失われた肉体
大盛況で終わったアルカディアeスポーツ大会、決勝戦の翌日。
湊たちのチーム・ヤタガミは、都内のカフェに集まっていた。
アイウェア越しには四人掛けのテーブルに四人が座っている。だが、現実のテーブルに置かれているカップは二つだけ。
「つまりやな……黒いアニマに攻撃された結果、生身の人間が『アニマ』になってしもうたっちゅうことやな」
八重が額を押さえ、少し疲れた声を出した。
先の決戦で黒いアニマに踏み潰された武は実体を失い、仮想の存在となっていた。
「フフ……ようやく来たね、タケル兄ぃ。現世の檻から解放され、こちらの領域へ!」
鈴音が、大げさに恭しい響きをまとわせて告げる。
「凪さんが調べてくれてるけど……本当に元に戻れる方法なんてあるのかな」
湊が心配を隠せず小さくつぶやくと、武は大げさに肩をすくめて見せた。
「まったく参ったぜ。スキルの威力は前と変わらねぇが、直接攻撃の威力がガタ落ちだ」
「そら無理もないわな。もう肉体がないんやから」
八重が即座に突っ込む。
「……武、何か困ることはないのか?」
湊の問いかけに、武は少し考え、苦笑を浮かべた。
「それがな、意外と不自由してねぇんだ。高いとこから落ちても死なねぇし、腹も減らねぇ」
「でも、ご両親……心配してるだろ?」
「いや、特に。俺の実体が消えたことに、まだ気づいてないみたいだ」
「……言ってないのか!?」
湊は思わず声を裏返した。
「言えるかよ。こんなもん、どう説明すりゃいい? アイウェアを外さなきゃバレねぇんだ」
その場に重苦しい沈黙が落ちた。誰も言葉を返せない。
すると、沈黙を破るように鈴音が割り込む。
「まあまあ、そんなに悲観することもないって。こちら側に来た者だけが味わえる至福もあるよ。――ようこそ、禁断の世界へ!」
「……」
三人の視線が冷たく突き刺さると、鈴音は横を向いてとぼけたふりをした。
「困るといえば、現実のモノに触れられないことくらいだな」
武が続ける。
「まあ触る必要も大してねぇ。扉もすり抜けられるしな」
「ほな銀行の金庫も入れるんちゃう?」
それを聞いた八重の目が少しだけ輝いた。
「おう。入れるだけだがな。金は掴めねぇ」
「……」
八重の目の輝きは一瞬で失われ、闇に沈んだ。
すかさずそこに鈴音が追撃を放つ。
「武兄ぃ! どこでも入れるからって、もし女湯なんて覗いたりしたら……闇に堕ちし勇者向けの永久封印の刑だよっ!」
「アホか!」
武は思わず声を荒げる。
「俺はジャスティスの化身。そんな不埒な真似、断じてせん! ……ただ、仮に浴場に入ったとしても、多分なにも見えねぇけどな」
「まあそうやろな」
八重が冷静に言葉を挟む。
「アニマが見とる現実は、誰かのアイウェア越しに共有されとるデータや。風呂にアイウェアつけて入るやつはおらん。つまり――女湯に潜り込んでも、アニマには何も見えんやろな」
「ってことは……誰も人がいない場所に武が行っても、何も見えないのか?」
「いや、そうでもねぇ」
湊の純粋な疑問に、武が答えた。
「自宅の俺の部屋とか、誰もいなくても普通に見える」
「それはおそらく『デジタルツイン』やな」
八重が捕捉する。
「つまり、その空間を最後に誰かがスキャンしたデータを再現しとるんやろな」
「なるほどな……」
湊は小さくうなずき、言葉を続けた。
「でも、現実のものに触れられないって……やっぱり、つまらないよな」
「それがよ――現実には触れねぇ代わりに、仮想のものには触れるんだ」
武はそう言うと、鈴音の頭にそっと手を置いた。
ふわりと鈴音の髪が指の間に収まる。
「……ほらな。ちゃんと触った感触もある」
「アルカディアの物理演算がそのまま働いとる、ってことやな。つまり、タケルはもう完全にアルカディアの住民、アニマになったわけや」
八重は淡々と言ったが、依然として空気は重い。
武本人は気楽そうに振る舞っているものの、これはあまりに大きな異変だった。
「あ、姫さん来たで」
八重の声に、全員の視線がカフェの入口へ向かう。
開いたドアから、明るい陽射しを背負った影が差し込んだ。
そこに立っていたのは――高見結日。
腰まで流れる長い黒髪、琥珀の瞳。
今日は淡いベージュのワンピース。だが、アスリートの研ぎ澄まされた肢体は隠しきれない。
彼女がただ歩み寄るだけで、店内の空気が変わった。誰もが自然と彼女に目を奪われる。
そこには圧倒的な存在感のオーラがあった。
結日はそんな店内の雰囲気を気にもせず、湊たちを見つけると、ふわっと笑みを浮かべ、手を振った。
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