48話「またある時は」
「お涙ちょうだい劇なら他所でやってよね!
わたくしは逃げるわよ」
「あー待って待って!
彼らがリックに気を奪われてるからって、今まで世話になった領主を置いて、こっそり逃げるのはないんじゃないかな?
君には貴族令嬢の名前を騙った容疑がかけられている。
というか現行犯だよね?」
リック様に気を取られていて忘れていました。
そういえばここにはデルミーラ様も来ていたのでした。
声がした方を見ると、殿下が逃げようとするデルミーラさんに通せんぼしてるところでした。
「何の話か私には分かりませんわ!
というか誰ですのあなた?」
「あ、それ聞いちゃう?」
殿下の目がキラキラと光りました。
もしかして彼はあのフレーズをずっと言いたかったんでしょうか?
「ある時は美しすぎる御者!
またある時は女の子にモテモテの遊び人の子爵令息!
またある時は都のファッションの最西端を行く呉服商会の若旦那!
その正体は…………!
人知れず地方を周り悪を懲らしめる神出鬼没の王太子……」
王都で聞いた時よりフレーズが長くなっています。
しかもポーズまでつけて、部下の方に花吹雪まで撒かせて、何をやってるんでしょう? あの方は?
「文武両道で友情に熱く、国民からの熱い信頼を得ている……エナンド・ロード様だよ!」
殿下の背後に「シャララララーン!」という効果音が見えた気がします。
殿下の部下の方は毎回このフレーズに付き合ってるのでしょうか?
彼らも大変ですね。
フォンジー様が殿下にツッコミを入れることを期待したのですが、彼はリック様のことで集中していて他が見えていないようでした。
「まさかそんな……!
王太子殿下がこのような辺鄙なとこにいるはずがありませんわ……!」
そう言いながらもデルミーラ様の声は震えていました。
「そう言われると思って用意していたよ。
印籠……もとい、王家の家紋入りのペンダントをね」
殿下は懐からペンダントを取り出し、デルミーラ様に見せました。
ペンダントに刻まれた王家の紋章を見たデルミーラ様は、その場にへたり込みました。
「王族がこんなところに来るなんて……詐欺ですわ!」
デルミーラ様は殿下の部下に拘束されました。
「おい、一体何が起きてるんだ!
王太子殿下がこのようなところに来るはずがない!
このわしの目はごまかせんぞ!」
フォンジー様に拘束され、地面に転がされていた領主が、芋虫のように体をうねうねさせながら叫んでいます。
「そんなに疑うなら君も見る?
この王家の家紋入りのペンダントを」
王太子殿下が領主の目の前にペンダントを突きつけました。
「まさか……本当に、こんなところに……王太子殿下がいらっしゃるとは……」
領主の顔面は見る見る青ざめていき、ピクリとも動かなくなりました。
「自分で王家の家紋入りのペンダントを出すのって、なんかかっこつかないんだよね。
部下の誰かがペンダントを持ってて、懐からペンダントを取り出して『この家紋が目に入らないか!』って、やってくれないかな?」
「王家の家紋入りのペンダントを預かるなど恐れ多い……!」
殿下の提案を部下の方は全力で拒否していました。
そうですよね。
王家の家紋に傷をつけたり、なくしたりしたら、物理的な意味で首が飛びますものね。
殿下の無茶ぶりに振り回される部下の方に少しだけ同情しました。
「エンデ男爵家の当主コモノダー。
君には、配給品の横領、人身売買、婦女暴行、違法な税金の取り立て、善良な村人の拘束と脅迫、 裁判所の許可を得ない刑罰の執行、その他いくつかの容疑がかかっている。
言い逃れできるとは思わないでね。
僕の部下は優秀だから、君の悪事の証拠は全てつかんでいる。
裁判では、嫌っていうほど証拠を突きつけるから覚悟してね」
殿下に凄まれて、領主は泡を吹いて倒れてしまいました。
「それと、大事なことの発表がもう一つあるよ。
村の人たちもよく聞いてね。
エミリー嬢、フォンジーこっちにおいで」
「はい」
私は泣いているリック様をあやしていたフォンジー様を促し、殿下のところまで連れて行きました。
「初めまして王太子のエナンド・ロートです。
ゼーゲン村の人たちに聞いてほしいことがあって集まってもらいました。
私服を肥やしていた領主のコモノダーは、捕縛しました。
数々の罪を犯した彼には、一生牢屋に入っていてもらい、罪を償ってもらいます。
次の領主は王家が指名し、まっとうな人を立てる予定です。
今後村の人たちが領主の圧政に苦しめられることはないでしょう」
殿下のお言葉を聞いた村の人達から歓声が上がりました。
「村の人たちにはもう一つ大事なお知らせがあります。
村の人たちは、この女がエミリー・グロス子爵令嬢だと聞かされたと思いますが、それは間違いです」
殿下が指差した先には、捕縛されたデルミーラ様がおりました。
「領主をそそのかし、悪事を働いていたこの女の名前はデルミーラ。
グロス子爵家とは何の関わりもない悪党です。
彼女にも重い罰を与えるので、安心してください」
広場にざわめきが広がりました。
「そしてこちらにいる栗色の髪の可愛い女の子が、本物のエミリー・グロス子爵令嬢です。
彼女は善良で心優しい女の子です。
村の皆さんは今僕が話したことを
理解してくださいましたか?
