日常をゲームにするアイウェア
今や、誰もが当たり前のように身につけている『i WARE』。
正式には、『Intelligent Wearable Augmented Reality Eye』の略称で、要するに『メガネ型の現実を拡張するデバイス』である。
見た目こそスポーツサングラスのような外観だが、グラスを通して見た現実世界には、もう一つの世界が重ねられている。
登場当初は『スマホの次のデバイス』ともてはやされ、歩きスマホの危険性に代わる『安全な代替手段』として注目を集めた。
たとえば、グラスをかければ道路にはナビゲーションの矢印が直接浮かび、外国語で話しかけられれば同時通訳が字幕で現れる。街角のラーメン屋の看板を見ると勝手に評価の星の数が浮かび上がるなど、ちょっとした未来感が話題を呼んだ。
しかし、視野の狭さやグラスの大きさがネックとなり、一般への普及には時間を要した。
その後、忍耐強く改良を重ねることによる小型化と視野角の劇的な拡大、そして魅力的なアプリの登場が流れを変えた。
アプリの一つは、そう。やっぱり『ゲーム』である。
このメガネをかければ、日常がゲームの世界に変わる。
近所の公園に仮想の恐竜が出現し、ショッピングモールは宝探しの迷宮に。現実と仮想が重なり合うフィールドで、今日も子供たちは興奮の中にいる。
公園の広場では、アイウェアを装着した五人の小学生たちが、吠え猛る巨大なドラゴンに挑んでいた。
ドラゴンを倒せば貴重なアイテムが入手でき、うまくいけば仲間にできるかもしれない。
だが、ドラゴンは強く、一人で倒すのは難しい。そこで小学生たちは集まって、力を合わせてドラゴンと戦っているのである。
現実空間に重ねられた戦場で、子どもたちは仮想の剣を振り、魔法を放ち、召喚獣を呼び出し、ドラゴンをあと一歩のところまで追い詰めていた。
「行けっ! ボクのリザードマン! ドラゴンのヒットポイントもあと少しだ」
「回復アイテムもたくさん使っちゃったけど、こいつさえ倒せれば無駄じゃない」
その時だった。横合いから火球が飛び込み、轟音とともにリザードマンが吹き飛んだ。
「う、うそ……なんで……?」
唖然とする子供たちの前に、炎の中から現れたのは、制服姿の中学生三人組だった。
彼らは瀕死のリザードマンを見下ろしながら、ヘラヘラと笑っている。
「おっそ〜。ガキども、ドラゴン相手に手こずりすぎ。見てらんねぇわ〜。レベル低すぎだろ、マジで」
「えっ、あれって……サラマンダー!?」
小学生の一人が、驚きの声を上げた。中学生の一人は悠然と肩をすくめる。
「そうさ。俺たちの召喚獣は『精霊クラス』だ。並のモンスターとは格が違う」
「悪いな。ドラゴンにトドメ刺して、アイテムをいただくのは俺らって最初から決まってんのよ」
そう言って、彼らは当然のように戦場へと踏み込んできた。
「ずるいよ! せっかく、ここまで頑張ったのに! リザードマンはまだやれるんだ」
ひとりの小学生が抗議する。リザードマンはよろよろと立ち上がり、槍を構える。
「あっそ、ならドラゴンより先に片付けてやるよ」
サラマンダーがリザードマンに狙いを定める。
「や、やめて……! リザードマンは、ぼくの――」
「うるせぇんだよ。弱い奴は黙ってろ! ゲームの世界では強いものが正義だ」
バシュッ!
