アルカディアの英雄たち
それでも湊と鈴音は思考を止めなかった。
湊が咄嗟にコマンドを送る。
「……トリプル……アクセル!」
鈴音は唇を震わせながらも残る力を振り絞り、高速回転の斬撃を放った。
その光の輪舞が閃光の刃となり、自分に刺さったままの細く伸びた闇の薬指を切り裂く。
「あかん、のろまなうちのせいで……えらいことになった!」
八重は悔しげに叫びながら、『アポロンの灯火』を解き放つ。
切断された薬指は光に包まれ、じたばたと蠢いた末に塵となって消滅していった。
「ううっ……!」
だが、鈴音の身体を侵す闇は完全には払えない。彼女は膝をつき、そのまま力尽きるように崩れ落ちる。
「鈴音っ!」
湊は反射的に駆け寄り、支えようと腕を伸ばした。だが現実には存在しない鈴音を抱きとめられるはずもなく、指先は虚空をすり抜ける。
その隙を、三本指となった闇の右手は逃さない。親指と人差し指をのばし、鈴音をつまみ取るように迫ってきた。
「戻れ、鈴音――!」
湊は慌てて召喚解除コマンドを指示するが、まだ大技のトリプルアクセルを放った直後。コマンド待ち時間の解除がわずかに終わらない。
湊は迷わず身を投げ出し、鈴音の前に立ちはだかった。迫る闇。瞳に宿ったのは恐怖ではなく、ただひとつ、鈴音を必ず守るという決意。
「何やってるの!」
叱責と同時に、眩い閃光が弧を描く。光の槍を思わせる両足が、闇の二本の指をまとめて吹き飛ばした。光の翼を背に、結日が伸身宙返りを食らわせたのだ。
「自分の体でアニマを庇うなんて、もう信じられない。普通、逆でしょ!」
結日の怒りを含んだ声が胸を撃つ。
「ユイカ……助かったよ」
「助かった……じゃない!」
結日は一歩踏み込み、湊を強く睨みつけた。
「分かってる? あれに触られたら、あなたはただでは済まない。あなたの体も消えるのよ!」
「ああ……分かってる……」
湊はうつむき加減に唇を噛む。
「分かってないよ! 何が一番大事か、ちゃんと考えて!」
結日の声が鋭く響く。瞳の奥には怒りと共に、滲む涙が光っていた。
「まあまあ、そんな怒らんといてや。ミナトにとって鈴音ちゃんは、ちょっと特別なんや」
張り詰めた場の空気をやわらげるように、八重が軽くなだめる。
「それより今は、あの黒いのを片付ける方が先や。鈴音ちゃんは負傷しとるけど、召喚を解除したら光の加護まで消えてまう。せやから……今倒すしかない」
八重の言葉に、結日はまだ何か言いたげだったが、視線を正面へと向け直す。
漆黒の右手、残るは中指のみ。虚空を突き立てるその形は、不遜な挑発のように見えた。
「……おい、この手のポーズ、なんか癪に触るな」
武が苦い顔をしながら吐き捨てる。
「右手も指一本きりとなれば、もうできることも少ないだろう。だが、肉体のない俺の攻撃じゃ、大きなダメージは与えられん。けど、攻撃を防ぐことはできる。だから、盾役は俺が引き受けた。お前らは攻撃に全力を注げ!」
武は仲間たちを背に前へ進み出た。
「さあ来い。どんな攻撃でも受けて立つ!」
武の挑発に応えるように、残った黒い人差し指が、稲妻のような速さで振り下ろされる。
武の目は一瞬たりとも逸らされず、その攻撃を瞬時に見極める。これは、超高速の斬撃。
「おらぁッ!」
正拳突きが炸裂した。正確に繰り出された点撃が、斬撃の軌道を正面から打ち砕き、円形のエフェクトが波紋のように広がる。
巨大な指がのけぞり、体勢を崩した。
その一瞬を、結日は逃さない。
――ロンダート、バク転、そして華麗なムーンサルト。
それはまるで輝く流星。闇の掌を貫いて中指を吹き飛ばした。
「今や!」
八重が『アポロンの灯火』を惜しげもなく投げ放つ。小さな太陽のような閃光が連続して炸裂し、逃げ場を失った右手全体を飲み込んだ。
溢れる光の中で、黒い影は粒子となって、ついに跡形もなく霧散した。
――黒いアニマ、完全消滅。
周囲の喧騒や悲鳴も嘘のように消え、街は一転して静寂に包まれた。崩れ落ちた建物、剥き出しになった地面。そこに広がる光景は、まるで戦場の跡地のようだった。
パチ……パチ……
どこからともなく小さな拍手が響いた。
それはやがて連鎖し、波のように広がっていく。
パチパチパチパチ……!
大きな拍手のうねりが通りを包み込み、歓声が爆発した。
「やったぁぁぁ!」
群衆のあちこちから歓喜の叫びが上がる。
「あれ……高見結日じゃないか?」
「一緒にいるの、昨日の決勝で戦ったヤタガミのメンバーだ!」
「アルカディアの英雄たちが、街を救ってくれた!」
次々と賞賛の声が飛び交い、喝采が止まらない。
英雄を讃える熱狂が、瓦礫に覆われた通りを祝祭の場へと変えていた。
――その時。
興奮冷めやらぬ皆の視界に、突如として新たな通知が浮かび上がる。
『《速報》 株式会社アルカディア 緊急会見』
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