52話「社交界の華とリックのやらかし」デルミーラ視点
胸元の大きく開いた体のラインがはっきりと分かるスカートに大きくスリットの入ったデザインのドレスを着てパーティに参加すれば、わたくしのナイスバディに殿方はメロメロだった。
色んな男性に声をかけられ良い気分だった。
その中でも特に年上の美丈夫との会話が特に楽しかったわ。
いままで同い年か年下の男性しか相手にしてこなかったから知らなかったけど、大人の男性ってこんなにも女性の扱いになれているのね。
彼らは女性が何を言われたら喜ぶかよく知っている、やぼてんのフォンジーとは大違い。
「可愛い」「美しい」「綺麗だ」「可憐だ」と耳元で囁かれ、わたくしは舞い上がっていた。
見目麗しい高位貴族の男性とダンスを踊り、一夜の関係を楽しんだ。
もちろん周りにバレないようにうまくやったわ。
そんな生活が一年ほど続いたある日、学園のパーティでリックがやらかしたというニュースが飛び込んできた。
わたくしが歳上の殿方に夢中になっている間に、リックは男爵家の庶子の美少女に夢中になっていたらしい。
そして第二王子と一緒になって学園のパーティで婚約破棄を宣言し、そこでエミリーに罵詈雑言を浴びせたようだ。
わたくしはこのとき、リックたちより先に学園を卒業してしまったことを後悔した。
公衆の面前で婚約破棄され泣きべそをかいているエミリーの無様な姿を見損ねるなんて、一生の不覚だわ。
エミリーが泣き叫びリックにすがる姿を、特等席で見たかったわ!
ザロモン侯爵家の次男であるリックのやらかしを知ったわたくしの父は、わたくしとフォンジーの婚約を破棄するべきか真剣に悩んでいた。
リックのやらかしのせいで侯爵夫人になれないのは困るわ。
でもリックのやらかしのせいで傾いた侯爵家に嫁ぐのはもっと嫌だわ。
しかし後日リックたちが男爵令嬢に魅了の魔法をかけられていたことがわかり、リックたちは軽い罰を受けるだけですんだ。
それどころか「魅了魔法にかかっていた人を責めるのは可哀想」と、リックたちに同情が集まっている。
リックに世間の同情が集まると、父は「ぜったいにフォンジーとの婚約は解消するな! 世間の同情を利用し事業を拡大するんだ!」と言ってきた。
父は手のひら返しが早いし、利用できるものは何でも利用する性格だ。
しかも世間の同情の効果はわたくしが思っていたよりも大きく、リックの兄の婚約者であるわたくしにまで世間は優しくしてくれた。
今まで世間に同情されるなんて惨めだ、そんなふうに惨めに落ちぶれたくないと思っていましたが……これは、案外使えますわね。
◇
今まで世間に同情されるなんて悲惨よ。そんなふうに惨めに落ちぶれたくないと思っていた。
でも世間の同情……これは思っていたよりも使えますわ。
この機に何かできないか考えていたとき、またまたリックがやらかした。
リックがグロス子爵家に乗り込みエミリーに、
「愛人を囲うから金を出せ。愛人と暮らすための別邸を建てろ。婿養子だから子作りにだけは協力してやる。お前みたいなブスが僕の優秀な遺伝子を受け継いだ子供が授かるんだ! 幸運に思え!」
と言ったらしい。
そのことで彼が男爵令嬢の魅了魔法にかかっていたのが嘘だとバレたのだ。
芋づる式に第二王子とリンデマン伯爵令息が嘘をついていたことがバレ、裏で糸を引いていた第二王子の母君は失脚。
リックと第二王子とリンデマン伯爵令息には重い罰がくだされた。
成績優秀なリックは将来大物になると思っていたけど……所詮はテストの点が良いだけの世間知らずのおこちゃまでしかなかったのね。
当初はフォンジーとの結婚後、仕事は勤勉なフォンジーに任せ、わたくしは社交に精を出し、フォンジーの留守に見目の良いリックを呼びつけて、彼と火遊びをする予定だったわ。
そう思っていたのに、まさかリックがこんな大ポカをやらかすなんて……。
リックがエミリーに、
「愛人を囲うから金を出せ。愛人と暮らすための別邸を建てろ。婿養子だから子作りにだけは協力してやる。お前みたいなブスが僕の優秀な遺伝子を受け継いだ子供が授かるんだ! 幸運に思え!」
と言ったことにより、世間の批判はリックを育てたザロモン侯爵夫妻にも及んでいる。
「ザロモン侯爵家では子供にどんな教育を施しているんだ!」
「ザロモン侯爵家にはまともな人間はいないのか!」
ザロモン侯爵家の信用は地に落ち、ザロモン侯爵は魔術師団長の職を辞し、侯爵家は大きく傾いた。
わたしは父に呼び出され、
「リックの失態により、ザロモン侯爵家が同情されていることに便乗し事業を拡大した当家にも批判が集まっている。
ザロモン侯爵家に嫁ぎフォンジーと共に米搗虫のように皆に頭を下げて回る道か、フォンジーとの婚約を解消し修道院に行くか、どちらかを選べ。
フォンジーの婚約者であるお前が真摯に反省している姿を見せることで、当家の負ったダメージの軽減を図るんだ」と言われた。
修道院に入り、女としての楽しみを捨てるなんてもっと嫌だわ!!
