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白雪姫の家族  作者: 和泉将樹
九章 文化祭
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第64話 白雪の危機

 結局、見回りが終わるまで和樹を見つけることはできなかった。

 時刻は三時十分前。見回りの担当時間はほぼ終わりの時間帯。

 といっても、青蘭祭の一日目は十六時半で終わりなので、あと一時間半程度だ。

 和樹は明日は仕事があるらしいので、一緒に回れるのも後それだけだ。


 スマホを取り出して電話をかけると、すぐに出てくれた。


『白雪か。仕事は大丈夫なのか?』

「あ、はい。見回りの当番も終わったので、合流したいな、と思いまして。和樹さんは今どちらでしょうか?」

『第一体育館だな。ちょうど演劇の幕が下りたところだ』

「あそこですか……あ、じゃあ特別棟前でお待ちいただけますか?」


 電話の向こう側で紙をめくる音が聞こえてきた。

 多分パンフレットをめくっているのだろう。


『分かった、大丈夫だ』

「じゃあ、その前でお待ちしてます」

『分かった。今カーテンコールだから、出るのに少しかかりそうだが』

「大丈夫です。では、後程」


 そういえば、ちょうどこの時間は演劇部の公演をやっていたはずだ。

 この学校の演劇部は結構有名で、毎年かなり盛況だと聞いている。

 白雪も今日は無理だったが、明日は観てみたいと思っていたものだ。


(あとで感想言い合うのも楽しそうですね)


 そんなことを考えている間に、特別棟前に着いた。

 和樹も気にしていたし、早速案内することにしたのだ。


「さすがにまだ来ていないですね」


 先ほどの電話の様子だと、体育館を出るのに少し時間がかかりそうだ。

 特別棟を見上げると、人の気配が全くない。


 特別棟はガーデンと呼ばれる植生豊かなエリアの中にあって、他の施設からは少し離れている。

 そのため、雨が降るとちょっと来るのが億劫になる場所だ。


 ちなみに聖華高校は一般的な学校と違って、上履きに履き替えるということがなく、土足のまま学校に入る。

 一部の施設――図書館や体育館など――は土足厳禁だが、最初は戸惑ったものだ。

 ただ、慣れてしまうととても楽である。

 掃除が大変かと思ったのだが、それほどには汚れない上に、流石元は上流階級向けの学校なのだろう。

 定期的に清掃業者が入っている。


 この特別棟は、元は貴族の邸宅を改築、移設したものであるであり、それがちょっとした森のようになっている場所にあるため、学校とは思えないような場所だ。

 ここは生徒会室のほか、各種イベントの実行委員会が専用の部屋を持つが、ここで催し物は開かれていないので、今日は基本的に閉鎖されている。

 サボりを決め込む生徒も、ここは用がなければ寄り付かない。


 ガーデンは結構広く、特別棟から少し離れたところには休憩のための東屋めいたものがある場所もあるので、そちらには多分人がいるだろうが、特別棟周辺は特に何もないため、ほぼ無人。

 特別棟の前だと、木々が視線を遮って、他の校舎はほとんど見えない。

 文化祭の喧噪もやや遠く、学校内とは思えないほどに静かだった。


(意図してなかったのですが……隠れて会うみたいですね)


 その時、地面の砂利を踏む音が聞こえ――。


「和――え?」


 和樹だと思ったのは、別の人物だった。

 立っていたのは男性。制服ではないから学生出ないのはすぐわかる。

 整った顔立ちのはずなのに、なぜか不快感を感じていた。

 どこかで見たことがある気がするが、思い出せない。


「やあ。こんなところに一人とは。これぞ運命というやつだね。玖条さん」

「誰……ですか」


 自分が知らない人が自分の名前を知っていることはよくあることなので、それ自体は仕方がない。さすがの白雪でも、在校生すべての顔と名前を把握してはいない。

 ただ、男が学生ではない以上、誰かの招待客だろう。

 つまり学外の人間。

 さすがに白雪も、学外まではそうは知られていないはずだ。

 それが自分を知っているというだけで、白雪は警戒心を強くした。


「おやおや。忘れたのかい。この烏丸(からすま)良一を」


 名前を言われてもやはり――と考えて、やっと思い出した。


「烏丸、先輩……?」


 名前と、その大仰な言い回しと仕草で思い出した。

 白雪がこの学校に入学した直後、本当に最初に交際を申し込んできた二つ上の先輩だ。

 当時白雪はまだ学校に慣れていなかったこともあり、彼のこともよく知らなかったから対面で告白され、それを断っているが――もし知っていたらそもそも会うことすらしなかっただろう、という一人だ。


 この学校では今では珍しい、家柄での入学者で、玖条家とは比較にならないが、それなりの名家とされる烏丸家の一人。

 しかしその家柄を鼻にかけ、在学中も何度も問題を起こしかけたと聞いている。

 ただ、烏丸家からは少なくない規模の出資が学校にされているので、表立って問題にしづらいという、とても厄介な人物だった。

 白雪も告白を断った後も何度もしつこく迫られたが、さすがに後期に入るころには、進学の問題から現れなくなってくれて、ほっとして――そしてあっという間に忘れた相手だ。

 とても嫌な相手だったこともあり、今の今まで本当に忘れていた。


「こんな人気のないところに一人とは、これぞ天啓というものだろう」

「冗談も程々にしてください。私は人を待っているだけです。貴方は関係ありません」


 言葉の使い方がおかしいが、それを指摘する気にもならない。

 誰がこんな人を招待したのだと思ったが、よく考えたら卒業生は無条件で入れるのだった。こんな残念な人物でも、ここの卒業生であるのには違いない。


「相変わらずつれないな。だが、ここなら誰の邪魔も入らないねぇ」


 じわり、という擬音でも聞こえそうな、そんな様子で烏丸が間を詰めてきた。

 その動きの気持ち悪さに、思わず白雪は後ずさる。

 が、すぐに特別棟の扉に突き当たった。


(そうだ、ここなら――)


