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22話「フォンジー様へのお願い」




「私も幼いとき、侯爵家の次期当主という立場を重く感じたことがあったんだ」


「フォンジー様が?」 


フォンジー様はいつもひたむきに努力していて、弱音を吐かない方でした。


そんな方でもやはり葛藤はあったのですね。


「弟は天才で器量もよい、私は努力することしかできない凡人。

 そんな環境が嫌で一度逃げ出したくなったことがある」 


彼のご家族はあの事件が起こるまで、才能豊かで見目麗しい次男のリック様ばかり可愛がっていました。


フォンジー様が逃げ出したくなる気持ちもわかります。


フォンジー様があの家で、真っ直ぐに育っただけでも凄いことです。


「そんなとき家族で領地に行くことが決まったんだ。

 領地の景色やそこで暮らす人々の顔を見て思ったんだ。

 私は生涯をかけてこの人たちの笑顔を守るために尽力したい。

 領地の豊かな自然を守り抜き、次の当主にもその思いを受け継がせたいってね」


そんなことがあったのですね。


「エミリー嬢も、頭でだけ考えていないで、一度祖国の屋敷や、子爵家の領地を訪れて見るといいよ。

 そこで何か見えてくるものもあるかもしれない」


私の中で子爵家は、王都にあるタウンハウスと、領地の地図と、領地で何がいくつ収穫できたという数字だけでした。


それしか見ていないのでは、家を継ぐ覚悟など決まるはずがありません。


「子爵家だけでなく色んな所に行って、自分の目で見て、自分の手で触れて、沢山の人々の声を聞いて、そこでしかできない体験をしてみるといいよ。

 この国の刺繍職人の暮らしとか、市場では刺繍やお菓子がいくらで売られているのとか、今日のようにカフェに君の手作りのお菓子を出してお客の反応を見るのもいい」


隣国に来て、見聞を広めるつもりでいましたが、私は家と学校しか知らない子供だったのですね。


どちらか一方の道を選ぶことが怖かったのです。


子爵家を継ぐ覚悟も、職人として生きていく覚悟もできていなかったのです。


だから、どちらかに決めようとすると、もう一つの可能性が浮上し、何も決められずにいました。


「ありがとうございます。今日フォンジー様にお会いできて良かったです」


「私でいいならいつでも相談に乗るよ」


はにかむフォンジー様が可愛らしく思えました。


「一度祖国の地を踏んで見るのも良いと思うんだ。

 王都もあの頃とは違うよ。

 君は弟の起こした騒動のあとすぐにこの国に留学した。

 あの頃は社交界も民衆もあの事件の噂話ばかりしていた。

 だが今ではあの頃の話をする人も少ない」


「はい」


人々の好奇の視線に晒されるのが嫌で、隣国への留学を決めました。


もちろんそれが留学を決めた全ての理由ではありません。


だから祖国にあまり良いイメージを持っていないのも事実です。


今、帰国しなかったらこのままズルズルと帰国を伸ばして、一生祖国の地を踏めなくなりそうです。




◇◇◇◇◇


「フォンジー様、一つお願いがあるんですが、聞いていただけますか?」


「他ならぬエミリー嬢のお願いだからね。

 私にできることなら何でもするよ」


「フォンジー様は近々領地に帰るご予定はございますか?」


「来月帰る予定だけど?」


「来月なら私も卒業してますし、丁度いいですね」


「なんの話かな?」


「私、フォンジー様の治めるザロモン侯爵家の領地を見てみたいです」


「えっと……? 

 理由を聞いてもいいかな?」


「フォンジー様が『子爵家だけでなく色んな所に行って、自分の目で見て、自分の手で触れて、沢山の人々の声を聞いて、そこでしかできない体験をしてみるといいよ』っておっしゃいました!」


「言ったけど、何で家の領地なのかな? 

 子爵家の領地を見たほうが……」


「もちろん当家の領地も見て回ります!

 でもその前にザロモン侯爵家の領地を見たいのです!」


「だから何で家の領地なの?

 言いづらいけど……君とリックが婚約破棄したことで、君に良くない感情を持ってる民も少しだけどいるんだよ?

 もちろん彼らには私からどれだけ当家が子爵家に恩があるか、これからも根気よく伝えていくつもりだけどね。

 それでも来るの?」


「私とリック様の婚約破棄で、侯爵領の民は損害を被りました。

 そのような感情を持つ人がいるのは当然だと思います。

 だからこそ行きたいんです!」


「だからどうして?」


「私がこの国で学んだお菓子作りや、刺繍の技術を侯爵領の民に伝え、復興のお手伝いをしたいんです!」


「うん、気持ちは嬉しいけど、それは自分の領地でしたほうが……」


「もう決めました!」


「さっき君は迷ってるって言わなかった?」


「フォンジー様とお話して覚悟が決まりました!

 私、侯爵領にお店を出して、皆にこの国で学んだ技術を伝えます!

 それが私のしたいことです!」


「子爵家は……?」


「妹に継がせます!!」


「ええ……急すぎない?」


「フォンジー様は先ほど『他ならぬエミリー嬢のお願いだからね。私にできることなら何でもするよ』とおっしゃいました!」


「言ったけどね、まさかこんなお願いだとは思わないじゃないか」


「私がフォンジー様の領地で復興のお手伝いをしていたら、当家との婚約破棄のことで、侯爵家を責めていた人たちも、もう侯爵家を責められなくなると思うんです! 

 侯爵家にとって明らかにプラスです!」


「そうだけど、君はいいの?

 君にはこの国で人気のパティシエになる道も、王宮お抱えの刺繍職人になる道も、子爵家を継ぐ道もあるんだよ?」


「もう決めたことですから!」


「覚悟は固そうだね……」


フォンジー様は私の熱意に折れて、私の要求を聞き入れてくれました。






そんなわけで、私は卒業後ザロモン侯爵領に行くことになりました。


実家にその事を使える手紙を書かなくては!


これから忙しくなりそうです!




読んで下さりありがとうございます。

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