理解したのなら、エミリー嬢にまつわる変な噂を広げないようにしてくださいね。
もし彼女にまつわる変な噂を耳にしたら、処罰しちゃうかもしれないしれないんで」
殿下の言葉を聞いた村人たちは、シーンと静まり返りました。
優しい口調で言ってもだめですよ殿下。目が笑っていませんよ。
「あー最後にもう一つだけ。
領主がリックについて色々と言ったと思います。
確かに彼は王都で罪を犯しました。
彼は王都を追放されたことで十分に罰を受けました。
これ以上王族は、彼の罪を追及するつもりはありません。
むしろ村の復興に貢献してくれた彼を、賞賛したいと思っています」
村の方々から、良かった、ホッとしたという声が上がりました。
リック様は本当にこの村の方々に愛されていたのですね。
「それとここにいるのはリックの兄の、フォンジー・ザロモン卿です。
ザロモン卿は私の側近です」
再び広場にどよめきが起こりました。
殿下はリック様がフォンジー様の弟だと告げることで、リック様の身の安全を守ろうとしたのかもしれません。
「そして最後に重大な発表があります。
ザロモン卿とエミリー・グロス子爵令嬢が、この度婚約しました!
皆さん、祝福してください!」
村の人たちから拍手が起こりました。
どこからかヒューヒューという囃すような、口笛の音まで聞こえてきます。
私とフォンジー様の婚約を、今発表する必要はあったのでしょうか?
「グロス子爵令嬢、兄上……いえザロモン卿……お二人は婚約したのですね。
おめでとうございます。
心から祝福します」
リック様からお祝いの言葉をいただきました。
「ありがとうございます」
「ごめんね。
元々は君の婚約者だったのに、取るような形になってしまって。
でも私はエミリー嬢のことを愛してるんだ。
絶対に何があっても彼女を手放すことはできない!」
フォンジー様、私のことをそのように思っていてくださったんですね。
胸の奥がポカポカしてきます。
「気にしないでくださいザロモン卿。
僕は婚約者とは名ばかりで、彼女に何もできませんでしたから。
どうか彼女を幸せにしてあげてください」
フォンジー様は心のどこかで、リック様の元婚約者の私と婚約したことに、後ろめたさを感じていたのだと思います。
リック様に祝福されたことで、フォンジー様の中にあった後ろめたさがなくなった……そう思いたいです。
殿下は私とフォンジー様の婚約を発表することで、この場でリック様の口から「おめでとう」と言わせたかったのかもしれません。
フォンジー様の気がかりを一つでも減らせるように。
殿下はちょっと付き合いにくい人ではありますが、悪い人ではないんですよね。
「お姉さんとお兄さん結婚するの?
じゃあもうチューした?」
子供からあどけない質問が飛んできました。
こういった質問をされるのは苺農園の時以来です。
「ねえねえ、もうチューしたの?」
つぶらな瞳でそのような質問を投げかけてこないでください。
どこからか「キスしろ! キスしろ!」と囃し立てる声も聞こえます。
囃し立てているのは殿下でした。やっぱりこの人は苦手です。