40話「ゼーゲン村の村長さん」リック視点
「村長さん、グランツです。
ただ今戻りました」
そう言ってグランツさんは、村長さんの家のドアをノックもしないで開けた。
実家では家族でも個人の部屋に入るときはノックをした。
小さな村だと、他人の家に入るときもこんな感じなのかな?
それともグランツさんが非常識なだけかな?
「おお、グランツよ。
よくぞ無事に戻った」
部屋の中には古い揺り椅子があり、白髪のおじいさんが腰掛けていた。
「して、ハイル村の村長はなんと言っておった?」
「それが文字は息子にしか教えないの一点張りで、書状を読むなら代わりに小麦を寄越せと言ってきました」
「うーん、やはりそうか」
「ロイヒテン村やヴォール村の村長にも掛け合ってみますか?」
「無駄足になるだろうな。
文字の読めるものは貴重だ。
それだけで大金を払う価値がある」
「そんな、それじゃあ俺たちはこれからどうすれば……」
「小麦を渡すことで書状を読んでもらえるなら、そうするしかあるまい」
「それはそうかもしれないが、この村も決して豊かってわけじゃ……!」
「仕方あるまい。
わしの落ち度じゃ……まさか、息子が……カタリがこんなにも早く逝ってしまうとは思わず、カタリ以外に文字を教えてこなかったのだからな……」
「くそっ!
ガキの頃の俺が『体を動かす方がいい!』なんて言って勉強をなまけなければ……」
「グランツのせいではない。
それにそなたは幼い頃から狩りが得意だった。
お前さんは何度村の危機を救ったかわからない。
村人が飢えている時、獣の肉を取ってきてくれたのもお前さんだったし、野獣の群れがこの村を襲った時、魔獣を撃退してくれたのもお前さんだった。
お前さんが己の腕を鍛えたのもまた村を救うため。
だからそう自分を責めるでない」
「しかし……」
「して、今回の書状は読んで貰えたのか?」
「はい、今回だけは今までのよしみでただで読んでくれました。
ですが次回からは小麦か金を出すように、きつく言われました」
「その時はその時でまた知恵を出し合おう。して、書状にはなんと書いてあったのだね?」
「はい、七月に領主様が食料の配給を行うからエンデの町に集るようにと」
「ふーむ、七月かまた随分先の話じゃな。
しかし七月と言っても三十一日もある。
七月何日に行けばよいのか?」
「それが書状には七月としか書いてないようで、ハイル村の村長も首をかしげていました」
グランツさんと村長さんが首を傾げウンウンとうなっていた。
「あの……その書状を僕にも見せてくれませんか?」
「おや?
グランツの他にも誰かいるのかね?
聞きなれない声だが……」
「村長さん、こいつはリック。
荒野に倒れていたんです」
「そうか、わしはオリス。
この村で村長をしている。
リックさんとやから、こんな村だが好きなだけ滞在して構わなんよ」
村長さんがシワシワの顔をさらにシワシワにして、ニコリと笑う。
今の会話から察するに、村の暮らしは決して豊かではない。
それなのによそ者の僕を受け入れてくれるなんて、村長さんは懐の深い人だ。
グランツさんも見ず知らずの僕を、馬車に乗せて この村まで運んできてくれた。
僕はこの人たちの力になりたいと思った。
初めて自分以外の誰かのために、自分の力を使いたいと思った。
「グランツさん、村長さんは目が……」
「ああ、ここ数年老眼が進んで……ついにほとんど見えなくなってしまった」
「医者には診せたんです?」
「いや、この村は貧しくてな。
食っていくのでやっとだ……医者なんてとても」
グランツさんが悔しそうに呟いた。
「グランツよ、気に病むことはない。
わしは充分に生きた。
しかし村の皆に迷惑をかけてしまったのが、申し訳なくてな。
こんなとき、カタリがいてくれたらな……」
「カタリさんというのは?」
「村長さんの息子だ。
この村で字が読めるのは村長さんと、村長さんの息子のカタリだけだった。
それが先月、狩りに行くと言って出ていったきり行方不明なのさ」
「おそらくカタリは……モンスターか獣に襲われて命を落としたのじゃろう」
「村長さん、そんな気の弱いこと言わないでくれよ!
カタリはどこかで生きてる!
俺はそう信じているんだ!」
「そうじゃなグランツ、弱気なことを言ってすまなかった」
部屋に重たい空気が漂う。
「あの……書状を見せてほしいんですが」
沈黙に耐えられなくて、僕は質問を繰り返した。
「ああ、そうだったなこれだ」
グランツさんが懐から、油紙に包まれた書状を取り出した。
僕はグランツさんから手紙を受け取り、書状にさっと目を通した。
「七月ではなく七日ですね」
「はっ?
リック、いきなり何いってんだ?」
グランツさんがキョトンとした顔で聞いてきた。
「食料の配給は七月ではなく、今月の七日に行われます」
「驚いた!
リックさん……あんた字が読めるのかね?」
「はい、村長さん。
少しですが」
「少しってどれぐらいだね??」
村長さんが食い気味で尋ねてきた。
「ロード国の言語と古代文字は完璧に習得してます。
あと周辺国の文字も少々」
魔導書は古代語で書かれていることが多い。
魔法使いには古代語の習得が必須だ。
「こいつは驚いた!
領主様でもそこまでは習得しておらんじゃろう!」
村長さんが目をしばたたかせている。
「渡りに船とはこのことだ!
リックさん!
頼む!
俺に文字を教えてくれ!
このとおりだ!!」
グランツさんがその場で土下座した。
「あの……グランツさん、頭を上げてください!」
「いや、俺はあんたがうんと言うまでは諦めない!!」
グランツさんは床に頭がめり込むんじゃないかってぐらい、深く頭を下げていた。
「これ、グランツよ。
リックさんに無理を言ってはならん。
彼にも事情があるんじゃ」
「しかさ村長さん! この機会を逃したらゼーゲン村は……!」
「しかしグランツよ、無理強いはいかんぞ」
「でも……!」
村長さんとグランツさんが揉め始めた。
「あの……グランツさんに助けて貰った恩もありますし、一年でいいなら文字を教えますよ」
一年と時間を区切ったのは、罪人の僕がずっと同じ村にいてはいけないと思ったからだ。
僕が罪人だとしたらみんなに迷惑をかけてしまう。
大丈夫。 一年もあれば、簡単な文字の読み書きなら教えられる。
「本当かっ!?
ありがとう!! ありがとう!!
リック!!
この恩は一生忘れないぜ!!」
グランツさんが立ち上がり、僕の手を握るとぶんぶんの上下に振るいだした!
少しは手加減してほしい。
僕は元々魔術師系だから体力がないんだ。
その上拷問を受けたあと、牢屋に入れられたから体が弱っている。
グランツさんに馬鹿力で手をぶんぶんと振られたら、体がバラバラになってしまう……。
「リックさん、この御恩はけっして忘れません」
村長さんは椅子からふらふらと立ち上がり頭を下げた。
倒れそうになる村長さんを、グランツさんが支える。
僕はほんの数時間前まで死のうと思っていた。
僕のような人間が生きてはいけないと……。
でもグランツさんに出会って、命を助けてもらった。
ゼーゲン村に来て、何もない所でも懸命に生きている人たちを見た。
村長さんに出会って、こんな僕でも役に立つことはあることを知った。
幼くして親に捨てられたリヒトとシャインだって、前向きに生きてるんだ。
僕も腐ってはいられない。
僕に出来ることがあるのなら、それを全部したい。
死ぬのはそれからだっていい。
それが今の僕の願いだ。
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