14話「そのときはこれが正しい行為だと信じていた」リック視点
僕たちはミアに魅了の魔法をかけられ、進級パーティーでおかしな行動をしたということで解決した。
それによりアルド殿下とべナットと僕の三人は、幽閉を解かれ一カ月の停学処分と、自宅謹慎処分のみで済んだ。
僕は自宅に帰ってからもミアの事が気になって仕方なくて、進級パーティーのあとミアがどうなったのか調べた。
僕たちに魅了の魔法をかけたことにされたミアは、兵士に捕らえられ、牢屋に入れられたらしい。
ミアの実家のナウマン男爵家は、娘のしでかした不始末の責任を取らされ取り潰しとなっていた。
ナウマン男爵家の財産は全て、ブルーノ公爵家とメルツ辺境伯家とクロス子爵家の慰謝料に当てられた。
男爵家の財産を全て処分してもお金が足りず、ミアは娼館に売られることになった。
ミアは残りの一生を娼館で過ごし、そこで働いたお金は全て慰謝料に当てられるらしい。
そのことを知った僕は、いても立ってもいられなくてミアの元に向かった。
看守に賄賂を渡し、ミアのいる牢屋の中に入れてもらった。
ミアは酷くやつれていて、ボロボロの服を纏っていた。
初めて図書室で会ったときのキラキラしたミアはそこにはいない。
ミアが僕たちのせいでこんな目に遭っているなんて……!
「助けてリック!
あたしこのままじゃ娼館に売られちゃう!
あたし魅了魔法なんて使っていないのに……!」
「わかっている!
ミアはそんな魔法を使えないことは僕が一番理解している!」
「アルドとべナットに伝手を使って手紙を渡したの!
でもあの二人からは全然返信が来なくて……!」
あいつらは僕よりも激しくミアとイチャイチャしていたくせに!
あっさりとミアを見捨てるなんて……!
酷い奴らだ!
「大丈夫、僕がミアを助けるよ!
残りの慰謝料の額を教えて、僕が払うから!」
「五千万ゴールドよ!」
五千万ゴールドか……予想していたより遥かに金額が大きい。
僕は次男だから、受け継ぐ財産が少ない。
魔術師団に所属していればローンも組めるが、学生の身分ではそれも難しい。
「お願い、リック!
あなたしか頼れる人がいないの!
何とかして!」
ミアは泣きながら僕にすがりついてきた。
ミアに泣いて頼まれたら断れない。
「わかったよ。どんな手を使っても僕がなんとかする。
その代わりミアには僕の愛人になってほしいんだ」
「愛人……?」
「本当はミアを正妻にしたいけど、僕は次男だから家を継げない。
お金を得る為には婚約者のエミリーと結婚するしかない。
爵位は低いが、クロス子爵家はお金持ちだから五千万ゴールドぐらい簡単に用意できるはずだ。
僕は子爵家に婿養子に入るから、エミリーとも子作りしなくちゃいけないけど、跡継ぎが生まれたら彼女とは口も聞かないつもりだ。
子爵家に別邸を建てて、君と君の家族を住まわせるよ」
「素敵な計画ね」
「君以外と子作りすることになるけど許してくれる?」
「もちろんよ!
だってそれはあたしと、あたしの家族を助ける為でしょう?
助けてくれたお礼に……あたしの初めてをリックに上げるわ!」
僕は今までミアとキスしかしてない。
殿下やべナットともミアとは、キスまでの関係だと言ってた。
ミアの初めては僕が貰うんだ。
僕はあの二人に勝ったんだ!
その時の僕はそんな浮かれたことを考えていた。
それがどれだけ愚かな考えか気づきもせずに。
◇◇◇◇◇
そのあと僕はクロス子爵家に先触れを送り、エミリーと会う約束を取り付けた。
クロス子爵家を訪れると、ガーデンテラスに案内された。
このときの僕の中でのエミリーの評価は、幼い頃からの婚約者で、金で僕を買った守銭奴で、僕の贈ったプレゼントを捨てるクズで、学園でミアをいじめていた悪女で、権力を使って己の罪をねじ伏せる悪い貴族で、ミアの実家のナウマン男爵家に難癖をつけて慰謝料を請求している極悪人だった。
だからエミリーと会ったとき、彼女を傷つける酷い言葉を平気で吐くことができた。
「ミアの実家のナウマン男爵家が取り潰され、ミアは娼館に売られることになった。
僕はミアを身請けし、ミアの家族の面倒を見たいと思っている。
僕は侯爵令息とはいえ、次男だから受け継ぐ財産が少ない。
とてもではないが僕一人ではミアを身請けし、ミアの家族を養っていくことはできない。
だからお前でいいから結婚してやる。
俺の容姿と魔力と優秀な頭脳を、グロス子爵家では喉から手が出るほど欲しがっていただろう?
