第66話 クリスマスパーティ
「やっぱこうなるか……」
「す、すみません……」
「白雪が謝ることじゃない。悪いのは誠と朱里だ」
和樹の家は一人暮らしとしては破格の広さがある。
白雪の家は別格としても、実質は三部屋+リビングダイニングキッチンだ。
さらに、リビングに隣接する部屋は壁をすべてスライドさせてリビングとくっつけることができるため、和樹は普段そうやって広いリビングとして利用している。
だが。
その広いはずのリビングは、今や人が溢れていた。
今日は十二月二十四日。いわゆるクリスマス・イブ。
今年はちょうど土曜日に当たったため、おそらく日本各地でクリスマスパーティを開いていたり、あるいは恋人同士で出かけてる人もいるのだろうが――。
和樹の家に集まっているのは卯月夫妻《誠と朱里》、友哉らいつものメンバーに加え、雪奈、佳織、さらに俊夫まで加わっていた。
合計八人。
さすがに和樹の家でも、少し人が多くて窮屈な印象になる。
「やっぱり私の家の方がよかったのでは……」
「それをやると同じマンションだって分かるからな……またいらん詮索を受ける。それに、入らないわけでもないしな」
ここまでくると今更という気はするが、和樹としてはなんとなくまだそれは伏せておきたいのが本音だった。
白雪は今日は昼前から来ていて、準備を始めていた。
さすがに八人分の食事となると、作る量も多い。
「白雪ちゃんの料理久しぶりだから楽しみ~。和樹君はいつも食べているんだろうけどね。ウラヤマシイ」
「料理してもらってるのは否定しないが毎日じゃない。それとお前らがこの家に集まるのは別の問題じゃないのか……」
「さすがに、女子高生の一人暮らしの家にこの人数はまずいってくらいは、私だって判断しましたから」
朱里にも良識があったのか、と内心で酷い評価を下す和樹だが、実際のところ、まさかその白雪の家が、この家の軽く五倍以上の広さがあるとは思わないだろう。
「だって正直、今の私たちの家とここ、ほとんど同じだし」
大学入学時にこの家に入れてくれた両親には感謝しているが、その後こうなることまでは予見していたのか。
確かにこの家に決めた時に『そのうち家族で遊びに行くのに便利だし』などと言っていたし、実際在学中には何度も来ているので、その役割は果たせていたのだが。
「和樹くーん、ゲームやってていい?」
「好きにしてくれ」
和樹はかなりゲームが好きで、実は色々持っている。
さすがに最近はプレイする時間は減っているが、それでも話題作は抑えている。
学生時代からいわゆるパーティゲームは集団でやると面白いので、いくつか持っているが、それ以外はどちらかというとアドベンチャーゲームやロールプレイングゲームが好みだ。
和樹の了承を得た朱里は、とりあえずゲーム機を起動する。
メーカーのロゴが表示され、続けてアカウント選択画面が表示されたところで、朱里の手が止まった。
「……あれ? 白雪ちゃんのアカウントがある?」
しまったと思ったが、時すでに遅し。
「和樹君、これどういうこと?」
訝しむような朱里の声に、白雪がやや慌ててキッチンから顔を出した。
「あ、あの、ちょっと空いた時間とかに少しやらせていただいているんです。私の家、ゲームとかなくて、興味があったので」
「あ、そういえば姫様、少し前にゲームやってるって言ってたけど、ここでやってたの?」
「そうです。時々、ですけど」
さすがに朱里も、アカウントのゲーム履歴を見るようなことはしなかったので、何気にがっつりロールプレイングゲームをやってることまでは露見せず、それ以上に話は拡大しなかった。
とはいえ、『家庭教師だけじゃなくて空いた時間にゲームもしている』という情報は与えてしまったことになる。
白雪が申し訳なさそうにしていたが、これに関してはゲームをやっていいと許可した和樹の過失だ。
「気にするな。まあ……今更ってことで」
どちらにせよ家族の様に親しくしていることは否定していない以上、ゲームをやってるくらいは別に問題はない。
いつの間にか朱里主導でゲーム大会が始まっており、リビングはやたらと盛り上がっていた。
「なんか異様に上手いな、あの二人」
「連戦連勝ですね……」
今やっているのは、最大四人同時にいろいろなキャラクターがバトルロイヤルを繰り広げるゲームだ。単純だがキャラクターの数が多く、いろいろ楽しめるゲームだが、佳織と俊夫が圧倒的に強かった。
「佳織さんはゲーム好きだって前に聞いてたのですが、こんなに上手とは……唐木さんもすごいです」
あっという間に画面は二人だけになる。
今回のメンバーはこの二人と卯月夫婦だったが、誠と朱里はあっという間に駆逐されていた。あの二人もこのゲームは、それなりにやりこんでいたはずなのだが。
「やりますね……俊夫。でも勝つのは私です」
「言ってろ。手加減しないぞ」
なんか二人だけ世界が違う。
結局勝負はギリギリのところで、二人とも場外に落ちたが、かろうじて佳織の方がコンマ数秒落ちるのが遅かったらしく、佳織の勝ちとなった。
「あそこに割って入るのはちょっと無理ですね……」
和樹も無言で頷く。
