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白雪姫の家族  作者: 和泉将樹
十一章 揺れ動く気持ち
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第79話 お花見準備

 翌日の土曜日は、見事に快晴だった。

 天気予報でも、一日晴れ。

 むしろ花粉症に気を付けるべきらしい。


 九時ちょうどに白雪の家の前に着いたら、インターホンを鳴らす前に突然扉が開いた。

 いたのは、春らしい淡い色合いのワンピースを着た白雪だ。


「……見てたのか」

「あ、いえ。ちょうどにいらっしゃるかなぁ、と思って、開けてみたら……私もさすがにびっくりしました」


 そういって、白雪が腕時計を示す。

 白雪にクリスマスに贈った腕時計だ。

 電波時計なので、時間は秒単位で正確なもので、つまり和樹の持つ腕時計と時間は完全に同じである。

 だからといって、こうもぴったり扉が開かれると、さすがに驚くが。


「しかし……和樹さんも荷物、多いですよね……」


 飲み物を入れた大型のクーラーボックスに、大きめのレジャーシートや紙皿などを入れたバッグは、どちらもそれなりのサイズだ。


「うん、まあなんとなかる。お弁当は?」

「こちらですが……」


 一抱えほどもある大きなバッグが二つ。

 さすがにこれを白雪一人で持つのは無理があるだろう。

 ただ、和樹もこれを全部持っていくのは無理がある。

 一度公園まで行って荷物を置いてからというのも考えたが、いくら近いとはいえ十分はかかるので少し面倒くさい。


「白雪、弁当は一つ持てるか?」

「あ、はい。ひとつなら大丈夫です」

「じゃあ、それだけ頼む」

「そちらのバッグも持てると思いますが……」


 白雪がレジャーシートなどが入ったバッグを示す。

 ただ、これは見た目に反して意外に重いのだ。


「いや、大丈夫だ。それじゃ、行くか」

「はい」


 マンションを出て、山を一度下りる。

 そこから幹線道路にかかった橋を越え、もう一度少し登った、小高い丘の様な場所が、目的地の公園だ。

 都会の真ん中と言えるような位置だが、周りより少し高いのもあって車などの騒音もあまり聞こえず、遠くまで見通せるような見晴らしのよさもある。

 そして桜がほぼ満開だった。


「きれい――」


 白雪が嬉しそうに呟く。


「そういえば、京都は花見の名所が多いと聞くが……というか、しろ、というわけではないが帰省しなかったんだな」

「はい。正直本当に生徒会の色々が忙しくて。それに、和樹さんにはもう分かってると思いますが……できるなら帰りたくはない、ので」


 白雪の顔が少しだけ沈む。

 いらん話題を振ってしまったと、少し後悔した。


「すまん。しかし生徒会って、もう任期終わりだよな?」

「実は六月中旬までは続きます。そこである体育祭で引継ぎをしつつというのが、最後の仕事ですね」


 そういえば、去年生徒会が忙しくなったと家庭教師を中断したのが、その時期だった。引継ぎされる側の方が当然大変だろうが、する側もそれなりに大変だろうから、その時期は忙しそうではある。

