第二部 第二章 第十五話 生命の檻と、神の気まぐれ
わたしは、眼前に広がる獣たちの巨大な群れ、その中心に向かって、光り輝く「ウィーローの投げ縄」を、力いっぱい投げつけた。 神器は、まばゆい光を放ちながら、生きているかのようにしなり、獣たちの津波を、まるで巨大な網で魚をすくい上げるかのように、一気に飲み込んでいく。
『――封印します!』 ネオンのホログラムが叫ぶ。 次の瞬間、あれほど絶望的だった獣の群れは、一匹残らず、光の中へと吸い込まれ、後に残ったのは、ビー玉ほどの大きさになった、無数の「封印の玉」だけだった。
「す……げえ……」 ナイが、呆然と呟く。 獣の壁が消え、森の王へと続く道が、開かれた。
「よくも……よくも、我が同胞たちを……!」 森の王の、静かだった瞳に、初めて、燃えるような怒りの色が宿った。 彼が両手を地面につくと、島全体が、脈打つかのように激しく揺れる。地面から、数えきれないほどの、鋭く尖った巨大な木の根が、槍となってわたし達を串刺しにしようと突き上げてきた。
わたし達は、必死にそれを避ける。だが、森の王がいる限り、この島の全てが、わたし達の敵であり続ける。 「山川くん!」 「わかっている!」 山川くんが、腕輪の魔力を最大にし、巨大な防御障壁を展開する。その障壁が、突き上げてくる無数の木の根を、なんとか防いでくれている。 しかし、彼の顔は苦痛に歪み、障壁には、少しずつヒビが入り始めていた。 「ぐっ……! 長くは、もたんぞ!」
その、膠着状態を破ったのは、意外な男だった。 「――俺に、何かできることは」 スカイだ。彼は、震える手で、わたしからもらった予備の剣を握りしめている。 「俺は、みんなみたいに強くない。記憶も、力もない。でも……それでも、ただ、守られてるだけなのは、もう嫌なんだ!」
彼の、飾り気のない、魂からの叫び。 その純粋な想いに、この世界の理を超えた、何かが、呼応した。
遠くで、高く、そして気高い、狼の遠吠えが聞こえた。 それは、幻聴ではなかった。
わたし達の目の前の空間が、陽炎のように歪み、そこから、一頭の、神々しいほどに美しい狼が、音もなく姿を現したのだ。 獅子の鬣、鷲の翼、そして、桃色の美しい毛並みを持つ、巨大なキメラ狼。 福々超特急の砂漠で出会った、あの気まぐれな幻の大神。
「――虹吉丸!」
『……フン。お前の魂が、あまりに五月蠅く、我を呼ぶのでな。退屈しのぎに、来てやったまでだ』
虹吉丸は、そう言うと、心底面倒くさそうに、しかし、その瞳の奥には、確かな闘志を宿して、森の王を睨みつけた。 彼は、スカイを一瞥し、そして、フッと、まるで人のように鼻で笑った。
『面白い小僧だ。力もなく、記憶もなく、それでもなお、何かを成そうと叫ぶか。その心意気、嫌いではない』
虹吉丸は、わたし達に告げる。 『しばし、見ておれ。神と、王とでは、どちらの格が上か。この我、虹吉丸が、直々に教えてやろう』
次の瞬間、虹吉丸の巨体が、桃色の閃光と化して、森の王へと襲いかかった。 森の王が繰り出す無数の木の槍を、虹吉丸は、神業の如き動きで全て避け、その鋭い爪と牙で、いとも簡単に引き裂いていく。
森の王の、絶対的な支配。 それを、ただ一騎で、圧倒的な力で蹂躙していく、幻の神。 この生命の島で、神と、王との、次元を超えた戦いの火蓋が、今、切って落とされた。




