歌って踊れる巫女巫女女神
召喚アニマ、ナーガは楓の周囲を取り巻くように配置されていた。それは楓を守る鎧のようだ。
「ナーガの攻撃力はかなり高いし、それに私を守ってもくれるの。ね? 攻防一体の、とても便利な召喚アニマでしょ?」
「なるほど……君にダメージを与えるには、まずその蛇を突破しなきゃいけないわけか」
湊が肩をすくめると、楓は得意げに頷いた。
「ふふっ。分かってると思うけど、召喚アニマを倒す方が、召喚者を倒すよりずっと難しいわよ」
――それを、結日と同じチームの君が言うか。
湊は心の中でツッコミを入れるが、セオリーとしては正しい。
ARは人間の記憶力や言語力などを拡張してくれるが、身体能力までは拡張できない。
一般人のジャンプ力はせいぜい五十センチ程度。バランスを崩せば転ぶし、もちろん物理法則には逆らえない。
生身の人間は、空を舞ったり、高速で跳ねたり回転できるアニマたちのようにはいかないのだ……ただし超人、結日を除いて、だが。
「ということだから……ナーガであなたを倒してすぐに終わりにするわ」
楓の言葉と同時に、ナーガが低く唸りながらうねり、複数の水の刃を放つ。その軌跡は鋭く、湊を狙って一直線に飛来した。
「この鈴音ちゃんの名において、ミナ兄ぃには、誰にも触れさせない!」
鈴音が宙を舞うように回転し、幾つかの水刃を斬り払う。だが全ては防ぎきれず、いくつかが湊へと迫った。
「よっと」
湊は軽やかにステップを踏み、水刃をひらりと回避する。
「まあ、これくらいなら俺でも避けられる。今度は、こっちの番だ。鈴音、俺のことは構わず、攻撃を頼む」
「了解! トリプルアクセル、行くよ!」
鈴音が華麗に舞いながら、空中で回転――
「出たわね、お得意の回転芸。それなら、水玉結界!」
ナーガの目が怪しく光り、突然、空中に数々の水玉が浮かび上がった。
ギン! ギン!
回転しながら楓に接近した鈴音は、空中に現れた水玉にぶつかり、弾かれる。
「なにこれ、水のくせに硬い!?」
「ふふ、残念ね」
全て読み通りといった様子で、楓の目が細く笑う。
「前の試合映像、しっかり見させてもらったわ。あなたのアメノウズメの主力は、高速回転による斬撃でしょ? だから――」
彼女の視線がナーガへ向けられる。
「この子には、今日のために水球で防御する術式を仕込んできたの。斬撃を跳ね返す、点撃の結界をね。珍しいでしょ?」
放たれた水球は、鈴音のブレードを受けても砕けず、その場に留まっている。まるで浮かぶ鉛の球のように、鈴音の斬撃を阻んだ。
「しかもね――」
楓の口元がさらにつり上がる。
「過去の試合を見る限り、アメノウズメって、点撃に強い陣撃の攻撃を持っていないでしょ? なら、点撃で守り、点撃で攻めれば、こっちが圧倒的に有利なのよ」
召喚アニマには得意な攻撃種別と属性がある。そして、召喚アニマによる攻撃にも、直接攻撃と全く同じ相性がある。(点撃>斬撃>陣撃>点撃)
アメノウズメ、つまり鈴音は回転による斬撃が得意。しかし、楓の言う通り、陣撃の技は苦手。確かに点撃とは相性が悪い。
「……俺と当たるのを見越して、対策してきたってわけか。勉強熱心なことだな」
湊が苦笑する。
「ユイカお姉様のお役に立つためなら、私はどんな努力でもするわ。これで、攻撃もできない、守りもできない。さあどうするのかしら、歌って踊れる巫女巫女女神さん。歌って踊るのかしら?」
楓の挑発に、湊はしばし思案する。
「こういう場合、他の召喚アニマに切り替える手もあるけど、まあ……この程度なら、そこまでする必要もないか」
「はぁ? この程度、ですって? どういう意味?」
楓の眉がぴくりと動き、不機嫌さを露わにする。
「鈴音、シンクロ上げていくぞ」
「オッケー、ミナ兄ぃ……あたしたちの魂の回路、全開にするよっ!」
次の瞬間、鈴音の動きが一変した。先ほどまでとは明らかに違う機敏な動きで地を滑る。
「あら、お馬鹿さんなのかしら。斬撃では点撃は防げないって、何度言えばわかるの?」
呆れたように言う楓に、湊は答える。
「確かに斬撃では点撃は防げないが――」
「鈴音、ステップシークエンス!」
鈴音が繰り出すのは、回転技ではない、鋭い足技。無駄のないステップが、水玉を次々と正確に潰していく。
「えっ……点撃防御が……!?」
水玉の応酬をかいくぐり、鈴音が一気に間合いを詰める。
「点撃は点撃でも相殺できる。あいこだからな」
「いっくよ、ミナ兄ぃ!
――鈴音、トリプルアクセル!」
鈴音の身体が風を切る。高速回転する斬撃がナーガを穿ち、切り裂いた。
「そ、そんな……水玉を一つずつ点撃で潰しながら、コンボで斬撃に繋げるなんて……そんな人間みたいな複雑な判断と動き、仮想のアニマにできるはずが――」
「だから言っただろ。俺のは、特別だって」
真っ二つに裂けたナーガが霧のように消えていく。
楓の瞳が見開かれたまま、凍りついた。その表情が語っていた。
――勝負は、もうついている。
「じゃあ、遠慮なく止め刺すね、トリプルアクセル!」
見事なクリティカルヒット。
楓のヒットポイントは一気にゼロまで削り取られた。
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