 そうでなくても、生徒会の仕事だけではなく、学業などもあるのだから、学生は本当に大変だと思う。

 正直に言えば、数カ月おきに定期テストがある状況など、今ではあまり考えられない。高校生の頃はよくやっていたものだと自分でも感心する。


「改めて思うが、学生は本当に大変だな」

「そうですか? 社会人の方がもっと大変そうです。朝から晩まで、ではないですがお仕事ずっとされてて」

「そうなんだがな……」


 時間の使い方の違いではあるのだろう。

 不思議と学生の頃の方が時間は本当に多かったように思う。

 年を取ると変化が少なくなって時が経つのが早くなるとはよく言われるが、確かにそんな気はする。

 実際、社会人になって一年経った四月、学生の時であれば心機一転する感覚はあったのに、そういうのがまるでなく過ぎてしまって戸惑ったものだ。

 これは自営業フリーエンジニアだからかと思ったが、誠に聞いても同じ感想だったので、そういうものなのだろう。

 そう考えると、年を取ったとか思えてきてしまうし、学生である白雪とのギャップも改めて痛感してしまう。


「和樹さん、どうかなさいました?」

「いや、自分が年取ったなぁ、とか実感しただけだ」


 この会話の流れでその返事は無理があるのは分かっていたが、そうとしか言いようがなく、そして予想通り白雪は困惑気味の表情になっている。


「すまん、気にするな。とりあえずいい場所を確保しよう」

「え、えっと……はい、そうですね」


 人が少ないとはいえ、それでもいくつかの場所はすでに確保されているらしい。

 とりあえず歩き回って、良さそうな場所を見つけると、レジャーシートを広げて固定した。

 八人来るので、大きめのシート二枚分である。

 時刻を見ると、九時半。集合時間まで、あと一時間半ほどある。


「とりあえずこれで良しとして……白雪は一度戻ってるか? 場所の確保は一人で十分だが」

「いえ。面倒ですし、ここにいます。先ほどちょっと確認しましたが、お手洗いとかも十分綺麗でしたので」

「そうか。それじゃ、座って待つか」

「はい」


 そういうと二人は靴を脱いでレジャーシートに座る。

 和樹は、場所の確保ができたことを誠や友哉に連絡するためにスマホを操作した。

 どうやら白雪も同じのようで、一瞬メッセージアプリの画面が見える。


「雪奈さん、少し遅れて来るかもだそうです」

「誠たちも……いや、一緒に来るのか?」


 酒を用意しているし、今日はマンションの駐車場の一時利用は申請していないから、車で来ることはないだろう。

 誠たちの家は、誠の実家から――つまり朱里の実家からも――近いらしいので、普通に考えれば一緒に来るはずだ。

 ただ、佳織や俊夫は少し離れていたはずだから、別だろう。


「それじゃあ、のんびり待つとするか」


 そういうと、和樹はレジャーシートの上に横になる。

 芝生の上なので適度に柔らかくて、意外に悪くない。

 そして陽射しは暖かく、ともするとこれは――。


「ふわ……寝てしまいそうだな、これは」

「寝てていいですよ。私が見てますから」

「いや、さすがにそういうわけにはいかないだろ」


 和樹は横になるのを諦めて、身体を起こした。

 実際、白雪一人でいたら、夏の海じゃなくてもナンパする輩がいないとは限らない。というか、多分いる。


「そう、ですか……」


 なぜか白雪は少し残念そうだ。


「白雪?」

「い、いえ。ちょっと和樹さんの寝顔が見てみたいなぁ、とかそん……な、何でもないですっ」


 思いっきり希望というか欲望が垂れ流されていた。

 言った方は顔が真っ赤になっている。

 去年の大晦日はそういう目的でもあったのかと疑いたくなった。

 さすがに、部屋に入られたら気付かないとは思わないが。


 白雪は顔をそらしてスマホの画面を見ているが、耳が真っ赤になってる。

 確かに白雪の寝顔は何回か見ていて、自分は見られていない。別にみられて困るものではないが、気恥ずかしさがあるのは否定できない。


 別に気を張ってるつもりはないが、それでも年下の少女の前で眠ってしまうのは駄目だろう。


「だって和樹さん、私の寝顔は見たことあるのに、見せてくれたことはないんですから」

「いや、そういう問題ではないだろ……」


 そもそも白雪の寝顔を見たのだって、事故みたいなものだ。

 白雪が疲労困憊で転がり込んできた時と、あとは体調を悪くした時。

 どちらも和樹が意図してそうなったわけではない。


「いっそ膝枕とかしたら寝てくれません?」

「っ……そういうことを迂闊に言わない」


 一瞬白雪の膝に視線が向いたのは否めない。

 だが、すぐ視線を逸らす。

 さすがにそれはない。

 というか、万に一つそんな場面を他人に見られでもしたら、シャレにならない。


「別に減るものではないですし、いいですよ? 家族なら普通では」


 なぜか白雪がやたら乗り気だ。


「そういうことは往来でやるもんじゃないだろう」

「往来でなければいいんですか?」


 ダメだと言いたいが理由が思いつかない。

 確かに昔美幸はやたら膝枕を要求してきた記憶があるし、家族なら別に普通なのだろうが――。


 和樹は盛大にため息を吐くと、寝るつもりはないから、と言って、とりあえずこの場は乗り切るのだった。


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