タカミカグラの崩壊
湊は思わず小声でつぶやく。
「……高見結日が、わざわざ来てくれたのか」
「意外と近いとこにおるって分かって、声かけといたんや」
八重がどこか誇らしげに笑った。
湊は慌てて席を整える。鈴音の召喚を解き、椅子を一つ空けると、結日は気負いもなくそこに腰を下ろした。
彼女を迎える店員に紅茶を注文する。その一連の動作にすら、周囲の視線が集まる。だが本人はまるで気にしていない。
「タケル君、昨日は大変だったね」
結日がいたわるような声をかける。
「お、おう……」
武は気恥ずかしそうに頭をかいた。
「チーム・タカミカグラの他のメンバーは?」
湊が問いかけると、結日は小さく息を吐き、視線を落として答えた。
「カエデは……もうアルカディアをやめるって言ってた。彼女が長く育ててきたナーガを失ったから」
ナーガ――黒いアニマに吸収され、存在ごと消し去られた召喚獣。
その育成に相当な時間を費やしてきたサモナーにとって、それは大切な誰かを失ったのと同じような悲しみだ。
「そして、アカネは……あの黒いのにやられて、実体のないアニマになっちゃったでしょ。それはタケル君も同じだけど」
結日は悲しそうな目で武を見、続ける。
「アカネはそんな状況に何か思うところがあるみたいで、『行きたい場所がある』って、実体のない体のままどこかに行っちゃったの」
その声には、寂しさがにじんでいた。
「せっかく優勝できたのに、これじゃチーム・タカミカグラはもう続けられないね」
肩を落とす結日に、すかさず八重が提案した。
「なら、うちらチーム・ヤタガミに入ったらどうや? 実体のない武じゃメンバー登録できへんやろ?」
「おいっ!」
武が思わず声を上げると、八重がさらりと付け加える。
「もちろん、実体を取り戻すまでの仮や、括弧・仮」
結日はぱちりと瞬きをして、困ったような、でも少し嬉しそうな顔をした。
「いきなり勧誘されちゃった。ミナト君はどう思うの?」
「え、それは……」
澄んだ瞳に見つめられ、不意を突かれた湊は言葉に詰まる。
「最強プレイヤーが俺たちのチームに入ってくれるなら……俺も嬉しい、けど……」
結日はくすっと笑い、今度は別の話題を振る。
「ふぅん。そういえば、チーム・ヤタガミってどういう意味なのかな?」
「まあ、大した意味はないよ」
緊張をほぐすように湊が答える。
「ヤエの『ヤ』、タケルの『タ』、ミナトの『ミ』を繋げて『ヤタミ』。それだと響きがイマイチだから、『ヤタガミ』にしたんだ。八咫鏡とか八咫烏とか、日本神話っぽい響きもあるからね」
「へえ、そうなんだ」
結日は納得したように頷き、少し茶目っ気を含ませて言った。
「じゃあ、もし私が入ったら、ユイカの『ユ』も小さく入れてもらって、チーム・『ヤタガミュ』にしてもらおうかな。可愛い響きでしょ?」
「ヤタガミュ……」
唐突な結日の提案にどう返してよいものかわからず、一同は固まった。
「ふふっ、冗談よ。ヤタガミかぁ……うん、考えておくね」
結日はまんざらでもなさそうに微笑んだ。
「ぜひ前向きに頼むで。ユイカ嬢がチームに加わってくれたら、次のアルカディアeスポーツ大会は優勝間違いなしや。賞金は、うちらのもんやな」
「そういえば、今回の優勝賞金ってどうするの?」
ふと思い出したように湊が問いかける。
「そうね……まだ決めてないけど、私の分はコーチと相談して、新しい体操器具を買う、とかかなぁ。やっぱり私の本業は体操だから」
結日は次のオリンピック出場も絶対視されている注目選手だ。湊は続けて気になっていることを聞いてみた。
「もう一つ聞いていい? そんな実力のある体操選手の君が、どうしてアルカディアを始めたの?」
その問いに、結日は待ってましたとばかりに身を乗り出した。
「うん、それはね、私、ずっと体操一筋でやってきたのね。毎日何時間も練習して、技もたくさん覚えてね。でも……最近気づいちゃったの。体操って、あまり注目されてないんだって。陸上やフィギュアスケートはみんな喜んで見るのに、体操はなかなか見てもらえない」
「フィギュアスケート……」
湊はトリプルアクセルを繰り出す鈴音の姿を思い出し、苦笑いを浮かべる。
「確かに、体操は種目も、技の種類も多くて、分かりにくいところはあるかもな」
武が納得したようにうなずいた。
「そう。それに、体操の技って日常生活では全っ然役に立たないのよね。街中でムーンサルトなんてしたら、怒られるでしょ?」
「ま、まあ……」
「でも、アルカディアの大会なら違う。体操の技がそのまま攻撃になるし、体操の大会よりみんなが注目してくれる。……それを知ったら、試さずにはいられなかったの」
結日の声には、胸の奥に秘めていた不満を解き放つ喜びがにじんでいた。
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