37話「王太子殿下ってこんな人?」
「デルミーラはね、実家を勘当された後、辺境の地にある修道院に入れられたんだ。
だけどそこの生活に耐えられず、逃げ出した」
派手な都会暮らしが好きなデルミーラ様に、質素な暮らしを求められる地方の厳しい修道院暮らしはさぞかし堪えたでしょう。
でもまさか、修道院から逃げ出すなんて……。
「何の因果か彼女は、エンデ男爵領に流れ着いた」
「エンデ男爵領にですか?」
評判の悪い男爵と、派手好きで男性をたぶらかすことに長けているデルミーラ様。
この組み合わせは……何か嫌な予感がします。
「彼女は男爵に取り入り愛人の座に収まった。
彼女はあれが欲しいこれが欲しいと、男爵にねだったようだ。
辺境の地にある男爵家には、領民に対し王家から食料支援が行われていた。
荒れ果てた土地でも、そこに人が住んでるだけで魔物が増えるのを抑えられるからね。
だから王家は食料の支援をしていたんだけど、男爵はその食料を民に配らず、自分の私腹を肥やすことに使ったようだ。
それだけではデルミーラの要望に応えることができず、男爵は彼女の要望に答えるために、増税に踏み切った」
「なんてひどい……」
デルミーラ様は、そのような場所に行っても周りに迷惑をかけているのですね。
領民の方々の暮らしを思うと胸が痛みます。
「それでその領主の増税は違法だと、手紙で訴えてきたのが、エンデ村にいるリックだったというわけ」
「そのような事情があったのですね」
まさかこの件にリック様だけでなく、デルミーラ様が関わっているとは、思っても見ませんでした。
「それでこれは君たちの……特にフォンジーの逆鱗に触れそうだから、言うかどうか迷ったんだけど、やっぱり言っといた方がいいと思ったから伝えるね」
殿下のこの言い回し……何か嫌な予感がします。
「デルミーラは男爵領で偽名を使ってるんだ。
その名前がエミリア」
「エミリア」、私の名前の「エミリー」と似ていてなんだか嫌な気分です。
でもそれだけなら別に怒るようなことでも……。
「ここからが重要なんだけど、エミリー嬢も、フォンジーも怒らないで聞いてね。
彼女は男爵に自分の出自を聞かれこう答えたらしいよ。
自分の本当の名前はエミリー・グロスで、婚約者に公衆の面前で婚約破棄され、実家にいられなくなり、地方に逃げてきた子爵令嬢だとね」
ブチッと何かが切れる音がしました。
隣の席を見ると、フォンジー様の額に青筋が無数に浮かんでいました。
先ほど聞こえたブチっという音は、彼の堪忍袋の緒の切れる音だったようです。
「殿下、デルミーラは今どこにいるんですか!
今すぐ見つけ出し捕まえましょう!」
「落ち着いてフォンジー、物事には順序ってものがあるから……」
「私の最愛の婚約者の名前が、勝手に使われたのです!
これが怒らないでいられますか!!」
「気持ちはわかるけど落ち着いて!
温厚なフォンジーくんはどこに行ったのかな?
エミリー嬢も止めてよ!」
「私のために怒ってるフォンジー様も素敵です」
「君たちねぇ……!」
そんなわけで、フォンジー様が落ち着くまで十分間話が中断しました。
十分後
「……どこまで話したかな?」
「デルミーラ様が私の名前を語ってるというところまでです」
フォンジー様はまだちょっとだけ怒ってるみたいです。
普段温厚な人を怒らせると怖いというのは本当ですね。
「あーそうだったね」
「質問なのですが、エンデ男爵はどうしてデルミーラ様の嘘を信じたのでしょうか?
王都のパーティーに出ていれば、彼女の顔と名前ぐらい知ってるはずですが?」
「いい質問だね、エミリー嬢。
地方の領主の中には、王都にタウンハウスを持っていない者もいる。
そういう人が、毎年社交パーティーに参加するのは大変なんだよ。
そのせいで彼らはどうしても世情には疎くなりやすい。
エンデ男爵は最近伯父から爵位を譲り受けたばかりだから尚更ね。
エミリー嬢は三年間隣国に留学していたし、デルミーラは数ヶ月前に勘当されて、それきり社交の場には出ていなかった。
最近爵位を着いたばかりの彼が、君の顔もデルミーラの顔も知らなくても無理はない。
そういうことが重なって、エンデ男爵はデルミーラのついた嘘を信じてしまったんだろうね」
「そういう経緯があったのですね」
「いかなる理由があろうとデルミーラを、エミリーと信じているものがいるというのは不快だ」
フォンジー様はまだ怒ってるみたいです。
「説明はこれで終わり。
僕はこれからエンデ男爵領に行くんだけど、君たちはどうする」
殿下に尋ねられ、私はフォンジー様の顔を伺いました。
彼の瞳は決意に満ちていました。
「もちろん同行します!」
「私もフォンジー様の意見と同じです!」
「じゃあ 決まりだね!
明日の朝一番に出発しよう」
この件にはリック様とデルミーラ様が関わっています。
見て見ぬふりはできません。
領主の不正を告発したリック様が、安全に暮らせているかどうかも分かりません。
もし彼が危険にさらされているなら、見つけ出し保護しなくてはいけません。
それに、自分の名前が語られてるのを放置できません。
二年前、学園の進級パーティーでされた婚約破棄から色んな事がおきました。
それら全てのことに、決着をつける時が来たようです。