闇の右腕
「ひっ、人が……消えた!」
アイウェアをかけていない男が叫ぶ。彼には黒い腕も見えていない。ただ、突然建物の一部が破壊され、目の前の人間が跡形もなく消える光景が見えた。
そしてその彼自身も、仮想の黒い腕に掴まれると、眩い閃光に包まれてアニマとなった。
「なんてことだ……アルカディアに接続してなくても、被害者になるのか」
「そらそうやろ、現実の街を本当に破壊しとるんや。こいつ、もはやゲームキャラやないで、本物のバケモンや」
黒い腕が揺れるたび、街のさまざまなものが消滅し、触れられた人々がデータの姿へと書き換えられていく。もはや火傷で済むレベルではない。
「まずいな……これまでの黒いアニマより、破壊力が格段に上がってる」
湊たちは視線を交わし、心を決めた。
「召喚神――アメノウズメ!」
黄金の閃光が走り、鈴音が現れる。
「あたし見参! これは……闇に包まれた右腕の亡霊!?」
「鈴音、以前より明らかに力が増してる。気をつけて!」
「……分かったよ、ミナ兄ぃ!」
湊は即座に指示した。
「鈴音、まずはみんなに光の加護を!」
湊の声に、彼女はキラリと輝く。
「任せて! 光の神託を授けるよ! 光の翼よ――みんなを護って!」
鈴音の身体から金色の波動が奔り出し、仲間ひとりひとりの身体にまとわりついた。それは闇の耐性を持つ光の翼となった。
「触れられたら終わりやから、遠距離で仕留める方がええな」
「それなら、波動――ッ!」
八重の言葉に、武が吠えた。両腕を突き出すと、凝縮した光が波動弾となって放出される。
それらは右腕へ直撃し、闇の表皮が削り取られた。
だが、黒い右腕は怯むどころか、こちらに近づき、激しく地面を叩きつけた。
轟音と共に舗道のアスファルトから白い光が広がり――次の瞬間、路面が粒子となって消えていく。
「私の番ね――フレヤ!」
結日が鋭く声を上げる。しなやかな脚が弧を描き、光の刃が旋回と共に放たれた。
輝く軌跡が闇の腕を切り裂き、黒い粒子が霧のように舞う。
「効いてる……よね? でも、やっぱり直接攻撃ほどの威力はないね」
黒い右腕は苛立ちをむき出しにするように、何度も攻撃を繰り返す。路面を叩きつけるたびに、アスファルトが白い光に呑まれて消えていく。残された地面は剥き出しとなり、戦場はさらに殺伐さを増していった。
だが、その攻撃をまともに受ける結日や武ではない。二人は相手の動きを読んだように身をかわし、反撃の構えをとる。
「鈴音、トリプルアクセル!」
そして、叩きつけの瞬間を狙い澄まし、鈴音の高速回転が炸裂。
繰り出された衝撃波が、黒い右腕の『小指』を断ち切った。
地面に落下したそれは、小指と言えど人間の腕ほどの太さがある。その黒い塊が、もぞもぞと蠢きながら地面に沈み込もうとする。
「同じ手はもう通じない!」
湊の叫びと共に、鈴音の足元に桜色の光輪が広がった。これは、召喚神・アメノウズメの覚醒時に使用できる、巫女神の神域。
「これは光の結界! いかなるアニマも通り抜けられないよ!」
光輪は一気に拡大。神域が黒い小指と地面を遮断する。光の結界は闇を拒み、進行を受け入れなかった。
「キモい小指やな……成仏してもらおか」
八重がポーチから高価な光属性のアイテムを取り出す。『アポロンの灯火』の煌めきが舞い散り、炎のような光が闇の断片を包み込む。
逃げ場を失った黒い欠片は悲鳴をあげることもなく、塵へと還った。
「……よし、こうやって少しずつでも消していけばいい」
湊の言葉に、全員が迷いなくうなずいた。
だが、黒いアニマが大人しく裁きを受けるはずもない。四本の指を細く伸ばし、鞭のようにしならせ、それぞれ標的を定める。
――親指は湊を。人差し指は武を。中指は結日を。そして薬指は八重を。
「来るッ!」
湊は一瞬で動きを読み切り、鋭く横へ跳躍して回避。
武は咄嗟に掌底を突き出し、防御の陣撃を放つ。
結日は持ち前の瞬発力を発揮し、側方宙返りで華麗に身をひるがえす。
だが、八重だけは反応が遅れた。
「八重姉っ!」
鈴音が叫び、弾けるような超加速で八重の前に飛び出す。
次の瞬間――闇の薬指が鈴音の身体を貫いた。
「鈴音ッ!」
湊の悲痛な叫びが響く。
闇の薬指から黒い侵食が一気に広がっていく。輝きを帯びていた鈴音の身体に、じわじわと黒ずみが広がり闇に蝕まれていくのがわかった。




