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18話「アクシデントは食いしん坊と共に」



そのとき、カランカランとドアに取り付けた鈴が音を鳴らしました。


「お待ちしておりましたわ。フォン……いえザロモン侯爵……えっ? あらあなたは?」


そこにいたのは、今日の待ち合わせの相手ではありませんでした。


「ラインハルト様、なぜここに?」


なぜクラスメイトのラインハルト様がここにいるのでしょう?


「ブルーノ公爵令嬢とメルツ辺境伯令嬢に君の居場所を聞いたらここを教えてくれた。

 二人は『修羅場よ! 三角関係よ! 障害があったほうが恋は燃えるのよ! 急展開よ!』 と意味不明な事を言っていた」


本当に意味がわかりません。カロリーナ様もマダリン様も何を考えているのでしょう?


「ここで誰かと待ち合わせしていると聞いたが?」


「はい、昔の知り合いと会うことになっています」


「昔の知り合いに会うだけなのに、そんなにめかし込んでいるのか?」


彼は私の髪型や服装を眺め、つまらなそうな顔をしました。


「これはカロリーナ様に無理やり……私はここまでおしゃれする気は……」


頭に桃色のリボンをつけ、同色の今流行りのデザインのドレスを着ていたら、デートだと誤解されても仕方ありません。


私はもう少し、落ち着いた色合いのドレスが良かったのですが、ほぼ強引にこれを着ることに決められてしまいました。


「なぜお店まで貸し切りにした?

 店員もいないこの店で、男と二人きりで合うつもりか?」


ラインハルト様は険しい顔で店内を見渡し、誰も居ないことに気づいたようです。


「お店を決めたのはマダリン様です。まさか店員さんまでいないとは私も思いませんでした」


本当にお店に着くまで、店員さんがいないとは思ってもみなかったのです。


「このお菓子は君の手作りか?」


ラインハルト様がケーキスタンドに並んだお菓子を指さしました。


「はい、そうですが。それが何か?」


お菓子作りは得意ですし、いつも作っているので、人様に食べさせても問題ないと思うんですが。


「アップルパイ、クッキー、マフィン、マドレーヌ、マカロン、カヌレ、苺のショートケーキまである!

 これを作るのにどれだけの時間がかかったんだ!

 俺だってこんなにたくさん君の手作りのお菓子を食べたことないのに!」


ラインハルト様は何故か悔しそうにしています。


彼に手作りのお菓子をあげたことあったかしら?


そういえば、授業で作りすぎたクッキーやタルトを、お友達と一緒に男子生徒に配ったことがありました。


女子はダイエットを気にして、貰ってくれないことが多いのですが、男子は喜んで食べてくれるので、作りすぎたお菓子を処分するのに、ちょうど良かったのです。


「しかもティーカップは花柄じゃないか!」


「はい、ここに来たらそれが用意されていましたので使うことにしました」


お店の中をひっかき回して、別のティーカップを用意するのも悪いですし、今から新しいティーカップを買いに行くのは時間がかかります。


だから用意されているものを使うことにしました。


「手作りのお菓子を作って、花柄のティーカップを用意して?

 エミリーが作った刺繍を額に入れて飾って……君はどれだけ相手の男の事を……!」


ラインハルト様はなぜかどんどん不機嫌になっていきます。


彼が目にうっすら涙を浮かべているのが見えます。気のせいですよね?


彼が一歩、また一歩と近づいてきます。


その度に後ろに下がっていたら、壁に背中をぶつけてしまいました。


徐々に隙間を詰めてくるラインハルト様を、私は少し怖いと感じました。


彼が私の肩を掴んだとき、思わず「きゃっ」と小さく悲鳴を上げてしまいました。


「どうして……君は俺の思いを知ってるのに、俺にはこんなにつれないのに……」


ラインハルト様が何かぶつぶつと言っています。


「君が一緒に店を出そうという、俺の申し出を断ってるのはそいつのためなのか?」


「えっ……と」


ラインハルト様と一緒に店を出すことに、今日あの方と会うことに、どんな関わりがあると言うのでしょうか?


「君の作った刺繍やお菓子は数々の賞を取っている!

 俺がプロデュースすれば絶対に売れるよ!

 お店を出す資金は俺の実家に出させる!

 だからエミリー!

 俺と一緒に店を出そう!」


ラインハルト様の表情は真剣そのものでした。


ラインハルト様にこの話をされるのは何度目でしょう?


その都度丁寧にお断りしていたはずですが、伝わっていなかったようです。


「あなたと……といいますか、この国にお店を出そうかどうか迷っているのは、実家の問題があるからです。

 あなたとも今から会う方とも関係ありません」


私はグロス子爵家の長女。


本来なら婿を取って家を継ぐべき存在。


両親には二年待って欲しいと言って家を出てきました。


二年間必死に努力した結果、私の作った刺繍やお菓子は、徐々に評価されるようになりました。


いくつかの賞も取りました。

 

出資するからお店を出そうというお話も頂いています。


でも……私は答えを出せずにいます。


「それにお店を出すなら、小さくてもいいから自分の力で出したいのです」


ラインハルト様と結婚する訳でもないのに、彼のご実家の財力には頼れません。


自分のお店を出すなら、どこかのお店で何年か修行して技術を磨き、その間にお金を貯め、それからお店を出したいのです。


「嘘だ!

 君はそいつのことが好きなんだ!

 今から会うそいつと結婚する気なんだろ?

 だから俺の話を断っているんだ!」


「違います!」


けっ、結婚って……! なんでそんな突拍子もない話が出て来るんですか?


この方の思考回路はよくわかりません。


「君がその気なら、俺にだって考えがある……!」


ラインハルト様の目が野生の獣のようにギラリと光りました。


誰もいない店内にラインハルト様と二人きり……!


もしかして私、今ピンチなのでは?!


ここは大通りに面したお店。


大声で助けを呼べば、外の人が気づいてくれるかもしれません!


私が大きな声を出そうとしたとき……。


ラインハルト様の手が、私の肩から離れました。


「そいつとのデートをめちゃくちゃにしてやる!

 君がそいつの為に用意したお菓子を俺が全部食ってやる……!!」


ラインハルト様の怒りの矛先がケーキスタンドに乗ったお菓子に向かいました。


ラインハルト様から解放されホッとしました。


えっ? でも待ってください?


ラインハルト様は今、お菓子を全部食べるとおっしゃいました?


駄目です! 


そのお菓子はあの方の為に用意したもの……!


「止めてください!

 それは大切な方の為に用意したものです!

 勝手に触れないでください!」




読んで下さりありがとうございます。

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