終焉の足音
アイウェアに一斉に流れた緊急会見の通知。大企業が事前の告知もなく突然に会見を開く……それは新サービスの発表などではなく、何かただならぬことが起きているからに違いない。
通知から会見映像に切り替えると、画面に現れたのは株式会社アルカディアCEO、大神正道。
「今日は皆さんに、どうしてもお伝えしなければならないことがあります」
普段の彼は、豪胆な笑みと熱のこもった言葉で人々を魅了する男だ。だが、この日の正道には笑顔ひとつなく、声色にも張り詰めた緊迫感が宿っていた。
「これは信じられない話に聞こえるでしょう。ですが……今、現実に影響を与える黒いアニマが出現しています。この黒いアニマに攻撃されると、怪我を負うだけではなく……人間が実体を失い、仮想の存在へと変質してしまう事例が報告されています」
あまりに突飛な発表。
会見を視聴する多くの人々は、これは何かのイベントの前振りか何かだと思ったに違いない――この場で黒いアニマを直に目撃した者たちを除いては。
だが正道の真剣な眼差しは、それが冗談ではないことを物語っていた。
「私たちは、この恐ろしい黒いアニマを、『マガツヒ』と名付けました。厄災をもたらすもの、という意味です。そして、このマガツヒを視認できるのは、アルカディアに接続している者のみです。他社のARクラウドでは見えません。しかし――見えなくても、マガツヒは現実に干渉し、大きな被害をもたらすのです」
重苦しい沈黙が映像越しに伝わってくる。会見の記者たちも誰も笑う者はいなかった。
「私たちも、この異常事態の原因を調査中です。新しい情報が得られ次第、速やかにお知らせします。改めて警告します。黒いアニマ、マガツヒには、絶対に近づかないでください」
そこで正道のスピーチは終わり、会見は質疑応答に移った。だが、現場を知らぬ記者たちに、この惨状の切迫感が伝わるはずもない。
「人間が実体を失うというのは、アルカディアにのめり込みすぎるという例えなのでょうか?」
「現実への影響というのは、株価が変動することを指しているのでしょうか?」
飛び交うのは、的外れな問いばかり。
やがて会見は幕を閉じた。
しかし、人々はすぐに思い知ることになる。
これがどれほど異常で、どれほど恐ろしい事態なのかを。
各地に次々と現れるマガツヒ。
暗黒の左手、右足、左足、そして頭部。
バラバラに現れたそれらは、貪るようにアニマを喰らい、街を破壊し、そして人々から肉体を奪い去っていった。
マガツヒたちは地中から突如として出現し、暴威を振るっては、また地の底へと沈んでいく。
いつ、どこに現れるのか、誰にも予測できない。
人々はすぐに、アルカディアに接続しなければ外を歩くことさえできなくなった。
これはもうゲームではない――それは誰の目にも明らかだった。
奇しくも、あっという間に、アルカディア以外のARクラウドは利用者を失い、唯一『マガツヒ』を視認できるアルカディアが市場を独占することになる。
他のARクラウドにもはや打つ手はない。
これまでゲームに興味のなかった者たちも、アルカディアを始めざるを得なかった。
◇ ◇ ◇
マガツヒの右腕を撃破した湊たちは、チーム・ヤタガミの拠点――実際には湊の家に集まっていた。
だが、結日の機嫌はまだ晴れていなかった。
「サモナーの人って、みんなそう。カエデもそうだけど……仮想のキャラクターに入れ込みすぎなの」
その声音には苛立ちと悲しみが混じっていた。
「ずっと育ててきて、思い入れがあるのはわかるよ。でも、ミナト君、自分を犠牲にしてまで守ろうとするのはおかしいよ」
彼女の怒りは単なる心配だけではない。
実体を失ったアカネへの痛みと、仲間を離脱したカエデの影が、彼女の胸に残っていた。
「ユイカ、前も言ったけど、鈴音ちゃんは特別なんや」
八重が口を挟む。
「……ええ、ミナト君の特別なキャラ、なんでしょ? ミナト君が作り込んだ分、思い入れが深いのはわかる。理想の子なんだよね。そうだとしても、仮想の子が自分自身より大事なはずがないよ」
結日は視線を落とし、押し殺すように言葉を重ねた。
「そうやなくて……」
八重が言いかけた瞬間、湊が静かに手を挙げて遮った。
「……俺から話すよ。ユイカには、伝えておかないといけない」
湊は真剣な面持ちで結日を見、言葉を絞り出した。
「鈴音は――俺の、実の妹だ」
結日はきょとんと目を見開き、そのまま言葉を失った。




