いの形……」
鈴音は遠くを見るように、頭のイメージを言葉にした。
「……人をアニマに変えるのが、救いだって言うのか」
「そう。黒いアニマからすれば――肉体は檻。仮想の存在に変えることは魂の解放であり、救済なんだよ」
「……つまり、あいつなりのジャスティスってわけか!」
武の目が妙に輝いた。
「じゃあ……あいつが街中のARオブジェクトを次々に吸収してるのは、何のためなんだ?」
鈴音は目を閉じ、額に手を当てた。
「……あれは、学習。世界を知るための学び。彼女はまだ生まれて間もないみたいだから」
「生まれたばかりの赤ん坊が……あれなのかよ」
武の声には、皮肉と戦慄が入り混じっていた。
「あれをこのまま放っておいたらどうなっちまうんだ?」
湊の脳裏に、数日前の光景がよみがえる。初めてマガツヒと遭遇したとき、あの時の大きさは、人と同じ程度だった。
だが、吸収を重ねるたびに肥大化し、今は腕だけでも人間を軽く超える巨躯と化している。
もしもあの部位たちが再び融合したとしたら――想像を絶する巨人が姿を現すことになる。
そして、マガツヒの成長はまだ止まっていない。
やがてはすべての人々を、すっかりアニマに変えてしまうのではないか。そんな悪夢めいた未来が湊の脳裏をよぎった。
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