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白雪姫の家族  作者: 和泉将樹
十一章 揺れ動く気持ち
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第77話 カウントダウン

 出来上がったそれを一つ食べてみたところ、思った以上に上手く出来ていたので、白雪は思わず顔をほころばせた。

 白雪からすると少し甘みが足りないという感じではあるが、その分コーヒーの苦みとわずかな酸味がバランスよく感じられて、全体としてはとても美味しい。白雪としては十分満足できる出来だった。


「これなら、和樹さんも喜んでくれますよね」


 今日は二月十三日。

 明日が二月十四日、つまりバレンタインデーだ。

 そして、白雪の十七歳の誕生日でもある。


 去年は和樹が家で食事を用意してくれたが、今年も何かしてくれるのだろうかと、期待はしていたところ、今月の始めに食事に誘われた。

 どこかのレストランを予約してくれているらしい。

 ちなみに、十五日と十六日は学校は休みだ。

 聖華高校の入学試験があるためだ。

 筆記試験と面接試験で二日間、在校生は登校不可となっている。

 ちなみに去年は十二日と十三日だったので土曜日と日曜日に被っていた。

 今年もそうなのかと思ったのだが、偶然だったらしい。そういえば、上級生が悔しがっていた。


 一月ほど前にその周辺の予定を和樹に確認された時に、それももちろん教えているので、それで予定を考えてくれたのだろう。


 出来上がったコーヒー風味の生チョコレートを、箱に入れる。

 自分でも、お店で売ってるくらいにはよくできたと自画自賛したくなるそれに、思わう顔がにやけてしまう。


「やってることは……去年と同じですけど」


 込めた気持ちも――多分同じだろう。

 この一年あまりの自分の記憶をたどると、今更のようではあるが、好意が駄々洩れだったように思う。それでも、和樹は『父親』という役割を引き受けてくれたし、だからこそ今この関係があるのだろう。

 それを今更変えるつもりは、白雪にもない。


 変えたいと願う自分の気持ちは理解している。

 だが同時に、変えてはならないという強い想いもある。

 その板挟みは、もう何度も自分に何が正解かを問いかけ続け――そしてやはり結論は出ない。どちらを選んでも、多分後悔する。


「今更……ですね」


 迷う以上は、これまでの努力を捨てられるほど、白雪は開き直れない。

 両親が安らかに眠るために自分が役立つなら、それでいい。

 多分和樹も、そして雪奈も佳織もこの選択を愚かだというだろうし、そういわれる理由は、白雪にだってわかる。

 そして多分、両親すら望まないだろうということも、わかっている。


 しかしこれは、自分だけの問題ではない。その道を選ぶなら和樹を巻き込むしかないが、そうなれば和樹はきっと白雪の気持ちを優先しようとするだろう。

 だが、そんな選択肢を塞ぐやり方を、白雪は選ぶつもりはない。

 それだけは、白雪にとっては譲れない一線でもあるのだ。


「と、いけないいけない」


 頭を大きく振る。

 沈みかけた気持ちを、無理矢理浮上させた。

 あと一年。逆に言えば、まだあと一年ある。

 その間だけは、まだ白雪にとっては自由になる時間。

 その先のことは、その時に考えることにしたのだ。


「あと、一年――」


 明日で白雪は十七歳になる。

 十八歳までのカウントダウンが、いよいよ始まるのだが――。


 それでもなお、白雪にとっては明日の和樹との約束の方が、何よりも楽しみであった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「姫様ーっ。お誕生日おめでとうっ」

「私からも、おめでとうございます」


 生徒会室にその声が響いたのは、授業が終わった後。

 今日は程々で解散だが、雪奈と佳織にぜひ生徒会室まで来てほしいと言われて、入った瞬間にそう言われた。


 確かに、二人には修学旅行の後に誕生日について聞かれて、お互いに教え合った。

 さすがにバレンタインデー当日というのは驚かれたが。

 ちなみに雪奈の誕生日は四月二日、佳織は九月二十日。

 どちらも今年はとっくに過ぎてしまっていた。

 ついでに聞いたが、俊夫の誕生日は九月十九日らしい。

 それを聞いた瞬間、雪奈が「誕生日までほとんど同じなんだね」と言って揶揄からかっていたが。

 だから、よく二人は誕生会すら一緒にされていたようだ。


 そんなわけで、翌日休みなこともあって、誕生会やりませんかと二人が言ってきてくれたが、その時すでに和樹から当日の話をされていたので、予定があると言って断っている。

 なので、その翌々日に会うことになっている――佳織が十五日は都合が悪かったらしい――が、おそらく二人がここに呼び出したのは、当日にお祝いだけは言いたいというのがあったのだろう。