わたくしは父に、
「フォンジーとの婚約を解消します。
ですが修道院に入るつもりはありません。
フォンジーの婚約者であるわたくしに世間は同情的です。
それを利用して、ザロモン侯爵家とは比べ物にならないくらい良い嫁ぎ先を探しますわ」と言った。
リックがエミリーに言った言葉に、世間の怒りが集まっているのなら、それを利用すればいい。
フォンジーはリックと違い慈悲深く良心的な性格の常識人だ。だが世間の人々はそんなことは知らない。
世間はリックの実の兄であるフォンジーも、リックと同様に非常識な考えを持っていると思い込んでいる。
エミリーやグロス子爵はフォンジーの性格や思考を知っている。
エミリーは世間の噂から逃げるように、隣国に留学してしまった。
リックに酷い目に遭わされたグロス子爵が、ザロモン家に手を差し伸べるとは思えない。
わたくしが涙ながらに、
「実を言うとわたくしもフォンジーに長い間虐待されておりました。
彼は善人の皮を被った悪魔です。
でも格上の侯爵家との婚約だったので、今まで誰にも相談できず……婚約を破棄することができなかったのです!」
と訴えれば、みんなわたくしの話を信じて同情してくれるはずだ。
わたくしは領地にいるフォンジー宛に、
「リックが婚約者のエミリー嬢にしたことを聞いたわ。
『愛人を囲うから金を出せ。愛人と暮らすための別邸を建てろ。僕の遺伝子を受け継いだ子供が授かるだけ幸運だろ』
と言ったそうですね?
ザロモン侯爵家では子供にどういう教育をしているの?
最低ね。
悪いけど、子供にそんな教育をする家と婚姻は結べないわ。
あたしたちの婚約は破棄しましょう」
と記した手紙を送った。
社交界での危険な恋を知ったわたくしは、真面目なだけが取り柄のフォンジーでは満足できなくなっていた。
リックが追放されたいま、彼を手懐けて火遊びする計画もぱぁ。
わたくしの浮気が原因で婚約破棄をすると、当家は侯爵家に多額の慰謝料を支払わなくてはならない。
しかし今回は、ザロモン侯爵家が信用を失ったことにより当家も少なからず誹謗中傷にさらされたことで、彼に慰謝料を払わずに婚約を破棄できそうだ。
この状況で一方的に婚約破棄を突きつけても、貴族院も意義は唱えないでしょう。
フォンジーとの婚約を破棄し、晴れて自由の身となったわたくしは、新たな婚約者を見つけるべく社交に力を入れた。
◇
「今まで誰にも言えませんでしたが、わたくしも……フォンジーに、酷い目に遭わされていましたの……。
ううっ……思いだしたら涙がこみ上げてきました。
ごめんなさい……暗い気分にさせてしまって……」
美しいわたくしが瞳に涙をたたえ上目遣いで訴えれば、男たちは簡単に落ちた。
今なら侯爵家より格上の辺境伯や公爵だって落とせる。
わたくしはそう確信していた。
しかし人生はわたくしの思うようには行かなかった。
まさかあんなことになるなんて……。