31話「男心と上の空」フォンジー視点
フォンジー視点
「旦那様、恐れ入りますが書類のこの箇所間違っております」
「すまない、気が付かなかった」
農園から帰ってきた私は、執務室にこもって仕事に没頭した。
「申し訳あげにくいのですが、ここと、ここと、ここと、ここも間違っております」
「そうか……すまない」
家令からしてきたされた場所を修正していく。
「旦那様は領地の視察が帰ってきてから、心ここにあらずのご様子。
視察先で何かありましたか?」
バサッバサッバサッ……!
机の上に積まれた書類に腕が当たり、落としてしまった。
家令が落ち着いた様子で、書類を一枚一枚拾っていく。
家令に言われて思い出してしまった。
農園に出かける時、エミリー嬢は真っ白なドレスを纏っていて天使のように美しかった。
彼女と狭い空間で一緒にいることは耐えられないので、別々の馬車で出かけようと思ったのに……そういう時に限って馬車が一台壊れていた。
エミリー嬢とどちらが御者席に乗るか問答し、結局二人で客席に乗ることになった。
彼女に触れないように、私は馬車の隅で体を縮めるようにして座っていた。
麦畑が見えたことにはしゃぐエミリー嬢が可愛らしくて、彼女に真っ白な花を咲かせるリンゴ畑が見せたくなって、気がつけば彼女に指が触れるほど近づいていた。
その後、馬車が荒れた道に差し掛かり激しく揺れた。
私は彼女が怪我をしないように、思わず抱きしめていた。
そしてその後ずっと農園まで彼女を抱きしめた。
彼女の体は細くしなやかで、髪の毛から甘くていい香りがして、どうにかなってしまいそうだった。
農園まで何とか理性を保つことができた。
農園で子供たちに、結婚しないのかとか、婚約者じゃないのかとか、色々からかわれたがそれも乗りきった。
子供たちが変なことを言うから、彼女の着ている真っ白なドレスがウェディングドレスに見えて、彼女との式を想像してしまった。
私と彼女が結婚することは絶対にありえないのに……。
帰りもどちらが御者席に乗るか、客席に乗るかでもめ、結局御者に客席に押し込められてしまった。
ガタガタと搖れる道を、彼女の体を抱きしめたまま進んだ。
彼女にとって私は兄のような存在で、全く意識されていないのに。
自分だけがこんなにも彼女を意識しているのがたまらなく恥ずかしくて、耐えられなかった。
馬車の揺れが少なくなってきて、彼女が私から体を離した時、少し残念だったが、同時にほっとしていた。
これ以上彼女を抱きしめていたら、変なことを考えてしまいそうだったから。
だけど馬車は舗装された道には入っていなかった。
馬車が大きくガタンと揺れ、その衝撃で私はあろうことかエミリー嬢を押し倒していた。
彼女の栗色の大きな瞳と目が合った。
彼女の澄んだ瞳をずっと見つめていたいと思った。
だけど婚約者でも恋人でもない私にはそれは許されない。
私は急いで彼女の上から、自分の体を離した。
その時また馬車が大きく揺れて……今度はエミリー嬢が私を押し倒すような形で私の上に乗っていた。
それだけならまだ良かったのだが、お互いの唇が触れ合っていた。
彼女の唇は柔らかくて……彼女を抱きしめたい衝動に駆られた。
彼女が私から離れるのが あと数秒遅かったら、私は彼女に何をしていたかわからない。
妹のように思ってる子にこんな感情を抱いてはいけない。
彼女は大恩あるグロス子爵家の令嬢。
絶対に傷つけてはいけない。
好きになってはいけない相手なのに……なのに彼女の行動から目が離せない。
「ありがとう」
家令が拾い終わった書類を机の上に乗せてくれた。
「旦那様はだいぶお疲れのようですね」
「そうかもしれない」
「キッチンから甘い香りが漂ってきますし、この辺で休憩を挟んではいかがでしょうか?」
「そうだな」
「お疲れの時は植物を見るのがいいって聞きます。
植物園にテーブルをセッティング いたしましょう」
「助かるよ」
その時私は、植物園で一人でティータイムを楽しむものだと思っていた。
まさかそこにエミリー嬢がいるとは思わなかった
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