 教室でやると他のクラスメイト――特に男子――にも誕生日を知られてしまうのを、配慮してくれたようだ。


「はい、というわけでプレゼントはまた明後日で、今日はバレンタインデーだからチョコというか、だけど」


 雪奈が渡してくれたのは、きれいにラッピングされたチョコ。

 結構有名なチョコレートブランドだ。


「ありがとうございます、雪奈さん」

「ホントは手作り挑戦したかったんだけどねぇ。お姉ちゃんが今忙しくて、一緒にやれなかったから」

「朱里さん、お忙しいのですか?」

「うん。なんかこのところ忙しくて、いちゃいちゃできないーってこないだ電話で嘆いていた」

「な、なんかわからないですが、大変そうですね」


 朱里の仕事が経理関係なのは聞いている。

 具体的にどういう仕事なのかはよくわからないが、大変そうなのは伝わってきた。


「はい、私からもチョコレートですが」

「ありがとうございます、佳織さん。これ、手作りですか?」

「はい。今年は姫様にあげるのは手作りしたくて。はい、雪奈ちゃんにも」


 可愛い袋に入っているのは、チョコクッキーだ。

 袋の口を開くと、甘い香りがふわりと溢れてくる。

 とても美味しそうだったので、思わず一枚かじると、カカオの苦みとクッキーの甘さが、絶妙なバランスで広がっていく。


「とても美味しいです。ありがとうございます」


 それから、カバンから小さな箱を出した。


「はい、こちらは私からも」

「わ。姫様、これ、手作り?」

「はい、そうですね」


 和樹のチョコレートを作るついでに作ったものではある。

 内容は同じコーヒー味の生チョコレート。

 ただ、和樹にあげるものより、甘さはかなり追加してある。


「わぁ。ありがとうございます。本当に嬉しいです、姫様」


 佳織も嬉しそうにしている。

 そして白雪は、さらにもう一つチョコレートを取り出すと、佳織に手渡す。


「これ、唐木さんにも渡していただけるでしょうか。生徒会メンバーで彼だけなしというのも何か違いますし、普段の感謝も込めて。ただ、直接渡すと……面倒なことになりかねませんし」


 ここに彼もいてくれればよかったのだが、俊夫は塾があるとかで、早々に帰ってしまっている。

 帰る前に彼に渡すなら学校内ということになるが、どこに人目があるか分かったものではない。さすがに同じ生徒会でも、そういうやり取りを見られたら要らぬ噂を作りかねないので、佳織に託す方が確実だと思えた。

 

「えー。俊夫には過ぎた栄誉ですよ、それ」

「佳織。単に姫様のチョコと比べられるのが怖いとか? 唐木君にも手作りチョコ、当然作ってるもんねぇ?」


 雪奈の言葉に、佳織がとても分かりやすく真っ赤になった。

 本当にこの二人は、見ていて飽きないし、可愛いと思う。


「そ、そ、そんなわけ、ないじゃないですか。なんで俊夫に」

「大丈夫、佳織のクッキーも、めっちゃ美味しいから」


 そういうと、雪奈が美味しそうに佳織からもらったクッキーを頬張っている。

 佳織はなおもなにやらぶつぶつ呟いているが。


「ま、私も唐木君あてのチョコ、あるんだけど……」

「い、いいいです。預かりますよ。渡しておきますから、ついでに」

「自分の渡すついで?」


 一瞬、佳織の顔から湯気が出たのでは、と思えるくらい赤くなった。

 ただ、それ以上彼女は何も言わず……小さくなっていく。


「なんていうか……佳織可愛いですよね、姫様」

「ええ、本当に可愛いですね。それに――」


 とても、羨ましい。

 そう続けそうになるのを、かろうじて抑えられた。


 多分彼女らは、いつかそれでも結ばれるだろう。少なくとも、その可能性がある。

 それが嬉しくて――そして羨ましい。


「姫様?」

「あ、いえ。それより、そろそろ帰りましょう。明日の準備で、先生方は大変ですし」


 今日は学校は午前中で終わり。お昼ご飯もなしだ。

 机を並べたり、机に受験番号シールを貼りつけたりといった作業は生徒たちも手伝ったが。

 白雪は一度帰宅してから、夕方に和樹の家に行く予定である。


「うん、ホントは午後姫様の誕生会ってやりたかったんですが、それは譲りますね」

「へ?」

「だって、月下さんと約束があるんでしょう?」


 その瞬間、佳織のことを笑えないくらいに顔が紅潮したのが、自覚できた。

 それを見て、雪奈がニンマリと笑う。


「あー、もう、ホントに可愛いですね、姫様も佳織も」

「わ、私いつ言いましたか」

「いや、教えてもらってないけど、この日に予定があるって言われたら、それしかないかなと思って」


 どうしようもないほどに頬が火照っているのが分かる。

 多分去年までなら、ここまで動揺はしなかっただろう。

 家族として祝ってくれますから、と返せたはずだ。


 だが、彼への好意を自覚してしまった今では、そう簡単に返すことができない。

 それではいけないのだとは、分かっている。

 ただ、和樹の前では絶対に気付かせてはならないと気を張っていられるが、彼がいない場所では――隠し切れない。


「だから当日の誕生会は諦めたんです。デートの邪魔は出来ないですから」

「だ、だからデートじゃありません、から」


 それが嘘だというのは、誰よりも自分が一番よく分かっている。

 和樹にとっては家族を祝う誕生日なのだろうが、白雪にとってはデート以外の何ものでもない。

 ただ、それを認めてしまうことだけは――和樹に知られることだけは――あってはならない。


「勝手にそう、思っててくださいっ」

「うん。そうするね、姫様。明後日、話を聞かせてくださいね?」

「し、知りませんっ」


 このやり取りも、きっと大事な思い出になる。


 あと一年と少し。

 白雪が白雪でいられる時間までの、それが最後のカウントダウン――。


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