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連載版・夫婦にはなれないけど、家族にはなれると思っていた・完結  作者: まほりろ
第八章「リック編後編・荒野にて」リック視点
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42話「誘拐」リック視点


夕食のあと、リヒトとシャインはベッドに入って眠ってしまった。


村人が順番に子どもたちを泊めているんだけど、最近は僕が彼らに文字を教えている関係か、グランツさんの家に泊まることが多い。


この村はどこの家も貧しい。


自分たちが食べるのが精一杯で、他人の面倒をみる余裕がない。


狩りが得意なグランツさんが、この村で一番稼ぎが良い。


必然的に彼のところに居候が集まるわけだが、この村で一番稼ぎが良いと言っても、大人一人と子供二人を養うのは容易なことではないだろう。


少しでも彼に恩返しがしたい。


「リヒトとシャインはもう寝たのか?」


「はい、ぐっすりです」


同じベッドに潜ってすやすやと寝息を立てている、二人の寝顔はまるで天使のようだ。癒やされる。


黒髪が不吉という迷信を信じ、こんな可愛い子たちを荒野に捨てる村が今でもあるなんて……。


もし僕が第二王子の側近をしていた時に、黒髪を忌み嫌う悪しき風習があることを知っていたなら、その風習をなくすことができたかもしれない。


だけど罪を犯し、王都を追放された今の僕には何も出来ない。


古いしきたりに苦しめられている人がいることも知らず、僕は安穏と学園に通っていたのだな。


立身出世と女の子の事しか頭になかった過去の自分が恥ずかしい。


「なぁ、リックは村の大衆浴場にはいかないのか?」


グランツさんの言葉にギクリとした。


グランツさんは大衆浴場と言ったが、浴場というよりは水場に近い。


この地域は水が貴重だ。


それでも人々は週に一度はそこに行き体を洗う。


僕の体には魔術封じの術式が刻まれている。


とてもではないがそんな場所にはいけない。


文字すら読めないこの村の人たちに、術式の意味が理解できるとは思えない。


だけど万が一ということもある。


僕が王都で犯した罪を、この村の人たちには知られたくない。


僕にできることは、グランツさんや子どもたちに隠れて、家の中でこっそり体を拭くことぐらいだ。


「僕はああいう場所は苦手で……」


「そうか。

 無理強いはしないが、村の奴らがお前のことを怪しんでいてな……」


心臓がビクンと跳ねた。


僕が学園の進級パーティーでやらかしたことや、幼馴染の婚約者を傷つけたことや、拷問に耐えられず全てを話してしまったせいで、第二王子や側妃様や友人の人生をめちゃくちゃにしてしまったことがバレている……?


「グランツさん、僕は……!」


「実は村の連中は、お前が女じゃないかと疑っているんだ!」


「はっ?!」


僕は思わず間抜けな声を出してしまった。


「僕が女……?」


「お前小さいし、華奢だし、綺麗な顔してるし、大衆浴場に来ないし……。

 何らかの理由で女なのを隠してるんじゃないかなと……」


「僕は男です!

 大衆浴場に行かないのは……その体に傷があるからで……それを見られたくなくて……」


僕はとっさに嘘をついた。


正直なこの村の人たちに隠し事なんてしたくない。でも本当のことは言えなかった。


「そうか、それを聞いてホッとしたぜ!

 リックが女だったら責任を取らなきゃいけないからな」


「責任……?」


「口移しで水を飲ませたり、一つ屋根の下で暮らしたりしたから、そのお前が女だったらけっ……こん」  


けっ……こん? けっこん? 結婚?


グランツさんと僕が結婚??


「僕は男です!

 そんな心配は無用です!」


僕が大衆浴場に行かないことで、そんな噂が流れていたとは……。


そういえば王都にいた時、第二王子に「お前が女だったらなぁ」と言われたことがあったような気がする。


べナットから「女の子だったらタイプのど真ん中なんだけどなぁ。惜しいなぁ」と言われ、ため息をつかれたことがあったな。


僕ってそんなに女顔だったのかな? 女性と間違うほど華奢に見えるのかな?


だとしたらちょっとショックだな。


というかグランツさんも顔を赤らめて、まんざらでもなさそうに言わないでください!


グランツさんのことは好きですが、僕は男性にそういう感情は……ゴニョゴニョ。








子供たちとグランツさんが寝たあと、僕はランプに火を灯し、食べられる草とそうでない草について記した。


村長さんのところから使ってない紙をもらってきたのだ。


あまり質の良い紙ではないが、それでもこの村では貴重なものだ。


書き損じが出ないように、丁寧に書かないと。


絵もあった方がいいかもしれない。


絵を描くなら絵の具がほしいところだが、この村にそんな高価な物はない。


白黒の絵でもないよりはましだろう。


学園に通っていたころ、魔術式を書いていたから絵もそれなりに得意だ。


虫がついてない草は毒草である可能性が高いとか、そういう豆知識も記しておこう。


薬草についての本を書き、キャラバンで売れば、少しはお金になるだろう。


先日村長さんにこの村の人と近隣の村の人に、食べられる草と食べられない草の見分け方を教えてほしいと頼まれたことがヒントになった。


このあたりでは飢饉の年に、子供が毒草を食べて亡くなることが多いらしい。


僕は子供たちに文字を教える合間でいいならと答えて引き受けた。


薬草についての本を書けば売れる。僕はそう思いペンを走らせている。


学園で学んだ知識を、こんなところで活かせるとは思わなかった。




◇◇◇◇◇




「えっ?

