45話「エンデ男爵」リック視点
最近王都からの食料の配給が途絶えている。
死の荒野と言われるこの大地には、モンスターがたくさん住み着いている。
そんな荒野に人が住むことで、モンスターの繁殖を抑えられるのだ。
だけど荒野に暮らすのは楽ではない。
だから荒野に住む僕たちには、王族が食料を配給してくれている。
その配給がなくなるのは死活問題だ。
そこに追い打ちをかけるように領主様が税金を上げると言い出した。
どこの村の人たちも食べていくのがやっとだ。
食料の配給が途絶えた上に、税金をあげられたらみな餓死してしまう。
僕は僕たちは近隣の村の人たちを集め、領主様の周りで何が起きてるのか調べた。
その結果、いくつか 分かったことがある。
数か月前前の領主様は亡くなり、甥のコモノダー様が新しい領主になった。
つい最近新しい領主様の周りに、魔性の女が現れたらしい。
領主様はその女に言われるままに宝石やドレスを送り、お金が足りなくなったので王都から配給された食料に手を つけ、それでも足りなくなって税金を値上げすることにしたらしい。
領主様は「金がないなら若い女を娼館に売ればいいだろう」と言ってるらしい。
新しい領主様はとんでもない悪党なようだ。
領主様にまとわりついてる女は、赤い髪に赤い目の高貴な雰囲気をまとった凄い美人で、エミリアと名乗っているとか。
何でも彼女は裕福な子爵家の出身だったが、進級パーティーで婚約破棄をされて、実家にいられなくなり家出してきたらしい。
どこかで聞いたことのある話だと思った。
僕たち以外にも進級パーティーで婚約破棄をやらかすアホがいたのだろうか?
とにかく新しい領主様が王都からの配給された食料を着服し、不当に税金を上げようとしてるのは明らかだ。
だがエンデ男爵領に住むほとんどの人は文字が書けない。
文字が書ける一部の村長や町長でも、難しい言葉を使うことはできないし、法律にも詳しくない。
みんな苦しい目にあっても、黙って耐えるしかないようだ。
ここは僕の出番だと思った。
僕は罪人だから自分の名前で書状は送れない。
なので僕はゼーゲン村の村長様の名前を借り、王都に手紙を送った。
そのことがきっかけで、まさか思いもよらない人たちと再会することになるとは、この時は夢にも思わなかった。
◇◇◇◇◇
その日もいつもと変わらない一日になるはずだった。
朝食を済ませたあと、僕は薬草園に行くグランツさんと、リヒトとシャインを見送り、薬草図鑑の執筆に取り掛かった。
二時間ほど経過し、そろそろお昼の用意をしようかと思った頃、急に外が騒がしくなった。
人々の怒号や悲鳴が飛び交っている。
何事なのかと思い窓から外の様子を伺った。
ここには驚くべき光景が広がっていた。
村の人たちが役人に取り押さえられていた。
とらえられた人々の中に、グランツさんやリヒトたちの姿も見えた。
役人は女子供や年寄りも関係なく、村の人全員を後ろ手に縛り、村の中央に集め、地面に跪かせていた。
「何をしているんですか!
この人たちが何をしたと言うんですか!」
僕はたまらずに外に飛び出し、役人に事情の説明を求めた。
「金色の髪に緑色の目、探していた人物の特徴と一致しているな」
「なっ……」
役人は僕を探していたようだった。
役人は有無を言わさず僕を組み伏せると、僕の手を体の後ろで縛った。
僕は役人に引きずられるようにして、村の中央にある広場に連れて行かれた。
「領主様、目当ての人物を捕らえました」
僕を捕らえた役人が、広場に止まっている馬車に向かって叫んだ。
この村には似つかわしくない豪華な馬車だった。
領主がこの村に来ているのか?
