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終焉のアニマ〜ARで蘇った妹は仮想が現実を侵食する世界の召喚神〜  作者: マシナマナブ
第二章 アスリートとなった令嬢

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腕によりをかけて

「なんや、ユイカ嬢とも案外普通にしゃべれるなあ。あの取り巻き娘らがおったら、ぜんぜん口挟ませてもらえへんのに」


「アカネとカエデのことね」


 八重が意外そうにつぶやくと、結日は軽くため息をついた。


「そう、二人がいるとちょっと話しにくいの。私を守ってくれてるのは分かるんだけど……いつも過剰に反応しすぎちゃうよね。だから、今日は一人で来られて、すごく新鮮!」


 カップを指先で静かに回しながら、彼女は続けた。


「私って、いつも誰かに囲まれていて、気を配ってもらってるの。もちろんみんなに感謝はしてるけど……ちょっと窮屈なのよね。本当は本音で話してほしいのに」


「……ユイカ嬢もなかなか大変なんやなぁ」


「えっと、その『嬢』っていうのは何かな?」


 八重がぽつりと漏らすと、結日は小首をかしげる。


「嬢は嬢や。お嬢様とか令嬢とかの嬢や。どう見てもお嬢様っぽいやん」


 その言葉に、結日の表情が一瞬だけ陰り、言葉を選ぶように口を開いた。


「私は……お嬢様なんかじゃないよ。今は、もう……」


「おっと、気に障ったんやったらすまんな。せやけど、その『今は』ってとこ、ちょっと気になるわ」


「ごめんね。それは……いずれ話すね。もしチームに入れてもらったら、隠しておけないと思うし」


 そう言って結日は気持ちを切り替えるように微笑んだ。


「だから、『嬢』はなしで――ユイカって呼んでね」


 その瞬間、湊たちは彼女との距離がわずかに縮まった気がした。


 ――まさにその時。

 皆の視界にアイウェアの通知が浮かんだ。


『《速報》 黒いアニマ、街を破壊中』


「黒いアニマだと!?」

「場所はこの近くみたいだ!」


 湊は息を呑む。四人は即座に立ち上がり、カフェを飛び出した。


   ◇ ◇ ◇


 ビルの狭間に浮かび上がる大きなAR広告。


『腕によりをかけたこの一杯』


 力強い筋肉の腕に把持された丼の中で、湯気を立てる旨そうなラーメンが輝いている。


「ねえパパ、『腕によりをかける』って『がんばる』ってことでしょ? 腕は分かるけど、『より』ってなあに?」


 小学生くらいの少女が無邪気に父親に尋ねた。


「いいところに気づいたね、マイレディ。『縒り(より)』っていうのは、何本かの糸を捻って一本にすることなんだ」


「へえ! じゃあ『捻れた腕』で作ったラーメンってことだね!」


「そのとおりさ、マイレディ! ワーハッハッハ!」


 ――その直後。


 ギュインッ!


 広告のどんぶりをぶち割って、捻れた巨大な腕が飛び出してきた。


「わ、わああああああ!」


 広告を消滅させたその暗黒の腕は、地面に突き刺さる。それは人間の胴よりも太く、異様な威圧感をまとっていた。


 人々の悲鳴が交錯し、通りは一瞬で混乱に包まれる。その中をかき分けるようにして、湊たちが現場へ駆けつけた。

 確かに黒いアニマ――だが、その姿は以前の人型ではない。地面から生え出た、巨大な右腕のような闇の塊。


「やっつけたはずなのに……」


 結日の声が震えた。


「普通のアニマなら倒された瞬間、消滅エフェクトが出る。でもあの黒いやつは……あの時、ユイカに撃ち抜かれてバラバラに崩れた後、地面に染み込むように消えた」


 湊が冷静さを装い答える。


「アニマには障害物を通り抜ける性質があると考えると……あのときは地中に逃げた可能性が高い。つまり、あれは本体から分裂した右腕なんだ」


「じゃあ、もしかしてほかの部位も……?」


「いる可能性は高いな」


 湊の推測を誰も否定することはできなかった。


 その黒い腕は、通りに浮かぶAR広告や近くにいたアニマを次々と掴み取り、握り潰しては吸収している。

 まるで餓えた獣が血肉をむさぼるように、黒い塊は取り込みを繰り返し、肥大化していった。


 さらに――進行を妨げる実在する障害物を前にすると、大きく拳を握りしめ、ためらいなく振り下ろす。

 次の瞬間、触れたビルの壁面が眩しく輝き、粒子となって空気に溶けた。


「おい……本当に街を破壊してるぞ!」


 武が声を張り上げる。

 腕が拳を振るうたび、看板、標識、建物の一部が白く発光し、音もなく消失していく。


 続けて――その影が逃げ惑う人々を薙ぎ払った。


 ――直視できない閃光。


 光が収束したとき、アイウェアをかけている者の目には、彼らはまだそこにいるように見えた。

 だが、アイウェアを外せば、彼らの肉体はもうそこにはなかった。

 一瞬にして、彼らは現実には存在しない、仮想のデータ『アニマ』となってしまった。


 現実と仮想の境界が、いま確実に崩れ始めていた。

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