第二部 第十話 浄化の光と、星の記憶
天を貫く浄化の光に包まれ、島のヌシ「ゴルギオス」が、すさまじい苦悶の咆哮を上げた。 その巨大な体から、禍々しい紫色の瘴気が、まるで煙のように引きずり出されていく。わたし達は、古代文明の圧倒的な力の前に、ただ立ち尽くすしかなかった。
やがて、光がゆっくりと収まっていく。 後に残されたゴルギオスの姿は、一変していた。体を覆っていた不気味な水晶はすべて剥がれ落ち、その甲羅は、苔むした大理石のような、穏やかな輝きを取り戻している。憎しみに満ちていた赤い瞳は、森の湖のように、静かで、知性的な翠色に変わっていた。
巨獣は、もはやわたし達に敵意を向けることはなかった。 ただ、静かにわたし達を一瞥すると、まるで深く頷いたかのように、一度だけ、ゆっくりと頭を下げた。そして、巨体に見合わぬ静かな足取りで、破壊された遺跡の入り口から、ジャングルの奥深くへと去っていった。 ガイアの呪縛から解き放たれた島のヌシは、本来の、森の守護神としての姿に戻ったのかもしれない。
静寂が戻ったドームに、カシュン、と小さな機械音が響いた。 見ると、中央タワーの基部に、今まで存在しなかったはずの、一筋の扉が開かれている。
わたし達は、導かれるように、その扉の奥へと進んだ。 中は、研究室のようだった。壁には、無数の数式や星図が映し出されたままのモニターが並び、中央には、巨大なコンソールが鎮座している。そして、その隅に、スカイが乗ってきたものと、全く同じ形のポッドが、一つだけ、空の状態で置かれていた。
スカイが、何かに引かれるように、中央のコンソールに手を触れる。 すると、再び、彼と瓜二つの顔を持つ、研究主任のホログラムが姿を現した。その映像は、前回よりもずっと鮮明だった。
『……この記録が再生されたということは、浄化システムが起動され、ゴルギオスからガイア汚染が除去された、ということか。そして、わたしの封印された記憶を持つ、もう一人の「わたし」が、ここにたどり着いた、ということだ』
ホログラムのスカイは、まっすぐにわたし達を見つめて、言った。
『時間がない、単刀直入に伝えよう。君の記憶喪失は、事故ではない。わたしが、この施設から脱出する直前に、意図的に施したメモリ・ロックだ。わたしの体には、ガイアの情報を解析した結果生まれた、危険な「汚染情報コード」が記録されている。それが外部に漏れるのを防ぐための、最後の安全装置だ』
彼は、ホログラムの星図を指し示す。 『このウーラモス諸島は、巨大な観測網にすぎない。ガイア汚染の発生源であり、我々の本来の研究施設があったのは、この惑星の南極――コードネーム『アヴァロン』だ。そこへたどり着くための航路データは、安全のために分割され、この諸島の他の島々にいる、わたしと同じ「スカイ・ユニット」たちが、それぞれのポッドで眠りながら、保持している』
「他の島に……わたしと、同じ……?」 スカイが、呆然と呟く。
『そうだ。彼らを見つけ出し、航路データを統合しろ。そしてアヴァロンで、ガイアを完全に浄化する方法を見つけ出すんだ。ただし、気をつけろ。我々のこの行動を、あの『監視者』が決して見逃すはずは……』
そこで、ホログラムの映像が、激しいノイズと共に掻き消えた。
『警告! 警告!』 ネオンが、切羽詰まった声を上げる。 『先ほど地上から接近していた、高エネルギー反応が、この遺跡の内部に侵入! まっすぐ、こちらへ向かってきます!』
浄化システムの起動が、敵にも、わたし達の居場所を教えてしまったのだ。 安堵したのも束の間、わたし達は、この古代遺跡からの、決死の脱出を強いられることになった。 スカイの記憶、ガイアの謎、そして、正体不明の「監視者」。 この島は、わたし達に、ほんの少しの希望と、あまりにも大きな謎を突きつけてきた。