地味で取り柄のないお前と結婚してやるから、ミアとその家族を養うことを許可しろと言っているんだ。
グロス子爵家の人間は、金で人を買うのは得意だろ?
六年前だって金の力で優秀な僕を、お前みたいな平凡でなんの取り柄もないつまらない女の婚約者にしたのだからな。
僕とミアとミアの家族が暮らすために、グロス子爵家の敷地内に別邸を建ててくれ。
僕に愛されるなんて期待するな。
僕が生涯愛するのはミアだけだ。
だが婿養子の務めは果たしてやる。
跡継ぎを残すために、嫌だがお前も抱いてやる。
上手く行けば、僕に似た金髪碧眼で容姿端麗で強い魔力を持った優秀な子が生まれるかもな。
お前の遺伝子が強く出て『ハズレ』だったときは言ってくれ、三人までなら子供を作ることに協力してやる。
手始めに五千万ゴールド出してくれ、その金でミアを身請けしたい」
……と。
僕の話を聞いたエミリーは当然怒った。
「馬鹿にしないで下さい!」
エミリーは椅子から立ち上がり、僕のことを睨みつけた。
「今までの非礼を謝罪に来たのかと思えば一言の謝罪もない!
その上愛人を囲いたいから金を出せですって!?
最低ですね!
あなたとの婚約を破棄します!
顔も見たくありません!
今すぐこの屋敷から出ていって下さい!」
エミリーは冷徹にそう言い放ち、僕の提案を断った。
「おい、いいのか僕との婚約を破棄して?
世間は魅了の魔法をかけられた僕たちに同情的だぞ?
お前はブルーノ公爵令嬢やメルツ辺境伯令嬢と違い、美人でもないし、スタイルも良くないし、頭も良くないし、語学やダンスや乗馬が得意な訳でもない。
そんなお前が僕との婚約を破棄したらどうなると思う?
世間からバッシングを受けて、誰からも縁談が来なくなるぞ?
確実に行き遅れて、社交界で馬鹿にされるぞ?
それでもいいのか?」
僕がそう伝えるとエミリーは、
「あなたと結婚するくらいなら、一生独り身で過ごした方がましです!」
と吐き捨てるように言った。
僕はその言葉にカッとなって椅子から立ち上がっていた。
エミリーを殴ろうとしたとき、子爵と兵士が茂みから出てきた。
僕は兵士に取り押さえられ、腕を後ろにひねりあげられた。
そして魔力封じの手錠をかけられ、連行された。
これではもう魔法が使えない。
◇
僕を捕まえたのは、ブルーノ公爵家とメルツ辺境伯家とクロス子爵家の手のものだった。
彼らは僕とアルド殿下とべナットが、ミアの魅了魔法にかかったという話を胡散臭く思っていて、ひっそりと僕たちに見張りを付け、僕たちの言動を探っていたのだ。
クロス子爵に捕らえられた僕は、取り調べと言う名の拷問を受けた。
このとき僕は初めて真実を聞かされた。
ミアがブルーノ公爵令嬢とメルツ辺境伯令嬢とエミリーに虐められていたという話は、僕たちの同情を誘うための嘘だったこと。
ミアが言っていた「キスが庶民の間の友情の表現だ」という話も嘘だったということ。
ミアは学園に玉の輿狙いでやってきたこと。
ミアの色仕掛けに引っかかったのが、僕とアルド殿下とべナットと三人だったこと。
アルド殿下とべナットは、とっくにミアと肉体関係を持っていたこと。
などなど……知りたくなかったことを事細かに説明された。。
アルド殿下とべナットは、僕に「ミアとはキスまでの関係だ」って言ってたのに……。ミアだって「あたしの初めてをあなたにあげる」って言ってたのに……。
僕の知らなかっただけで、彼女はとっくに処女を失っていた。
ミアを処女だと信じていたのは僕だけだったようだ。
僕はミアだけでなく、友人だと思っていた二人にも裏切られていたんだな……。
それでも僕は「魅了魔法をかけられておかしくなっていた振りをするように」と言い出したのが側妃様だと話すつもりはなかった。
友達とその家族を売るみたいで嫌だったから。
でも拷問がつらすぎて、結局話してしまった。
洗いざらい暴露した僕は、拷問から解放され牢屋に入れられた。
牢屋で抜け殻のように座り込んでいる僕に、看守が外の様子を教えてくれた。
◇
看守の話によると、アルド殿下は進級パーティでブルーノ公爵令嬢に冤罪をかけ罵倒し、王命による婚約を勝手に破棄しようとし、進級パーティを台無しにしたことなどの罪に問われ、王位継承権を剥奪され、王族から除籍され北の塔に幽閉されたことになったらしい。
北の塔は罪を犯した元王族が死ぬまで幽閉される場所だ。
塔に幽閉されたアルド殿下はあと何年生きられるのだろう?