 グランツさん、リック先生のこと女の人だと思ってたの?」


「いやぁ、だってリックのやつ女みたいな顔してるし……華奢だし……色白だし……」


「えっ? リック先生って女の人じゃなかったの?!」


「リヒトもリック先生が女の人だと勘違いしてたの?

 もうこの家の男は観察力がないわね」


「ショックだ〜〜!

 大きくなったらリック先生をお嫁さんにしようと思ってたのに!」


「駄目よ、リック先生は私がお婿さんにするんだから」


次の日僕が目を覚ますと、キッチンでグランツさんとリヒトとシャインが僕が女かもしれないという話で盛り上がっていた。


昨夜遅くまで書き物をしていたので寝坊してしまった。


出ていきづらいな。


この話、まだ引っ張るのかな?


「あっ、おはようリック先生!」

 

そんな僕の思いとは裏腹に、シャインに気付かれてしまった。


「おはよう、みんなでなんの話してたの?」


僕は何も知りませんという顔で話しかけた。


「私が大っきくなったら、リック先生をお婿さんにするって話をしてたの!」


「えっ……と」


僕はどんな反応を返すべきか迷った。


シャインはまだ七歳だよね? 女の子はませてるな。 


もう結婚相手を考えてるなんて。


僕は一度婚約で失敗している。


なので子供相手とはいえ、いい加減な返事はできない。


「えーとそういう話は、シャインがもうちょっと大人だったらしようか」


「大人になったら結婚しようね」なんていい加減な返事はできない。

 

彼女が素直に僕の言葉を信じてしまったら大変だし、第一僕は罪人だ。


誰かを幸せにすることなんてできない。


「リック先生はどんな女の人が好きなの?

 私リック先生の好みの女の人になる!」


シャインの言葉には毎回ハラハラさせられてしまう。


女の子はこんな小さい時から結婚のことを考えているのか?


僕が彼女 ぐらいの歳の時には魔術のことしか興味がなかったぞ。


シャインに言われて 今までの人生を振り返った。


僕の周りには何人かの女性がいた。


母は自分とそっくりな顔に生まれた僕を溺愛してくれた。


義理の姉になるはずだったデルミーラ様は僕のヒーローだった。


幼馴染で婚約者のエミリーとは上手くいかなくて、彼女のことを傷つけてばかりだった。


僕の初恋の人のミアは、複数の男性と関係を持つような女だった。


僕は誰一人幸せに出来なかった。


僕が犯罪者になったせいで母は精神を病んだ。


僕が家名に傷を付けたせいで、デルミーラ様は兄との婚約を破棄した。


相手の有責とはいえ、婚約を破棄されたエミリーは、新しい婚約者を見つけることができるのだろうか?


僕たちと関わったせいで、ミアは娼館に送られ、彼女の家は取り潰された。


冷静になった今ならわかる。


僕は第二王子の側近として、ミアがアルド殿下に接近したとき、彼女を止めるべきだったんだと。


アルド殿下には王命によって決められた婚約者がいたのだから。


殿下は「真実の愛を見つけたんだ!」「学園に通っている間だけ羽目を外したいんだ!」と言っていた。


だけど殿下は、そんな理由で婚約者を蔑ろにしてはいけなかった。


アルド殿下に下心を抱いて近づいた者の末路を、僕はもっとよく考えるべきだった。


人のことは言えない僕にも親が決めた婚約者がいたのだから、他の女の子と必要以上に接触するべきではなかった。


それでもやっぱりエミリーとは仲良くできなかったと思う。


彼女も彼女の家族も僕のことを見下していたのだから、そんな人とはうまくいくわけがない。


だけど本当にそうだったんだろうか?


エミリーを悪く言っていたのはデルミーラ様だけだった。


僕は一度も彼女の言葉の裏を取ったことがない。


今は……本当にエミリーが僕のことを見下すようなひどい人間だったのか、わからなくなっている。


エミリーが凄く良い人だったとしたら、僕は彼女に酷いことをしてしまった……。


でも彼女が酷い人間でなかったとしたら……デルミーラ様が僕に嘘をついていたということになる。


わからない。何が本当だったのか。何もわからない。


ここでは真実を探りようがない。


「リック先生……泣いてるの?」


知らない間に僕の頬に涙が伝っていた。


「ごめん……僕は、たぶん一生……誰も好きにならない……と思う。

 だからシャインも………僕になんか……憧れちゃダメだよ」


僕はその場から離れたくて、家の外に出た。








外に出ると荒野では珍しい雨が降っていた。


僕は泣いてることが周りに知られなくてホッとした。


「いたぞ! あいつだ!」


「えっ?」


背後から聞き慣れない声が聞こえて、僕が振り向こうとしたとき、頭から麻袋のようなものを被せられた。


僕は何が起こっているかわからずパニックに陥った。


何者かによって僕の両腕は後ろで縛られ、担ぎ上げられた。


と思ったら馬車のようなものに乗せられた。


「よし、馬車を出せ!」


僕が不審な声に気づいてから、僕を乗せた馬車が走り出すまでに二分もかからなかった。


誘拐……いまさら僕を誘拐してなんの意味がある?


僕はしがない平民。いや王都を追放された罪人でしかない。


もしかして誰かが僕を暗殺しようとしている……?


誰か僕が生きていることを好ましく思っているのか?


それはいったい誰なんだ?


王都にいた頃の知り合いか?


それとも……?


わからない、僕には何もわからない……!




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