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変わらない彼と私

作者: 九重治矢

綺麗な声が好きだよ。


人形のように可愛らしい顔が好きだよ。


僕と同じぐらい高い身長が好きだよ。


優しい性格が好きだよ。


少し下品だけど、胸の形が好きだよ。


彼は何度も私に愛を囁いてきた。


恥ずかしくて、照れくさくて。


偶にそれはどうなの?みたいなことも言ってきたけど。


全部嬉しかった。


彼にもっと好きになってほしくて、もっと褒められたくて。


美容に気を付けて、運動を始めて。


その変化に彼は気づいて、たくさん愛を囁いてくれた。



季節が二つほど変わった頃、私たちは籍を入れた。


結婚してからも変わらず愛を囁いてくれる彼。


幸せなこの時間がずっと続くと思わせてくれた。



それから何度季節が変わっただろうか。


少しずつ声に違和感を覚え始めた。


肌の調子が以前より整わなくなった。


身長が縮んだような気がする。


胸も垂れ始めた。


私は焦った。


彼が褒めてくれた、彼が好きだった私じゃなくなってきたからだ。


変わりたくなくて、怪しげな薬に手を出そうとしたとき、彼は私を止めた。


大丈夫。


今の君も好きだよ。


そう言って安心させようとしてくれたんだと思う。


彼は変わらず私の容姿も性格も褒めてくれた。


だけど私は確かに変わっているんだ。


私は年を取ったんだ。


若かったころの私とは、もはや別人と言ってもいい。


彼は変わっていなかった。


あの頃のように声がきれいで。


あの頃のようにかっこよくて。


あの頃のように頼りになって。


あの頃のように優しくて。



だからだろうか、彼の愛の囁きを聞いて、嬉しいより嫉妬に近い感情が生まれた。


彼は私じゃない私を好きになったんだ。


綺麗だった私を好きだった彼は、醜くなった私を好きになった。


あの頃のままの彼が、あの頃とは違う私を好きになった。


浮気されたような気分になった。


それから私は、彼にきつく当たるようになってしまった。


私のわがままな感情で、彼を何度も傷つけたと思う。



それからまた何度も季節が変わった。


私はすっかりおばあちゃんになってしまった。


もはや若かったころの面影など感じないほどに年老いてしまった。


そんなとき、彼が病に倒れた。


突然の出来事だった。


すぐに救急車を呼び、泣きながら病院について行った。


病院のベッドで眠る彼は癌だと医者に伝えられた。


ステージ2の希少がんで直るかわからないらしい。


彼を失う恐怖で足取りが重くなりながら、看護師に案内され病室に向かう。


何本も管が繋がれた彼は、死んでいるように眠っていた。


体が思うように動かず、私は看護師に手伝ってもらってゆっくりと椅子に座る。


そっと彼の手を握った。


神様、どうか彼を助けて下さい。


何度も何度も目を閉じて願った。


そうしたら、握っていた彼の手が小さく反応した。


私はすぐに目を開け、彼の方を見る。


彼は老いていた。


綺麗だった黒髪はすっかり色褪せ。


筋肉質だった体は細くなり。


弱弱しく握り返してくる様はお世辞にも頼りになるとは思えなかった。


その姿を見て私は涙が溢れた。


彼は私と同じように年老いて、私と同じように変わって。


私はそんな彼を同じように愛していた。


彼はゆっくりと目を開け、私に視線を合わせる。


そしてかすれた声でこう言った。


大好きだよ。


彼はずっと私を好きでいてくれた。


変わっていく私を、変わらず好きでいてくれた。


そして私も変わっていった彼を、ずっと好きだった。


私は涙をこらえながら笑顔である言葉を返した。



願いが届いたのだろうか。


彼の体を蝕んでいた癌は奇跡的に治った。


それでも私たちはもう長くないだろう。


だけどずっとこの気持ちだけは変わらない。


私も大好きです。


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