第二部 第一話 平穏な夜と、空から来た少年
天高いビルの支配者「れんちくん」との戦いが終わり、地上世界に偽りではない平穏が戻ってきて、どれくらいの時が経っただろうか。
わたし、くろすけと、もふもふの相棒よもぎちゃん、そして裏社会の頼れるエージェント、ナイ。わたし達は、霊体となって見守ってくれる王様と共に、この自由になった世界で、のんびりとした冒険の日々を送っていた。
そして、わたし達のパーティーには、もう一人、新しい仲間が加わっていた。
「……フン。今日の夜空も、俺のダークマターな魂を癒すには、程遠いな」
少し離れた岩の上で、腕を組みながら、一人格好つけて夜空を見上げている青年。
彼の名は、山川。
かつては「ピル」というコードネームでわたし達の前に立ちはだかり、その本名を「ニスラ」という、上層部に連なる大金持ちの御曹司。幾度もの戦いの末、その歪んだ心を解き放ち、今ではわたし達の「対等な仲間」として、旅を共にしている。
「山川くーん! ご飯できたよー!」
わたしが声をかけると、彼は「べ、別にお前たちのために来たわけじゃない。世界の均衡が乱れていないか、監視しているだけだ」などと、まだ少し素直じゃない態度を取りながらも、ちゃんと焚き火の輪に加わった。
今日の夕食は、ナイが市場で値切ってきた砂漠鹿の肉のステーキだ。
「しかし、平和になったもんだな。こうやってお前らと飯を食ってると、地下でのドンパチが嘘みたいだぜ」
ナイが、豪快に肉を頬張りながら笑う。王様の霊体も「うむ、平穏が一番じゃな」と満足そうに頷いている。
わたしも、よもぎちゃんも、そしてぶっきらぼうに肉を食べる山川くんも、みんな、このかけがえのない時間を噛みしめていた。
その、瞬間だった。
夜空で、ひときわ大きく輝いていた星が、すうっと、流れ星のように尾を引いた。
「あ、流れ星!」
わたしが指をさす。しかし、その光は、消えるどころか、どんどん、どんどん大きくなっていく。軌道がおかしい。まるで、この場所を目指して、落ちてきているかのように。
「……おい、あれは星じゃねえぞ!」
山川くんが、その魔術具の腕輪を構えながら叫ぶ。
ゴオォォォッという轟音と共に、光の塊はわたし達のすぐ近くの砂丘の向こう側へと墜落し、大地が大きく揺れた。
「一体、何が……」
わたし達は、顔を見合わせ、墜落現場へと急いだ。
砂丘の向こうには、巨大なクレーターができていた。その中心に突き刺さっていたのは、隕石ではなかった。滑らかな曲線を描く、未知の金属でできた、一人用の宇宙船のような「ポッド」。
わたし達が恐る恐る近づくと、プシュー、と音を立てて、ポッドの扉が開いた。
中には、一人の青年が眠っていた。
わたしたちの世界の人間とは、どこか違う雰囲気を持つ、記憶を失った顔立ちの青年。
彼こそが、この世界の新たな物語の鍵を握る、新章の主人公「スカイ」だった。
ゆっくりと、彼が、その瞳を開ける。
その虚ろな瞳が、夜空の下で、わたし達の姿を、ただ静かに映していた。
新しい出会い。新しい謎。そして、新しい冒訪。
わたし達の「君が世」は、空から来たその少年と共に、また、新しいページを開こうとしていた。