側妃様はアルド様の罪を軽くするために、僕らが魅了魔法にかかったことにし、国王を騙した罪と、アルド様に同情が集まるように民衆を誘導した罪に問われ、側妃の身分を剥奪され北の塔に幽閉されたらしい。
側妃様のご実家のオットー伯爵家は、側妃様の計画に加担したとして、二階級降格され男爵家となったようだ。
べナットは実家のリンデマン伯爵家から除籍され、二度と剣を持てないように右手の骨を折られ、郊外の森に捨てられたみたいだ。
僕は実家のザロモン侯爵家から除籍されたらしい。
兄のフォンジーは、義姉上に「ザロモン侯爵家では子供にどういう教育をしているの? 最低ね」と言われ婚約を破棄されたようだ。
僕がエミリーに「愛人を囲うから金を出せ。愛人と暮らすための別邸を建てろ。僕の遺伝子を受け継いだ子供が授かるだけ幸運だろ」と言ったせいで、社交界では兄上まで白い目で見られていると聞いた時は胸が痛んだ。
「お前の悪評は国中に広まった。今後ザロモン侯爵家に嫁入りしたいという貴族は現れないだろう」……と、看守が嘲笑を浮かべながら言った。
側妃様の実家のオットー男爵家と、べナットの実家のリンデマン伯爵家と、僕の実家のザロモン侯爵家は、貴族社会からのけものにされ、苦しい立場に立たされているらしい。
僕がしでかしたことの責任を取り、父は魔術師団長の職を辞したようだ。
リンデマン伯爵もべナットのしたことの責任を取り、騎士団長の職を辞したみたいだ。
二人が職を辞した理由は事件の真相が明かされたあと、団長の言うことを誰も聞かなくなってしまったことによる精神的なショックが大きいらしい。
ミアは婚約者のいる第二王子と貴族令息に近づき婚約破棄の原因を作った罪に問われ、娼館に送られることに決まったらしい。
男爵家はミアの仕出かした責任を取らされ取り潰され、家屋敷を売ったお金は迷惑をかけた家の慰謝料に当てられることになった。
つまりミアと男爵家だけは、側妃様が魅了魔法がどうのと言い出す前と変わらない罰を受けたということだ。
「お前の処分は体に魔法封じの印を刻み、死の荒野に置き去りにすることに決まったそうだ」
看守はそう言って去っていった。
体に魔法封じの印を刻まれたら、二度と魔法が使えない。
ひ弱な魔術師が魔法を封じられたら、死ねと言われたも同然だ。
僕のことはいい、己の愚かさが招いたことだから。
気がかりなのは家族のことだ。
僕が愚かだったせいで家族に多大な迷惑をかけてしまった。
年老いた父や善人を絵に描いたような兄が、酷い目に遭わされていることを想像しただけで……胸が張り裂けそうだ。
僕が愚かな事をしなければ、家族は辛い思いをせずに済んだ。
僕が拷問に耐えていれば、アルド殿下やべナットやその家族を巻き添えにすることはなかった。
だが僕は拷問の苦しみから逃れるために、友達を売ってしまった。
ミアに騙されたとはいえ、婚約者のエミリーにも進級パーティーでひどいことを言ってしまった。
僕は後悔と罪悪感に押しつぶされそうだった……。
◇◇◇◇◇
拷問を受けた傷が治ってきたころ、僕は体に魔法封じの印を刻まれた。
これで僕は二度と魔法が使えない体になった。
そして粗末な荷車に乗せられ王都から連れ出され、死の荒野に置き去りにされた。
死の荒野というだけあって、見渡す限り何もない。
あるのはゴツゴツとした岩と、ところどころに生えている雑草のみ。
樹木は生えてないし、動物の姿は見えない。
僕が今身に纏っているものは粗末な布の服のみ。
靴もない、魔道具もない、水や食べ物もない、頼りの魔法は使えない……僕はここで死を待つしかない。
僕はその場に仰向けに寝転がり、死を待った。
色んな人に迷惑をかけた僕に生きている資格などない。
空が青い……最後に綺麗な空が見えて……良かった。
読んで下さりありがとうございます。
少しでも面白いと思っていただけたら、広告の下にある【☆☆☆☆☆】で評価してもらえると嬉しいです。執筆の励みになります。