21話「お茶会はまだ続く」
そのあと私達はまだお茶会を続けています。
フォンジー様に苺のショートケーキ以外のお菓子も、食べてほしかったのです。
アップルパイも、クッキーも、カヌレも自信作なのです。
フォンジー様はどれも、「美味しいよ。腕を上げたね」と言って食べてくれました。
早起きして作った甲斐がありました。
「ちなみにデルミーラとの婚約破棄のことなら気にしなくていいよ。
彼女は私が領地に行ってる間、仮面舞踏会に参加して浮気をしていた。
その事実が判明し、当家からアブト伯爵家に慰謝料を請求したから。
彼女は私と別れたあと、私に暴力を振るわれたと嘘もついていた。
今は彼女と婚約破棄出来て、良かったと思ってるよ」
「まぁ、そんなことが」
あの方ならやりかねません。
あの方は子供の頃からとても意地悪な方でしたから。
私の作ったクッキーを踏み潰したり、嘘のお茶会の時間を教えて遅刻させたり、へんてこなお辞儀を教えて恥をかかせたり、大事なお客様の来る日に納屋に閉じ込めたり……彼女にされた嫌な記憶が蘇ってきました。
ですが私以外の人には優しかったので、どちらが彼女の本性なのかわからず、周りに言えずにいました。
どうやら意地悪なのが彼女の本性で、皆の前では猫を被っていたようです。
「エミリー嬢にはもう一つ謝らなければ行けないことがあるんだ」
「何でしょうか?」
「リックの部屋で彼が幼い頃につけていた日記を見つけた。
そこにはリックがなぜ、君に冷たく接するようになったのかが書かれていた」
リック様と出会ったときの記憶が蘇りました。
お互い初対面の印象は悪くなかったと思います。
お父様の後ろに隠れて、少し恥ずかしげに挨拶をするリック様に私は好感を抱きました。
リック様も私の手作りのお菓子を喜んで受け取ってくれました。
お互い初対面の印象は良かったはず。
最初は一緒に本を読んだり、鬼ごっこしたり、楽しく遊んでいたはずです。
いつからでしょう、リック様が私を邪険に扱うようになったのは?
「リックの誕生日に、君が魔導書を贈ったことがあったね」
「はい。私がリック様にプレゼントしたのは、お父様が異国から取り寄せた珍しい魔導書でした」
リック様もその魔導書をとても喜んでくださいました。
「リックの日記によると、誕生日の翌日にデルミーラが彼にこんな事を言ったらしいんだ。
『子爵家はあなたを金で買った』と」
「まあ、そんなことが……」
そういえばその頃からでした。
リック様が私に冷たくなったのは。
「リックはデルミーラによく懐いていた。
世間知らずの彼は、彼女の言葉を素直に信じてしまったのだろう。
弟が本当に申し訳なかった」
「いえいえ、過ぎたことですから」
リック様はデルミーラ様に洗脳されていたのですね。
あの方ならそのぐらいのことやりかねませんね。
「これはリックの日記を読んだ私の推測なのだが、デルミーラは君にも嫌がらせをしていたんじゃないだろうか?
間違った時間や場所を教えられたり、へんてこなおじきを教えられたりしなかったかい?」
「はい、何度か」
「やっぱり、本当に済まなかった。
君が約束の時間に遅れてきたり、変なお辞儀をしたのはそのせいなんだね。
几帳面な淑女の君が、約束の時間を忘れたり、お客様の前で変なお辞儀をするなんておかしいと思ったんだ」
「他には何かされなかったかい?」
「目の前で手作りのお菓子を踏みにじられたり、納屋に閉じ込められたりしました」
「そんなことまで?
本当にごめん。
私がもっと早く彼女の本性を見抜いていれば、こんなことにはならなかったのに、本当にすまなかった。
重ね重ね申し訳ない」
「頭を上げてください。
お互いに謝罪はやめようと言ったばかりではありませんか。
私にも至らないところはありました。
お気になさらないでください」
デルミーラ様は私以外の人には、笑顔で品のある淑女として振る舞っていました。
おそらく彼女は、生まれつき嘘や誤魔化しが得意なのでしょう。
そんな人の本性を見抜くのは至難の技です。
嘘や誤魔化しが得意なのは、魑魅魍魎が跋扈すると言われる貴族社会で生き抜く上では、むしろプラスだったかもしれません。
私は嫌いなタイプですが。
彼女の場合、自分本位の嘘をつきすぎて破滅したようですが。
やはり嘘や誤魔化しは良くないですね。
「だからそんなに謝らないでください」
「ありがとう。
彼女との婚約が破棄されて、実はホッとしているんだ。
あのまま彼女の本性を知らないで結婚していたらと思うと……考えただけで恐ろしいからね」
優しく誠実なフォンジー様に、デルミーラ様は不釣り合いでした。
私とリック様の婚約破棄の余波で、デルミーラ様とフォンジー様の婚約が破棄されたのは、結果だけ見れば良いことだったのかもしれません。
◇◇◇◇◇
「フォンジー様はしばらくこの国に滞在されるのですか?」
「いや、明日帰国する予定だよ。
色々とやらなくては行けない事が多くてね」
「そうですか」
もう帰ってしまわれるのですね。
フォンジー様との別れをさみしく思うのはなぜでしょう?
「君は卒業後もこの国に残るの?
風の噂に聞いたよ。
君の作った刺繍やお菓子が評価され、数々のコンテストで賞を取ってるって。
大手のホテルが君をパティシエとして採用するために取り合いをしてるとか、どこぞの貴族がお抱えのパティシエにしようとしてるとか……」
「それは大げさです。
いくつか大会に出て、たまたま運良く賞が取れただけです」
確かにカロリーナ様に私専属のパティシエになってとか、それが駄目なら家が経営するホテルで働いて……とかお誘いを受けてますが、取り合いなんてされてません。
「謙遜しなくてもいいよ。
君の腕ならどこででもやっていけるだろう。
お菓子の装飾はとても綺麗だったし、味も素敵だった。
君の手作りのお菓子は、王宮のパーティーに並んでいるお菓子よりも、おしゃれで洗練されていたよ」
フォンジー様、褒めすぎです!
顔に熱が集まってしまいます!!
「実はついさっきまで迷っていました。
妹も八歳になります。
彼女に子爵家の跡目を譲るのなら、そろそろ跡継ぎのための教育や、婿養子に来てくれる殿方を探さなくてはいけません。
この国に残って刺繍やお菓子作りの勉強を続けるべきか、祖国に帰って子爵家を継ぐべきか、それとも別の道があるのか……。
私が決断に迷っている時間が長ければ長いほど、妹の負担を増やしてしまいます」
あまり迷っている時間が長いと、婿養子に来てくれる次男三男の殿方で、妹に年が近くて優秀な方が売り切れてしまいます。
年の離れすぎた方や、訳ありな方が婚約者では、妹が可愛そうです。
こんなことまでお話するつもりはなかったのに、フォンジー様が話しやすいから、つい言葉にしてしまい。
「焦らなくても大丈夫だよ」
フォンジー様がそっと頭を撫でてくださいました。
「君には才能がある。
才能を活かす仕事につきたいと思ってる。
だけどそれと同じくらい子爵家のことも大切に思ってるんだよね?」
「はい」
フォンジー様の言葉は魔法のように、私の胸に染み込んでいきます。