和樹もあのゲームはそれなりにやっているが、アクションゲームはあまり得意ではない。白雪もアクションはやや苦手で、アドベンチャーゲームやロールプレイングゲームなど、ストーリーを楽しむゲームの方が好きらしい。
そうしている間に食事の準備が完了した。
「待ってましたー♪」
とりあえず席は夏の時と同様に配置する。
俊夫が増えているが、その程度なら問題はない。
社会人組はワイン、高校生組もシャンメリーを開け、グラスに注ぎ――。
「じゃあ家主差し置いて朱里さんから! メリークリスマス!」
家主を差し置いている自覚があるのはどうなんだ、と思うが、面倒なのでツッコミを入れる気はない。
お互い「メリークリスマス」と言ってグラスを合わせた。
今日の料理は去年に比べると量も種類も大幅に増えていた。
ローストビーフやドリア、ハンバーグシチュー、パスタ、グラタン、サラダにマリネ、テリーヌ、ミートローフ、揚げ物類、ディップ用のソースとクラッカーなどが大皿に並んでいる。食べたい分だけ個人でとるパーティ方式だ。
「んー。やっぱ美味しい~。ホントすごいねぇ、白雪ちゃん」
「ありがとうございます。そういっていただけると嬉しいです」
実際白雪は食べてもらうのが好きだ。
それはおそらく、両親が料理人だったこともあるのだろう。
自分たちが食べるだけではなく、人に食べてもらうために料理するのが楽しいという人は、意外にいない気がする。
しかし白雪はそれを幼い頃間近で見ていたので、当たり前のようにそういう感覚があるのだろう。
「姫様、ホントに料理が上手ですよね。私はどうしても上手にできなくて」
「基本を守れば大体上手くいくとは思うんですが……」
「佳織の場合、何か一味足すからだろ」
横やりを入れた俊夫を、佳織がにらむ。
「つまり作ってる工程をよく見てるってことだね、唐木君」
「ああ、確かに」
雪奈の言葉に、ぽむ、と白雪が手を合わせると、佳織が真っ赤になった。
角度的に見えないが、俊夫も同じ気がする。
「そ、その、うちと俊夫の家の両親、よく一緒に出掛けてしまうので、そうすると私が料理するしかなくなるんです」
「すごいねぇ。うちでもそこまでやってあげたことはほとんどないよ?」
「朱里の場合は俺の家だと台所がサイズ合わないからなあ」
「それは誠ちゃんの家の台所が高すぎるせい」
そういえば台所の高さというのは使う人間に合わせて設定するらしい。
そうなると今の誠と朱里の家は、おそらく朱里に合わせているのだろうが、そうすると誠はいざ使う時は苦労していそうだ。
ふと白雪を見ると、一瞬首を傾げ――意図を理解したのか「大丈夫ですよ」といったように口を動かす。
考えてみれば、マンションは大体同じ仕様なので、白雪の家も台所の高さ自体は同じなのだろう。
佳織と俊夫はなおも赤くなっているのか、雪奈にからかわれているようだ。
初々しくて微笑ましく思うのと、どうせなら朱里の標的も引き受けてほしいところだが――。
「実際のところ、白雪ちゃんは和樹君の家にどのくらいの頻度で来てるの? なんかものすごい馴染んでいる気がするんだけど。在学中の私たち以上だったりしない?」
在学中、確かに四人でよくこの家に集まっていたが、それでも頻度は一週間に一回、多くても二回程度だ。
白雪は最近は二日から三日に一回。頻度でいえばほぼ倍だ。
「えっと……今はその、不定期、ですので」
白雪が適当に誤魔化していた。
朱里もあまり追及する気がないのか、それに対してはそれ以上コメントはしない。
一応まだ家庭教師をやってると思っているのだろう。
「お前のことだから間違い起こすことはないと思ってるが、来年以降なら何かあっても俺が弁護してやるよ」
「おー。友人に弁護士がいるといいねぇ。よかったね、和樹君」
「いいからお前ら黙れ」
間違いも何もそういう感情は――ないといえば嘘になる。
恋人にしたいというほど強い感情ではないにせよ、白雪を好ましく思っているのは事実だし、『家族』という枠組みを外せば、おそらく好意を――それも恋愛感情を抱くようになる可能性は否定できない。
白雪が女性としてこの上ないほどに魅力的なのは、誰もが認めるだろう。
ただ、和樹にとって白雪は『家族』として守るべき存在であり、幸せになってほしい少女だ。それを自分の手で成し遂げなければならない、というほどの想いは、少なくとも今の和樹にはない。
ふとリビングを見ると、雪奈、佳織らと楽しそうに笑う白雪が見えた。
そこには、時々見るような翳りは感じない。
あの笑顔を彼女がずっと失わないでいてくれれば、それで十分だと思っている。
そういう意味では、この一年ですっかり『保護者』になってしまっていると実感する。
「和樹、どうした。遠い目をしてる……気がするが」
「朱里のお節介に振り回された一年だったなぁ、と振り返っていたんだ。旦那ならもう少し奥さんの手綱握っとけ」
「そりゃあ無理だな」
誠があっけらかんと笑って、横で朱里が同じように笑う。
友哉を見ると、肩をすくめていた。
学生時代から変わらない空気。
リビングを見やれば、そちらも楽しそうにしつつ――目が合った白雪が、嬉しそうにほほ笑んだ。
学生時代とは違うその変化は、しかし和樹にとっては好ましいものだ。
(まあ、今はこれでいいんだろう)
クリスマスの夜は少しずつ深みを増していた。