サラマンダーの放った火の矢が、真っ直ぐにリザードマンを貫いた。
「ああああああっ!」
小学生が叫ぶ間もなく、彼の大事な召喚獣はノイズと共に消滅した。
「か、返してよ……ぼくのリザードマン……っ」
「何泣いてんだよ、召喚獣ごときに情入れてんの?」
別の中学生が、泣きじゃくる小学生のアイウェアを指で弾いた。
「あーお腹痛ぇ。まじで泣いてんじゃん。ガキっておもろ〜」
「いっそこれ投稿してやろうぜ。『召喚獣倒されリアルで泣いた奴』シリーズってことで。バズるんじゃね?」
その場にいた小学生全員が凍りついていた。誰も反撃できず、ただ悔しさと怒りで歯を噛み締めていた。
「おいおいおいっ!」
突如、広場に響き渡ったのは、腹の底から叩きつけるような怒声だった。
「小学生泣かして喜ぶとか……クズの極みかッ!」
中学生たちがギョッとして振り返ると――
背後から、三人の高校生が現れる。その先頭、ガタイのいい短髪の少年が、額のバンドをきゅっと締め直しながら叫んだ。
「また、タケルのあれが始まったぞ……」
「目立ちすぎやって。決勝前やのに、あんま騒がんといてや」
後ろの二人が呆れたようにぼやくが、止まらない。
「ファイター オブ ジャスティス、推参ッ!」
ポーズを決めながら名乗った青年――
三日月 武。
情熱と真っ直ぐさだけでできているような男だ。
中学生たちは動じることなく鼻で笑い飛ばした。
「何だよその顔。高校生だからって、先輩面して口出すなよ。こっちはブルーストライク。『ARCADIA』eスポーツ地区大会、優勝チームなんだぜ? 格が違うんだよ」
「ほう、格が違うか」
武が一歩前に出る。額のバンドをぎゅっと締め直し、ニカッと笑った。
「確かに地区大会優勝チームならそれなりに手応えがありそうだな。だが、お前たちのようなクズ、三人まとめて俺一人で十分だ!」
「はぁ? マジで言ってんの? 俺たち全員を一人で?」
「ああ、俺がジャスティスだからな。おまえら言ったろ。『強い方がジャスティス』だってな」
「ジャスティスとか言ってねーし!」
その瞬間、武の身体から赤熱のオーラが燃え上がる――ARのエフェクトとは思えぬ迫力だ。
「覚悟しとけよ。今の俺は、少年たちの涙が引火した燃える水だ!」
ちょっと意味はよく分からないが、どこか本気が滲むその言葉に、空気が変わる。
「強さってのは、見せびらかしたり脅すためにあるんじゃねぇ。守るために使ってこそだろ? それがジャスティス!」
拳を構える武。その背には、夕陽よりも熱いオーラが揺れていた。
「見たところ、ファイター、ウィザード、サモナーか。いいだろう、かかって来い!」
武のその言葉をトリガーに、中学生のファイターが、大きな剣を呼び出し、ウィザードが強化支援、サモナーがサラマンダーを使役する。
「バルムンク!」
「バフだ。攻撃強化!」
「焼き尽くせ! サラマンダー!」
三人の連携が火を噴いた。洗練された陣形、隙のない攻撃。中学生たちが勝ちを確信した瞬間――
「ジャスティス波ッ!」
渦巻く波動が一気に炸裂。前にいたファイターを直撃。剣を弾き飛ばし、ファイターのヒットポイントを削り切った。
「古典的な波動かっ!? ファイターが一撃で!?」
「次ッ!」
武は右手を軽く握り、飛びかかってきたサラマンダーを、真正面から殴りつけた。
ゴヴァッッッ!
サラマンダーの顔がぐにゃりと歪み、エフェクトのノイズとともに空中で爆ぜる。
「……嘘だろ。召喚獣を……物理で?」
「殴れるもんは全部殴りゃいい。結局素手こそ最強だ」
召喚獣を失ったサモナーは無力。残るはウィザードのみ。
「まだだ、俺の最強魔法を……あ!」
ウィザードが叫んだその時、彼は背後から瀕死の恐竜にガブリと噛み付かれていた。
ウィザード、戦闘不能。
「地区大会で優勝した俺たちブルーストライクが、一瞬で倒された……そんな馬鹿な……」
「ま、強いほうがジャスティスだもんな。それに……」
武は続ける。
「俺たちは、今度eスポーツの決勝出るけどな」
それを聞くと、中学生たちは目を見開いて、三人の高校生を眺めた。
「まっ、まさか……あんたら、よく見たら、チーム、『YATAGAMI』!?」
「い、言われてみれば確かに……」
中学生達の顔がみるみる青ざめていく。
「す、すんませんでしたあああああっ!」
最後は急に卑屈になっって、三人の中学生達は一目散に逃げていった。
武はふうと一息ついてから、小学生たちに振り向いた。
「リザードマン、また召喚できるように、俺の回復アイテム分けとくわ。さ、ドラゴンハントの続き、楽しんでくれい!」
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