44話「エンデ町のキャラバン」リック視点
それからは色々なことがあった。
ゼーゲン村に学校が出来た一カ月後、エンデの町にキャラバンが来ることになった。
僕は薬草学の本や子供向けの初歩的な文字の書き方の本を作り、グランツさんとともにエンデ村に向かうことになった。
グランツさんがエンデ村に出かける前日に、誤って口ひげとあごひげを剃り落としてしまった。
彼はひげがないと十歳は若く見えて、かなりの男前だった。
グランツさんは「ひげがないと威厳がなくなって町の連中に舐められるんだよな」とボヤいていたが、僕はひげがない方がいいと思った。
そのことをグランツさんに伝えると「そういう綺麗な顔でそんなこと言うんじゃねえよ」と言ってなぜか顔を赤らめていた。
僕は何か変なこと言ってしまっただろうか?
◇
キャラバンの商人は、僕の書いた薬草学の本と子供用の手習いの本を高く買い取ってくれた。
学校が少ない この地域では子供用の手習いの方が重宝されると思い、薬草の本と一緒に作っておいたのだ。
僕の予想は大当たりだった。
僕は本を売ったお金で、グランツさんに最新式のナイフと弓と矢を、村長さんに目薬を、子供たちに黒板とチョークを買った。
余ったお金で紙とインクと絵の具を買った。
絵の具があれば植物図鑑の挿絵をカラーにできる。
カラーイラストの方がわかりやすいし、次にキャラバンが来たとき、今回よりも高く買い取ってもらえるはずだ。
キャラバンで子供用の初歩の魔術書がかなりの高値で売っていたので、今度は魔術書を作ってみようと思う。
僕は子供用の初歩的な魔術を全て暗記している。
それを紙に書けば高値で売れるはずだ。
そんなことを考えながら歩いていたらグランツさんとはぐれ、誘拐犯にさらわれてしまった。
誘拐犯はキャラバン目当てに集まった「若い女性」を誘拐して、よその町で売っていたようだ。
「若い女性」と間違えられてさらわれたなんて屈辱だ。僕は男なのに……。
誘拐犯はキャラバンで魔術書を売っている男女の二人組みだった。
僕は相手に魔術の知識があることを逆手に取り、誘拐犯が席を離れた隙に、床に爆発の効果がある魔法陣を書いた。
ほんの少し魔法陣の細部を変えているし、僕は魔法が使えないから、魔法陣は発動しない。
だけど誘拐犯を脅すには十分だった。
誘拐犯は僕たちをアジトに残して逃げ出した。
その後グランツさんが助けに来てくれて、拐われた女性達は無事に家に帰ることができた。
今回の誘拐事件に、キャラバンの団長は無関係だったようだ。
団員が事件を起こしたことをした団長は、自ら部下を指揮し誘拐犯をとらえた。
団長は捕らえた二人に重い罰を与えると言っていた。
崖に逆さ吊りするとかなんとかなんとか……。
詳しいことは知らない方が良さそうだ。
キャラバンにはキャラバンの厳しい掟があり、それを犯したものは 厳罰に処せられるらしい。
キャラバンの団長さんは、迷惑をかけたお詫びだと言って、僕たちに荒れ地でも育ちやすい植物の種とその育て方を記した本をくれた。
とても貴重な物のようなので、僕はそれを有り難くいただいた。
◇◇◇◇◇◇
まあそんなことをしながら過ごしている間にいつの間にか、僕が村に来て二年が経っていた。
最初は一年だけのつもりだったけど、文字以外にも薬草学を教えたり、算術 教えたり、薬草を育てたりしているうちに、村での生活が楽しくなってしまったのだ。
皆まだまだ知識不足だし、こんな中途半端な状態では村を離れられない。
色白だった僕の肌も村で過ごしてるうちに日焼けしていった。
村の畑仕事も手伝っているので、たくましくなったはずなのに、なぜか今でも女の子に間違えられる。
僕は今でもリヒトやシャインとともに、グランツさんの家に居候している。
一人暮らしをするという話も何度か出たのだが、エンデの町で誘拐されて以来、なんとか三人ともになってしまった。
まあご飯を作ってくれたり、お掃除してくれたりする人がいると、助かるからいいんだけど。
四人で歩いてると、時々親子のようだとからかわれた。
もしかして僕のお母さん役じゃないよね?