 特別棟は今日は閉鎖されている。

 ただ、白雪はいつでも入れるようにここの鍵を持っていた。

 中に入ってしまえば、安全は確保できる。

 そう思って振り返ろうとした瞬間、目の前を腕が通り過ぎ、ドン、という音が頭のすぐ横で響く。


「おお……いわゆる『壁ドン』ってやつだね……どうだい? ときめくだろう」


 それに対する返事は、鋭い平手打ちの音だった。


「やめてください。人を呼びますよ」


 しかし烏丸は打たれた頬を空いた手でさすりつつ、下品として表現できないような笑みを浮かべた。


「やってみるといい。ここは校舎からそれなりに離れていて、そして文化祭の最中だ。君が大声で叫んだところで、果たして誰が来てくれるかな?」

「いや……!!」


 烏丸の手が白雪の肩にかかり、扉に押し付けられる。

 烏丸は標準よりむしろ細い方とはいえ、白雪とは力が違い過ぎて、全く抗えない。

 恐怖のあまり目を閉じてしまう。

 せめて、と大声で叫ぼうとしたとき、唐突に圧力が消えた。


「え?」


 恐る恐る目を開けると、烏丸の腕は別の人物に掴まれ――釣りあげられていた。


「和樹さん!!」


 確かにここに来る人は普通はいない。

 ただ、和樹はここに呼ばれていたわけで、そろそろ来るはずだったが、あまりのタイミングの良さに、白雪にとっては文字通り天の援けにすら思えた。

 その和樹は腕を捻り上げつつ、位置を入替えて烏丸と白雪の間に入ってくる。


「何をしているんだ、君は」


 一瞬、その声が和樹のものであるか、白雪にすら分からなかった。

 それほどに――凄みのある声。


「な、なんだお前は。僕は烏丸良一だぞ。烏丸家の次男だぞ。離せ、この無礼者!!」

「何をしているんだ、と聞いたのだが」


 そう言いながら、和樹は烏丸を離す。


「これだから部外者は。僕はこれから、玖条さんと情を通じ合わせるのだよ」


 和樹が困惑した顔でこちらを見る。

 白雪はそれこそ、首がもげるのではないかという勢いで全力で首を横に振った。


「だ、そうだが。はたから見れば、立派な婦女暴行の現行犯に近いと思えるしな」

「ふざけるな。この僕の邪魔をするな!!」


 そういうと、烏丸は拳を振り上げ、和樹に向って来た。

 体格差を考えても、あまりに無謀と言える挙動だったが、烏丸はそれすら考えていなかったのか。

 しかし和樹はそれを避ける素振りすらほとんど見せず――。


「和樹さん!」


 烏丸の拳が和樹に到達すると思えた――次の瞬間。

 白雪が見たのは、烏丸の頭と足が天地逆になっている状態だった。


「え――」


 烏丸はこちらに向かって殴り掛かってきたはずだ。

 ところが、気付けば――九十度方向を転換して、すぐ横にあった花壇の上に背中から叩きつけられていた。


「ぎゃあ!?」


 人間が鮮やかなほどの弧を描いて回る投げ技を、白雪は初めて見た。

 まるでドラマかアニメの世界の様ですらある。


「まだやるか?」

「ひ、ひぃいい!!」


 盛大に背中に土を付けた状態で、烏丸は文字通りうのていで逃げ出した。

 あとに残ったのは、白雪と和樹だけ。


「……すまん。ちょっとやりすぎたかもしれん。花壇も傷つけただろうし」


 慌てて白雪は首を振った。


「大丈夫です。この花壇は入替のため今は何も植わってませんので」

「だが、さすがに暴力行為は……よくないだろう」

「そちらも問題ありません。先に手を出したのはあちらです。もしあの人が何か言ってきたら、私がちゃんと説明します。こう言っては何ですが、絶対にこちらを信用して下さると思います」


 現役の生徒会長と、問題児だった卒業生。

 教職員がどちらを信じるかなど、考えるまでもない。

 さらに言えば、背後にある家の規模も違う。


「なら、いいが……すまん、遅くなって。怖い思いをさせた」


 言われてから、急に震えが来た。

 和樹が来てくれたからよかったようなものの、もしあと五分遅かったらどうなっていたか。

 どうしようもないほどに怖くなり、白雪は思わず和樹に抱き着いていた。

 和樹もまたそれを拒まず、優しく包み込むように抱き留めてくれる。


「怖、かった、です……でも、助けてくれて、ありがとうございます」

「学校内であんなのがいるとは思わなかったからな……本当に間に合ってよかった」


 たっぷり一分以上は抱き着いていたが、さすがにそれで落ち着いた。

 あらためて考えると非常に恥ずかしい気がしたが、和樹の側に動じた様子がない。

 それが少しだけ悔しい。


「もう大丈夫か?」

「……はい。本当にありがとうございました」


 もう一度深呼吸をすると、さすがに落ち着いた。

 抱き着いている間、少しだけ泣いてしまっていたのを慌てて拭うと、和樹に向き直る。


「では、特別棟――生徒会館をご案内しますね。本当は今日は閉鎖しているのですが」

「……いいのか?」

「生徒会長がいいから、いいんです」


 これも職権乱用だろうか、などと思いつつ――白雪は和樹を特別棟へと案内するのだった。


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