領主がこの村にいる理由はいくつか考えられる。
一つは王都を追放された罪人である僕を、領地から追い出すためにきた。
でもそれなら村の人たちを捕らえる必要はない。
もう一つの可能性は、僕が王都に領主の不正を知らせる手紙を書いたことがバレた。
そちらの可能性のほうが高い気がする。
仮にそうだったとしても、村の人全員を捕らえるのはやりすぎだ。
馬車からはギラギラ宝石で着飾った、成金趣味の若い男が出てきた。
おそらくこの男が領主のコモノダー・エンデ男爵だろう。
「そうか、よくやった。
お前はリックだな。
生意気そうな顔をしてやがる」
「用があるのは僕でしょう?
村の人たちは解放してください」
気に入らない人間だが相手は領主。
僕は敬語で話しかけた。
最も話し合いが通じる相手には見えないが……。
「本当に小生意気なクソガキだ」
領主は虫けらを見るような目で僕を見て、ペッと地面につば吐き捨てた。
「お前が領民に知恵をつけたことは分かっている。
わざと難しく書いた配給日の知らせを正確に読み取るから、配給日に人が溢れ、わしのくすねる分がなくなった。
その他にも増税はやめろだの、女、子供を売るなどもっての外だの、領民に余計な知恵をつけよってからに。
本当に鬱陶しくて叶わない。
領民などバカのままで良いのだ。
御前のせいで、領地経営がやりにくくてしょうがない」
「あなたが領主なら、領民のために尽くすべきではないのですか?」
「平民の分際で余計なことを言うな!」
すぐ怒鳴るタイプの人間のようだ。
とても話し合いが通じそうにない。
「村人に文字の読み書きを教え、薬草園を作り、薬草を煎じて病人を治すという医者の真似事をし、魔術を教える善良な村人……それが皆がお前に抱いているイメージだろうが、そんなものはまやかしだ!
わしはお前の正体を知っているぞ!」
領主に全てを見透かされたような目で見下され、胸の奥がゾワリとした。
はったりだと思いたい。
だけどこの男が僕の正体に気づいていたとしたら……。
皆に僕が王都を追放された罪人だと知られてしまったら……。
ここのこの村に来た時は、簡単な読み書きを教えたら、一年で去る予定だった。
でもこの村の人たちがみんな優しいから、いつしか僕は、ずっとここにいたいと思うようになった。
皆が良くしてくれればくれるほど、この村を離れがたくなり、それと同時に自分が罪人であるのを知られるのが怖くなった。
「あなたが僕の何を知ってるって言うんですか?」
領主の顔をキッと見据え、精一杯の強がりを言ってみた。
でも本当は、僕の正体を村の人たちに知られる恐怖でいっぱいだった。
「わしはお前のすべてを知っている。
お前の本当の名前も、お前が王都で何をしたのかもな」
そう言って領主は口の足を歪めニヤリと笑った。
やはりこの男は、僕が王都で何をしたか知っている。
田舎の領主だから社交界の事情にはうといだろうと、侮っていた。
「わしの可愛いエミリアちゃんが教えてくれたのだよ。
お前の本当の名前はリック・ザロモン。
名門ザロモン侯爵家の次男に生まれながら、その才能に溺れ、学園の進級 パーティーで婚約破棄を宣言し、あろうことか平民の女に魅了されたと嘘をつき、罪から逃れようとした。
しかしお前が『平民の女を愛人にしたいから金を出せ』と元婚約者を脅したことで、お前たちが魅了の魔法にかかっていないことがバレてしまった。
そしてお前は拷問に耐えきれず、誰が黒幕か話してしまった!
元側妃が破滅したのも、第二王子殿下が破滅したのも、ベナット・リンデマン伯爵令息が追放されたのも、ミア・ナウマンが娼館に売られたのも、ナウマン男爵家が没落したのも……全てお前のせいだ!
お前の兄も騒動のとばっちり受けて、婚約破棄を突きつけられたらしいな!
お前の親はショックで魔術師団長の職を辞したそうじゃないか!
この親不孝もの!
全てお前が悪い!!
お前がみんなを不幸のどん底に叩き落としたのだ!
仲間を売るなど最低だ!
最低のドクズだ!!」
配給を着服しようとしていた領主に、クズと言われるのは癪だが返す言葉もなかった。