41話「文字を教える」リック視点
「Norden は北部、
Osten は東部、
Westen は西部、
S''udenは南部。
リヒトもシャインも物覚えがいいね」
「リック先生の教え方がいいからだよ」
「リック先生もっと教えて!
ボク本が読めるようになりたいんだ!」
「じゃあ次はこれ。
Hafenは港、
Br''uckeは橋、
Dorfは村、
Waldは森、
Weiherは池や沼」
僕がゼーゲン村に来て三か月が過ぎた。
僕はグランツさんの家に居候しながら、リヒトとシャインに文字を教えている。
当初はグランツさんにも文字を教えてたんだけど……。
彼はガッツはあるんだけど、文字を覚えるのが恐ろしく苦手で……一か月教えても一文字も覚えられなかった。
グランツさんに文字を教えているところにリヒトとシャインが遊びに来て、二人が興味津々という顔でこちらを見ていたので、グランツさんに教えるついでにリヒトとシャインにも文字を教えてあげた。
小さな子は物覚えがいいらしく、布が水を吸収するように二人はどんどん文字を覚えていった。
村長さんとも相談して、グランツさんには得意の狩りに集中してもらい、文字は子どもたちに教えることにした。
リヒトとシャインは共に七歳で、同じ村出身のいとこ同士だったらしい。
リヒトは活発な男の子、シャインはしっかり者の女の子だ。
「おっ、やってるな。
リヒト、シャインさぼってないか?」
グランツさんが狩りから帰ってきた。
グランツさんは手にうさぎを持っていた。どうやら狩りに成功したらしい。
「ボクはグランツさんみたいにサボったりしないよ」
「私たちをグランツさんと一緒にしないで」
「俺はサボったことはない!
ただ……文字を覚えられなかっただけなんだ……!」
グランツさんが泣きそうな顔で言った。
グランツさんは寝る間も惜しんで文字を学んだ。
ただ素質がないのか、一文字も覚えられなかった。
グランツさんにも、せめて自分の名前ぐらい書けるようにしてあげたかった。
「ふたりともそこには触れないであげよう」
「そうだぞ!
俺をいじめる奴にはうさぎのパイを食べさせてやらないぞ!」
「「それはやだぁ!」」
「ふたりともグランツさんにごめんなさいして」
「「グランツさんごめんなさい」」
リヒトとシャインは素直にグランツさんに謝った。
二人共真っ直ぐな性格ないい子たちだ。
「よーし! じゃあうさぎのパイを作るぞ!
お前らも手伝え!」
「「はーい!」」
「じゃあ僕も……」
「リックは村長さんの家に行ってくれ、また領主様から書状が届いたらしい」
「はい」
僕はこの村で子どもたちに字を教える傍ら、村長さんの補佐をしている。
補佐と言っても村長さんの代わりに手紙を読んでるだけなんだけど。
村長さんは優しい人で、近隣の村の人たちにも配給日が七月ではなく七日だと教えてあげた。
近隣の村の人たちも正確に書状の内容を読み取れなかったと思ったので、教えてあげたらしい。
この辺の村で文字の読み書きができるのは村長さんとその子孫のみ。
その人たちでも簡単な文字の読み書きが出来る程度。
だから領主が使う難しい言葉や、貴族 特有の遠回しないい方は理解できないようだ。
「何事も持ちつ持たれつじゃよ」と村長さんは言って、にっこりと微笑んだ。
生き馬の目を向く王都とは違い、近隣の村の人たちと助け合いながら生きていく、このような生き方もあるんだな。
僕はこの村に来て、本には書かれていないことを学んでいた。
学園に通って行った時、僕に必要だったのは、こういう人の思いやりや、温かさを知ることだったのかもしれない。
◇◇◇◇◇
「村長さんお邪魔します」
「おお、その声はリックか?
待っていたよ。
早速で悪いが手紙を読んでくれんかね?」
「はい」
僕はテーブルに置いてあった書状に目を通した。
「なんて書いてあったのかね?」
「はい。
こんどエンデの町に旅の隊商が来るそうです」
「読んでくれてありがとう。
エンデの町にキャラバンが来るのは一年振りじゃのう」
「隊商が町に来ると、何か特別な物が手に入るのですか?」
「エンデの町では手に入らない、最新式の弓や短剣、薬草などが売られている。
他にはも特殊なインクや絵の具、魔導書や魔術師が使うの杖なども売っているが、これらの物は高くて儂らには手が出せん」
「エンデの町で売ってる物と、隊商が持ってくる物は違うんですか?」
「キャラバンが売っている物は最新式なのじゃよ。
その分値が張るがね。
グランツの使っている弓や短剣も、何年か前にキャラバンから買った物だよ。
あの年はワーウルフが村の近くまで来て大変じゃったが、奴らを倒したおかげでその毛皮が高く売れてのう」
そういえば、グランツさんの使っている弓や短剣は年季が入っていたな。
グランツさんはこの町で一番狩りが得意だ。
食料を取ってくるという意味でも、魔物を倒してくれるという意味でも、彼はこの村になくてはならない存在。
その彼の武器がボロボロというのは、村としては心許ない。
「村長さん、こちらから隊商に物を売ることは可能でしょうか?」
「それは可能だが」
「魔物の毛皮以外で、高く買ってもらえそうな物はありますか?」
「売ると言ってもこの村は貧しいからのう。
幸いなことにワーウルフの群れも、あれ以来村の近くには来んしのう」
「例えば、こんな物は売れますか?」
僕にはあるアイデアがあった。
◇
「リック先生、お帰りなさい!」
「村長さんのところにきたお手紙にはなんて書いてあったの?」
「ただいま、リヒト、シャイン。
こんどエンデの町に隊商が来るって書いてあったんだよ」
グランツさんの家に帰るとリヒトとシャインが出迎えてくれた。
キッチンからパイが焼けるいい匂いがする。
「キャラバン! ボクも見に行きたい!」
「私も!」
「こらこらガキが行くところじゃねぇよ!
十年早い!」
「グランツさんのケチ!」
「ケチーー!」
「キャラバンが来る時期は人さらいも増えるんだ!
この村に帰れなくなってもいいのか?」
「人さらいやだー!」
「怖ーーい!」
グランツさんに脅された子どもたちが、僕の後ろに隠れた。
「お前らが成長して、俺みたいにあごヒゲを蓄えたワイルドな男になったら連れてってやるよ」
「私女の子だがらおヒゲ生えないもん!」
「それって何年後〜〜?
ボク、大人になってもグランツさんみたいなヒゲもじゃになりたくな〜い」
子どもたちの言葉にグランツさんは密かにショックを受けていた。
それにしても人さらいか、そんな物騒な物が本当に出るのかな?
それとも子どもたちを怖がらせる為に言っただけかな?