そういう時グランツさんが、なぜかまんざらでもなさそうな顔をするのは何でなんだろう?
僕はみんなでいるのは楽しいからいいんだけど。
そうそうキャラバンの団長からもらった薬草は、すくすくと成長している。
団長がくださったのは、アルニカ、オウレンなどの種だった。
アルニカは打撲傷や肉離れなどに効く。
オウレンは下痢止めなどに利用される。
他にも何種類か薬草の種を分けてもらった。
薬は高値で取引されるので、村の良い収入源になっている。
近隣の村にはお医者様がいないので、最近では僕が煎じ薬を作り、医者の真似事のようなことまでしている。
◇◇◇◇◇
ある時、キャラバンがエンデの町を訪れるというので、僕もグランツさんと一緒に町まで出かけた。
カラーの挿絵のある植物図鑑や魔術書は高値で売れた。
薬草の種やインクや紙など必要な物を買って、お金が余ったら村長さんにメガネを買ってあげたいな。
子供達にお菓子も買ってあげたいし、グランツさんにも新しい武器を買ってあげたい。
そんなワクワクした気持ちでいた時、キャラバンの団長が王都のことを教えてくれた。
団長はあちこちを巡っているから世情に詳しいのだ。
団長が教えてくれたのは、デルミーラ様のことだった。
団長は僕が侯爵令息だということは知らない。
ということは民間人に話すくらい、王都では彼女のことが噂になってるということだ。
団長の話では、兄上と婚約者を解消したデルミーラ様は、兄上の悪口を言いふらし悲劇のヒロインを気取っていたらしい。
デルミーラ様は、兄が暴力を振るっていたとか、兄がデルミーラ様からの贈り物を壊していたと、でたらめを言いふらしていたそうだ。
その上デルミーラ様は兄との婚約中に仮面舞踏会に参加し、浮気をしていたらしい。
だがそんな嘘はいつまでも通らない。
テルミーラ様はザロモン侯爵家に訴えられた。
彼女は最初白をきり通そうとしていたが、裁判所に数々の証拠が提出され、デルミーラ様は敗北したらしい。
彼女の実家のアブト伯爵家は、ザロモン侯爵家から慰謝料の請求をされた。
そしてデルミーラ様は実家から勘当され、修道院に送られたそうだ。
そのことを知った時の僕の衝撃を計り知れない。
幼い頃教会で助けられた時から、デルミーラ様は僕のヒーローだった。
だけど僕が憧れていたヒーローは、とんでもない嘘つきだった。
兄上は暴力を振るうような人じゃないし、デルミーラ様からの贈り物も大切に保管していた。
兄上の人柄を知っている人なら、兄上がそんなことをする人じゃないってわかるはずだ。
もしかして人々がデルミーラ様の嘘を一瞬でも信じてたのは、僕のせいなのか?
僕がエミリーに酷いことを言ったから、僕の身内である兄上もそういう人だと思われているのか?
僕は愕然とした。
デルミーラ様の本性がわかったことより、己のしでかしたことの罪の重さに呆然としていた。
僕のせいで兄上に迷惑をかけてしまった……!
申し訳なさで胸が潰れてしまいそうだった。
それにデルミーラ様が嘘つきだったということは、彼女から聞いたエミリーの悪い話は、全部嘘だったということになる。
デルミーラ様の言葉を信じ、僕はエミリーに沢山酷いことをしてしまった。
今すぐ二人のところに行って土下座して謝罪したかった!
エンデの町からは王都行きの馬車が出ていた。
でも僕はその馬車には乗れなかった。
迷惑をかけた人たちには、いますぐに謝罪したかった。
でも僕は臆病で……恐怖に負けて体が動かなかった。
僕はゼーゲン村とその近隣の村を栄えさせることが、自らが犯した罪の償いになると言い訳し、ゼーゲン村に戻った。
僕は卑怯で臆病で最低な人間だ。




