第二部 第四話 嵐の海と、目覚める力
わたし達を乗せた「海竜号」は、港町の穏やかな湾を抜け、外海へとその黒い船首を向けた。船は見た目通り、乗り心地が良いとは言えず、甲板は潮と、何かの獣の匂いが染み付いていた。
「全員、ただの客だと思うなよ! この船に乗ったからにゃ、船員だ! 怠ける奴は、海の藻屑にしてやる!」
片目の船長、ガントの怒声が響き渡る。わたし達は、甲板の掃除やロープの結び方などを、無愛想な船員たちから教わりながら、この無骨な船での生活に慣れていった。
ナイは持ち前のコミュニケーション能力で、すぐに船員たちと打ち解けて酒を酌み交わしている。山川くんは、船の構造や、未知の海域の気圧の変化などを、ブツブツと呟きながら熱心に記録していた。 そして、スカイは――ただ一人、船べりに立って、押し寄せる波を、虚ろな瞳で見つめているだけだった。
「大丈夫?」 わたしが声をかけると、彼は力なく首を振った。 「……わからない。この海も、空も、何も思い出させてはくれない」 彼の孤独が、わたしにも痛いほど伝わってきた。
航海が三日目に入った頃、空の様子が急変した。さっきまで晴れていた空は、分厚い暗雲に覆われ、穏やかだった海は、牙を剥くように荒れ狂い始めた。
「嵐だ! 総員、帆をたため! 振り落とされるなよ!」 ガント船長の怒号が、暴風雨にかき消されそうになる。 その、まさにその時だった。
「船長! 前方に、何か来ます!」 見張りの船員が叫ぶ。 荒れ狂う波間から、ぬるり、と巨大な海蛇のような生物が、その鎌首をもたげた。体は青白く発光し、その目は、飢えた光を宿している。
「チッ、『浮き蛇』か! この海域の厄介者だ!」 ナイが短剣を構える。 モーロは、その長い体で海竜号に巻き付き、甲板にいた船員たちを薙ぎ払おうとする。
「させるか!」 わたしは剣を抜き、ナイはワイヤーでその動きを牽制し、山川くんは魔術具の腕輪から放つ光の弾丸で応戦する。しかし、嵐の中での戦いはあまりに不利で、わたし達は徐々に追い詰められていった。
モーロの巨大な尾が、スカイを狙って振り下ろされる。 「危ない!」 わたしが叫んだ、その瞬間。 今まで、ただ立ち尽くすだけだったスカイが、動いた。
彼は、まるで体が勝手に動いたかのように、甲板に固定されていた銛を掴むと、ありえないほどの正確さで、モーロの目玉めがけて投げつけたのだ。 ギャオォォッ!という断末魔の叫びと共に、モーロはのたうち回り、その動きが一瞬だけ、完全に止まった。
「「「今だ!!」」」
わたし達はその隙を見逃さなかった。三人の渾身の一撃が、モーロの急所に叩き込まれ、巨大な体は、力なく海の中へと沈んでいった。
嵐が、少しだけ弱まる。 わたし達は、息を切らしながら、スカイを見た。彼自身も、自分のやったことが信じられない、という顔で、自分の掌を見つめている。 「……坊主、ただの記憶喪失じゃねえようだな」 ガント船長が、にやりと笑った。
その時、見張りの声が再び響いた。 「見えたぞ! 前方に、島影だ!」
嵐の向こう、立ち込める霧の中に、わたし達は、黒く、険しく、そして不気味な島々のシルエットを、確かに見た。 ウーラモス諸島。 わたしたちの、本当の冒険の舞台が、ついにその姿を現したのだ。