第二部 第二章 第十六話 神の戯れと、森の王の悲哀
『――我は虹吉丸。神の名において、その傲慢な王座から、汝を引きずり下ろしてやろう』
桃色のキメラ狼、幻の大神・虹吉丸は、そう宣言すると、森の王へと襲いかかった。 それは、もはやわたし達が介入できるレベルの戦いではなかった。神と、王。二柱の超常的な存在が、この島の運命を賭けて、激突する。
森の王が、大地から無数の岩の槍を突き出させれば、虹吉丸は、かつて倒したというドラゴンの姿に変化し、それをたやすく粉砕する。 王が、毒の瘴気を放つ虫の群れを呼び寄せれば、虹吉丸は、どこかの雪山の主から奪ったという、絶対零度の吹雪を吐き出して、全ての虫を凍りつかせてしまった。
「す……すごい……」 スカイが、呆然と呟く。 「あれが、大神の力。気まぐれだが、味方でいる限りは、これほど頼もしい存在はいない」 ナイが、興奮を隠しきれない様子で言った。
追い詰められた森の王が、最後の手段に出た。 「よかろう、神よ。この島の全て、我が肉体そのもので、お前を喰ろうてくれる!」 王の体が、ズブズブと、玉座である巨大な大樹と融合していく。そして、森全体が、島全体が、一つの意志を持ったかのように動き出した。 地面から、何百という巨大な樹木が、腕と足を生やした兵士「トレント」となって立ち上がり、わたし達、そして虹吉丸を、完全に包囲した。
『フン、数で押すか。芸のないことを』 虹吉丸が、少しだけ体勢を崩した、その時だった。 「虹吉丸!」 わたしは叫んだ。ウルトラ級となったわたしの瞳は、その巨大な森の化け物の、たった一つの弱点を、確かに捉えていた。 「あいつの心臓! 玉座のあった、大樹の幹の中心! そこにある『核』が、光ってる!」
『……ほう。小娘、良い目を持つ』 わたしの言葉に、虹吉丸はニヤリと笑った。 『ならば、見せてやろう。神の、本気の戯れを』
虹吉丸の口元に、ありとあらゆる属性の魔力が、渦を巻いて収束していく。 『喰らえ。我が名は虹吉丸。万物を喰らい、万物を我が力とする者なり!――万象天喰ッ!!』
放たれた混沌のエネルギーの奔流が、トレントの軍勢も、森の王の巨体も、全てを飲み込み、そして、中心で禍々しく脈打っていた、南東の「核」を、木っ端微塵に粉砕した。
嵐が、過ぎ去った。 森の王の巨体は崩れ落ち、後には、その人間部分だった、木の体を持つ王だけが、静かに残されていた。彼の体は、光の粒子となって、少しずつ崩れていく。 しかし、その瞳から敵意は消え、穏やかで、深い悲しみの色が浮かんでいた。
『……そうか。我は、また、守り方を、間違えてしまったのか……』
消えゆく王は、最後の力で、一本の若葉をわたしの足元に生えさせた。わたしがその葉に触れると、彼の記憶が、濁流のように流れ込んできた。
――かつて、この島が、外からの脅威によって、全ての生命が死に絶えようとしていた、絶望の光景。 ――王が、愛する島の生命たちを守るため、禁断の力である「核」を受け入れ、島全体を、外敵のいない、しかし、歪んだ生命の檻に変えた、苦渋の決断。
『我は、ただ……この子ら(島の生命)を、二度と失いたくなかっただけなのじゃ……』
その悲しい言葉を最後に、森の王は、完全に光となって、穏やかさを取り戻した森の中へと、消えていった。
「……フン。つまらん感傷よ」 虹吉丸は、そう吐き捨てると、ふっと、風と共に姿を消した。気まぐれな神は、もうどこにもいない。
わたし達は、三つ目の核を破壊した。だが、その勝利は、あまりにも、切なかった。 『……解析、完了しました』 静寂を破り、ネオンの声が響く。 『最後の核の場所が、特定できました。北西の……『廃棄工場』です。ですが、皆さん、覚悟してください。この核の守護者は……四天王最強、『空間を操作する能力』の使い手。これまでの相手とは、次元が違います』
残るは、あと一つ。 そして、その最後の番人は、この魔境で、最も危険な相手だった。




