きみは幸せでしたか?
無音のバイブレーションに設定しているスマートフォンがブルリと一回震えた。
何の通知だろうと見れば、年に一回の年賀状以外、数十年も連絡を取っていなかった高校時代の友人からのメッセージアプリ通知。
メッセージアプリやっていること教えたっけ? と考えたものの、三年前に年賀状終いをした際にメールアドレスやメッセージアプリの連絡先とQRコードを印刷したことを思い出した。
高校卒業後は年賀状のやり取りのみだった友人。最後の会ったのは彼女の結婚式。
高校時代は親友だと思っていたけれど、卒業後のやり取りを思い出すと彼女と私は本当に親友だったのかと笑ってしまうほどの希薄さ。
高校時代以降、彼女との思い出で一番強く印象に残る思い出は、彼女の結婚式の前に電話があったこと。
「本当に結婚していいのか迷ってる」
あの日、どうして彼女から電話が来たのか思い出せないが、電話がかかってきて前置きもほとんどなく、本題を切り出された。
付き合っている彼氏との結婚に迷っているという内容だった。
私は数秒迷って言った。
迷うならやめれば? と。
「そうなんだろうけど、ホントはっきり言うね」
笑いながら言われたけれど、なんとなくだが、だから私に電話してきたんだろうと思った。
他の人だったらどう切り返すだろう。
最終的に決断するのは彼女だが、親身になって相談に乗って、その決断の理由に誰々の助言がこうだったから、なんて風に責任を押し付けられたらたまったもんじゃないと考え、私は突き放し、逃げた。
だいたいほぼ音信不通といっていいほどの私に電話してくること事態が異常なのだから、私に求められているのは親身な相談ではないとも思った。
高校時代の私は竹を割ったような性格とよく言われた。
はっきりと言う。
求められたのはその時のあの性格だろう。
誰も言わない反対の声がほしいのだと判断した。
「私さ、彼氏さんのことを何にも知らないんだよね。何の判断材料もなく、何をどう言ってほしかったの?」
「……ごめん」
彼女は泣き出してしまった。
そこからぐだぐだと、でもこういうところはいい人なんだとか言い出し、惚気なのか、彼女自身が自分に対して彼氏のことをいい人なんだと言い聞かせているような時間が過ぎた。
どういう風に電話を終わらせたのかは記憶が朧げ。
覚えているのは、彼女が結婚に迷い、私は迷うならやめればと言ったこと。
どうにも酷く疲れたことを思い出した。
結局、彼女は結婚した。
結婚式は幸せそうだった。
毎年送られてくる年賀状で子どもが生まれた、何歳になった、どこどこに行った、二人目を妊娠している──と、幸せそうな家族の一コマを受け取り続けた。
あの電話から数十年経ち、彼女の子も成人して独立しただろう。
スマートフォンの通知をタップすればメッセージアプリが起動する。
『離婚しました。迷っていたらこんなにかかっちゃった』
年賀状は幸せな場面しか伝えて来なかったけれど、いろいろとあったのだろう。
どれだけ悩んだのか、いまさら聞くのも野暮な話し。
『そっか』とだけ返した。
すぐに大笑いしている猫の顔のスタンプが送られてきた。
『ホントあなたらしい。ありがとう』
結婚式に出席してから会うこともなく、お互いに変わっただろうに、ありがとうと返してきた彼女。
私の中の彼女は高校時代のまま。
彼女の中の私は高校時代のままなのだ。
お互い変わったのに、高校時代の自分を演じている。
既読となったメッセージ。
続けて重ねる言葉もなく、スマートフォンを机に戻した。
他人の不幸は蜜の味でもない。
それを知るから聞かない。
今日まで幸せだったのか。
今日から幸せにいけるのか。
彼女が決めることだ。
「どうしました?」
スマートフォンをデスクの上に戻したら、給湯室に行っていた上司が戻ってきた。何がきっかけなのか知らないが、先々週くらいから紅茶にハマって、何種類も買ってきて給湯室に並べている。
「いえ、何でもありません、大丈夫です」
表情がおかしかっただろうか。
「そういえばアレ、解決したね」
「はい、ようやく元の奥様が離婚に納得して、無事に終わりです」
「親身に相談に乗ってくれたってクライアントも言っていたし、今回もお疲れさま」
「その分、費用は頂戴しましたので」
「それは言わない約束だ」
「ふふ、そうですね」
上司と薄く笑いあった。
他人の不幸は蜜の味ではない。
ただの出来事。
過去は過去。
過去より、今。
今から、未来。
幸せに逝こう。
あなたも、私も。
ただ、それだけだ。