20話「やるべきことが見えてきました」
「あのそれでフォンジー様に伝えたかったことと言うのは……」
ほわほわした空気を壊したくないのですが、彼も侯爵家のお仕事が忙しいのに、隣国までこうして会いに来てくれたのです。
ちゃんと伝えなくては!
「人づてに聞きました。
フォンジー様がデルミーラ様に婚約を破棄されたと……。
申し訳ありませんでした!」
「確かにデルミーラとの婚約は破棄したけど、なぜ君が謝るの?」
「私がリック様との婚約破棄の理由を公にしなければ、こんなことにはならなかったからです!
私が婚約破棄の理由を公にしたから、侯爵家は不利な立場に立たされて、それでフォンジー様も婚約を破棄されてしまったんですよね?」
あの時は、リック様に馬鹿にされてカッとなって、頭に血が上っていました。
リック様が断罪されれば、ご家族や領地の民に被害が及ぶことは明らかなのに……そのことまで考えられませんでした。
被害者である私にも世間の風当たりは冷たかった。
加害者の家族であるフォンジー様は、どのような目に合わされたか……。
隣国に留学という形で逃げた私と違って、侯爵家の跡継ぎであるフォンジー様には逃げる場所すらなかった。
「弟は君に非礼を働いた、婚約破棄されて当然だよ。
しかも弟は法を犯していた。
彼は婚約破棄され、断罪されても仕方なかったんだよ。
弟の罪を明らかにしなければ、グロス子爵家が窮地に立たされただろう。
君の判断は間違っていないよ」
そうおっしゃったフォンジー様はお辛そうでした。
フォンジー様は弟のリック様を可愛がっていらしたから……。
「リックの教育を間違えたのは当家だ。
君は何も悪くない。
だからリックが裁かれたのも、当家が世間から責められるのも、仕方がないことなんだよ」
「ですがフォンジー様自身は誠実で真面目な方です!
弟のリック様のことで婚約を破棄されたり、世間から除け者にされるのは違うと思います!」
そう……国を離れてからフォンジー様のことが、ずっと気がかりでした。
でも今までずっと向き合う勇気がなかった。
リック様が進級パーティーで婚約破棄騒動を起こしたとき、冷たい批判の言葉を投げつけてきたあの国に戻るのは怖かったから。
「私は弱いから……祖国から逃げてしまいました。
でもフォンジー様は批判や誹謗中傷が渦巻くあの国でずっと……お一人で耐えて……」
フォンジー様は、ご家族や領民を守りながらたった一人で戦っていらした。
私はその間、隣国で楽しくお菓子を作ったり、刺繍をしたりしていた。
ずっと罪悪感から目を逸らしてきた。
知らない間に私の瞳から涙が溢れていました。
「泣かないでエミリー嬢」
フォンジー様は懐からハンカチを取り出すと、私の涙を拭ってくれました。
「君は優しい。
優しすぎるよ。
被害者の君が、加害者である私や私の家族のことで心を痛める必要はないんだよ」
「でも……」
「隣国まで謝罪に来て、謝罪する相手から、逆に謝罪されるとは思ってもみなかったよ」
「えっ……?」
彼の顔を見ると、彼はとても悲しげな表情をしていました。
フォンジー様はおもむろに椅子から立ち上がり、床に片膝をつきました。
家臣が主にする忠誠を示すポーズです。
「フォンジー様?」
突然の事で何が起こったのか、私は理解できずにいました。
「ずっと君に謝罪したかった。
でもタイミングが見つけられなかった。
君に会ったら敬語で話し、すぐに土下座をして謝罪する覚悟でいた。
だけど思いがけない出来事に遭遇し、機会を逃してしまった」
フォンジー様がこのお店に来た時、私はラインハルト様を投げ飛ばしていました。
呆気に取られたフォンジー様は、謝罪するタイミングを逃してしまったようです。
「エミリー嬢。
弟が君にしたことはとても許されることではない。
申し訳なかったと心から思っている。
罵倒でもなんでも受け入れる覚悟でいる。
煮るなり焼くなり好きにしてほしい」
フォンジー様にこんな風に、真摯に謝罪されてしまうと対応に困ってしまいます。
「顔を上げてくださいフォンジー様。
リック様は罰を受けました。
ご家族や侯爵領の民は、彼の犯した罪の余波で二年間苦しみました。
私があなたの何を責められるというのでしょう」
私はもう、リック様を責めるを気はありません。
そのご家族ならなおのとこです。
「エミリー嬢、謝罪されるのって居心地が悪いものだね」
「本当に……」
私たちはお互いに謝ってばかりです。
「ずっと考えていた。
君に謝るタイミングを。
君は優しい人だから、私に謝られたら、きっと許そうとする。
でも相手を許せなかったら、相手を許せなかった自分を責めてしまう。
君にそんな思いはさせたくなかった」
きっとフォンジー様の言う通りだと思います。
二年前にフォンジー様に謝罪されていたら、きっと彼を許せなくて、相手を許せない狭量な自分を責めて苦しんでいたと思います。
「フォンジー様は優しすぎます」
「君もね」
「では、今日で謝るのはやめにしましょう」
「いいのかな?
それで君は苦しくない?」
「はい。
フォンジー様とお話してスッキリしました」
「それはよかった」
私がやるべきことが見えました。
私がやることは、この国にお菓子と刺繍の店を出すことではないはず。
もっと別のこと。
「エミリー嬢。
君は寛大で優しい人だね」
「それはあなたもですわ。
フォンジー様」
二年間、喉に小骨が刺さったような違和感がありました。
それがいま、スッと消えた気がします。
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