結日の後悔
結日のかつての愛犬ハクは、アイウェア越しの世界で、まるで息づいているかのように尾を振り、首をかしげ、結日を見上げている。
「召喚アニマ、『狛犬』をベースにキャラメイクしてみた」
湊は淡々と説明したが、それは神経の一本一本を繋げていくような地道な作業だった。
「思った通り、メモリの拡張もほとんど要らんかったわ。このくらいやったら、うちがサービスしといたる」
八重は軽く笑みを浮かべ、気前よく言った。
その言葉に、潤んだ目で二人を見つめる。
「二人とも……ありがとう。今までで一番、ARが素晴らしいって思えた。そして……」
溢れ出す涙を拭おうともせず、結日はまっすぐ湊を見上げた。
「ミナト君……ごめんなさい。私、ミナト君にも鈴音ちゃんにもひどいことを言った」
その言葉には心からの後悔が感じられた。
「このハクを見て、私だってこの子を適当に扱うなんてできないって思った……ましてや本当の妹さんなら、なおさらよね……許してもらえないかもしれないけれど、謝らせてほしい」
いつもの毅然とした結日ではなく、小さな震えが混じった声だった。
「そんな、いいんだよ」
湊は静かに、けれど揺るぎない口調で応じた。
「ユイカ……結局、君の言ったことは正しい。鈴音は妹だとしても、もうこの世にはいない。データなんだ。それと自分の命を天秤にかけるなんて、冷静に考えれば間違っている」
結日は涙を滲ませた瞳のまま、そっと首を振る。
「……冷静になんてなれない。それが、私にもよく分かった」
「まあまあ、お二人さん」
八重がなだめるように割り込んだ。
「これで仲直りってことでええやろ」
その言葉に場の空気がわずかに和らいだが、結日はしばらく俯いていた。
やがて、まだ目を伏せたまま、そっと口を開いた。
「ミナト君、ヤエさん……私、お願いばかりで厚かましいのはわかってる。でも……どうしても、もう一人、蘇らせてほしい人がいるの」
人……湊と八重は顔を見合わせる。
「今度は……人間なの?」
「うん……」
結日はうなずき、小さな声で続けた。
「私の……亡くなった父親……」
その瞳には、懐かしさと悲しみが入り混じっていた。
「私の昔の話、聞いてもらってもいいかな」
彼女は息を整え、ぽつりぽつりと身の上を語り始める。
結日の父――高見聡一郎。
世界的テック企業『アイノリア・インク』の日本法人元社長。アイノリアは、今や誰もが当たり前のように身につけている『アイウェア』の製造・販売元として知られる世界的巨大企業だ。
聡一郎は、かつてその日本法人を任され、日本市場を牽引した人物だった。
幼い結日は父の背中を見て育った。父は多忙だったため、言葉を交わした時間はあまり多くはなかったが、彼の方針で結日は多くの教育を施されてきた。
だが、結日が十二歳のときに父は急逝。その日から、母ひとりに支えられて生きてきた。ある程度の貯蓄はあったものの収入が途絶えたため習い事も整理し、結日が唯一打ち込んできた体操だけが残った。
「……お父さんが、アイノリア社の日本法人社長!?」
湊は思わず目を見開いた。
「なんやて……ほんまに社長令嬢やったんか」
八重も衝撃が隠せない。
「アイノリアの日本法人の社長が亡くなったニュースは俺も聞いたことがある。病気……だったか……」
「ううん……表向きには『事故』ってことになってる。でも――」
結日は唇を噛んだ後、小さな声でつぶやいた。
「こんなことを言ったら変に思われるかもしれないけど、私は……誰かに殺された可能性もあると思ってるの」
「……そいつは穏やかやない話やな」
八重は眉をひそめる。
「根拠はあるのか?」
湊が真剣な目で問いかけると、結日は小さく頷いた。
「根拠というほどのものじゃないけれど、父は会社のビルの屋上から落ちたの。その場には父以外誰もいなかった、ということで転落事故として処理されたけど……そんなの、どう考えても不自然だと思う」
「……それで、ユイカはお父さんを蘇らせて、事件の真相を聞こうとしてるの?」
湊の問いに、結日はそっと首を振った。
「もちろん父祖の死の真実も気にはなってる。でも、知ったところで父が帰ってくるわけじゃない……それより、聞きたいことがあるの」
「聞きたいこと……?」
湊が問い返す。
「父が亡くなる少し前に言ってたの。『仮想が現実に影響を与える研究をしてる』って……。その研究を直接指揮してたのが父自身だったらしいの」
「社長自らが指揮……並の案件とは違う超重要プロジェクトやな」
八重の顔が険しくなる。
結日は両手を膝の上で固く握りしめ、真っ直ぐに視線を上げた。
「仮想が現実に影響を与えるって、あの黒いアニマと何か関係があるかもしれないでしょ? だから……確かめたいの。父の研究のことを」
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