23話「再会」フォンジー視点
フォンジー視点
弟の元婚約者と久し振りに会うことになった。
弟とエミリー嬢が婚約を破棄して二年が経過した。
私は二人が婚約破棄をする一年前から領地に籠もっていたから、エミリー嬢に会うのは約三年ぶりだ。
なぜ今のタイミングで会おうと思ったのか、それには理由がある。
本当は弟が事件を起こした時、真っ先にエミリー嬢に謝りに行かなければならなかった。
だけど事件直後に加害者に謝罪に来られても、エミリー嬢は弟も弟の家族である私のこともを、許すことができなかっただろう。
エミリー嬢はそんな自分を責めてしまっただろう。彼女は優しいから。
だから自分の罪悪感を減らすために、あのタイミングで謝りに行けなかった。
だから二年間彼女に謝りに行けなかった。
エミリー嬢は優しすぎるから、いつまでも相手を許さないままでいるのは、それはそれで苦しくなると思った。
だから彼女の心の枷を外すために、事件から二年が経過した今謝りに行くことにした。
彼女には弟のことを忘れて幸せになってほしいから。
約束の日、エミリー嬢が指定した店の前まで着いた。
大通りに面したとてもおしゃれなお店だった。
自分でもかなり緊張しているのが分かった。
心臓がバクバクする音を立てている。ドアノブに触れる手が震えている。
ここまで緊張するのは謝罪する相手がエミリー嬢だからだろうか? それとも別の理由が……?
緊張しているのを隠し平静を装い店のドアを開く。
私が店のドアを開けた瞬間、ドターン!という音がして店内を見ると、女性が男を投げ飛ばしているところだった。
店内で一体何が起きているんだろう?修羅場だろうか?
目を凝らし、女性の方をよく見るとエミリー嬢だった。
美しく着飾った彼女に胸がドキリと音を立てた。
それ以上に、この不思議な状況をどう整理したらいいのだろうか?
冷静に考えると、男がエミリー嬢に襲い掛かり、 彼女は身を守るために男を投げ飛ばしたというところだろうか?
エミリー嬢を襲ったと思われる男に、怒りが湧いた。
店には店員さんもいないようだし、こんなところで男と二人きりでいるのは危ない。
エミリー嬢には危機感が足りないようだ。
でもそこで私と会いたいと思ったということは、私は彼女に男として認識されていないということか?
元婚約者の兄なんだから、家族同然男として認識されていなくても仕方がない。
なぜか胸の奥がつきりと傷んだ。
エミリー嬢に事情を聞くと、投げ飛ばされた男はエミリー嬢の知り合いだったようだ。
エミリー嬢曰く、彼はとんでもない食いしん坊で、彼女が私のために用意したお菓子を全部食べようとしたらしい。
それで彼女に投げ飛ばされたらしい。
とにかく襲われたのが、エミリー嬢じゃなくてお菓子で良かった。
それにしても大の男を軽々と投げ飛ばすなんて、彼女は華奢に見えて意外と強いんだな。
この二年でエミリー嬢も変わったようだ。
祖国に行った時、部屋の隅で刺繍をしていたおしとやかな令嬢はもういないらしい。
とりあえず、投げ飛ばされた男を放っておくわけにもいかないので、私は持っていた着付け薬を飲ませた。
目を覚ました男は、よくわからない捨て台詞を残して去っていった。
エミリー嬢は認識していないようだが、 男はやはりエミリー嬢に気があったようだ。
彼女は弟に婚約破棄されたショックで、自己肯定感が下がっているらしい。
こんなに愛らしくて可憐な女性を、男が放っておくわけがないのに。
彼女には男に惚れられているという自覚がなかった。
こんなんでこの先大丈夫だろうか?彼女のことが少しだけ心配になった。
いやこの心配というのは保護者的な立場からの心配だ。
彼女はもともと私の義理の妹になるはずだった。
だからつい彼女のことが心配になってしまうんだ。深い意味はない。
男が去った後、エミリー嬢と二人きりになってしまった。
近くで見るとエミリー嬢はほんのり化粧もしていて、流行りのドレスをまとっていて、髪も綺麗に結っていて、とても美しくなっていた。
なぜか私の心臓がうるさかった。
相手は謝罪対象だ。
弟の元婚約者で、当家がとても迷惑をかけた人。
絶対に好きになってはいけない人だ。
私はそのことを肝に銘じた。
私は昔のように、エミリー嬢に兄のように接した。
エミリー嬢もその方が気楽だったらしい。
エミリー嬢は私が想像していた通り優しい方だった。
被害者であるエミリー嬢が、加害者である私や、私の家族や、当家の領民のことを、気にかける必要なんて一ミリもない。
それなのに彼女は、このニ年間、私や私の家族に迷惑をかけたことを気に病んでいた。
やはり私の心配した通りだった、彼女は優しすぎる。
私は今日彼女の罪悪感をなくすためにここに来た。
彼女には弟のことも、当家のことも忘れて前を向いて歩いてほしいから。
だから彼女に誠心誠意謝罪して、彼女の罪悪感をなくす努力をした。
謝罪はうまくいった。彼女も当家への罪悪感を捨てようにたと思えた。
だが予想外のことが起きた。
エミリー嬢が、学園を卒業後当家の領地で働きたいと言い出した。
何でもこの国で学んだお菓子作りの技術や、刺繍の技術を、災害の傷が癒えない当家の領地に伝えて、復興のお手伝いをしたいそうだ。
私は彼女の考えてることがよくわからなくなった。
被害者である彼女が、加害者である私たちに、償いをしたいというのか?
加害者が被害者に償いをしたいというのはわかるが、その逆は聞いたことがない。
当家の領地にはグロス子爵家のことをよく思っていない人間がいると告げても、彼女は断固として主張を曲げなかった
子爵家のことをよく思ってない領民がいるというのは嘘だ。
グロス子爵家がどれほど当家の復興に支援してくださったか、私は何度も何度も領民に言い聞かせている。
子爵家には足を向けて寝られないと、民の大半がそう思っている。
だから当家の領地には子爵家に感謝するものはいても、 仇なす者など一人もいない。
エミリー嬢が当家の領地に来たら、領民から大歓迎されることだろう。
それは困る。
エミリー嬢には自分の道を生きてほしい。
加害者や加害者の治める領地のことなど考えてほしくない。
彼女は宮廷お抱えのパティシエにだってなれるし、隣国で店を出すこともできるし、個展を開くことだってできる。
それだけの能力が彼女にはある。
田舎の領地でくすぶって欲しくない。
そう思った私は、改めて彼女の説得を試みた。
だが説得は失敗に終わった……。
おしとやかに見えて、彼女は芯の強い女性だったようだ。
仕方がない。彼女が飽きるまで彼女の好きにさせよう。
才能豊かな彼女のことだ、そのうち田舎の生活に飽きて、別のことをしたくなるだろうから。
なのに一カ月後、また領地でエミリー 嬢に会えるのが嬉しいと思っている自分がいた。
今日の謝罪が終わったら、彼女とはパーティー会場以外で会うことなどないと思っていたのに。
パーティー会場であっても時候の挨拶を交わす程度の浅い関係になると思っていた。
それは寂しいけど仕方ないことだと。
それがまさか領地に押しかけて来られるとは……思ってもみなかった。
領地の家令に、エミリー嬢を迎え入れる準備を整えるように伝えておこう。
彼女のことを考えると不思議と胸の奥が熱くなり、心臓の鼓動が速まった。
この胸のドキドキの正体が何なのか、今は考えないようにしよう。
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