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白雪姫の家族  作者: 和泉将樹
九章 文化祭
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第63話 怒らせると怖い人

 生徒会の仕事――理事長や学校の支援者の案内――が無事に終わり、白雪は見回りに業務に戻った。

 見回りというが、要はトラブル対応であり、特に決まったコースなどはない、実質自由に回っていいという事になる。

 さすがに時間のかかる出し物に参加したりは出来ないが、ちょっと見て回るくらいは問題ないわけで、白雪としては和樹と回りたいと思って、その姿を探し求めるが――やはりというか、そう簡単には見つからなかった。


(さすがに無理がありますか)


 普通の高校でもそう簡単に見つかるものではないだろう。

 まして聖華高校はかなり広く、建物も多い。和樹がどこに行ったか分からなければ、探しようがない。

 かといって、さすがに電話をかけて呼び出すのは気が引ける。

 時刻はちょうど二時。白雪の見回り担当の時間は三時までなので、そこまで見つからなければ電話をかけることにする。

 とりあえずそれまでは見回りを、と思ったところで、和樹ではないが見知った、そして通常であればここにいるはずのない人物を見つけた。


「お久しぶりです、卯月さん、朱里さん」

「あー。白雪ちゃんだ。久しぶりー。うわぁ、制服姿も可愛いねぇ」


 ちなみに朱里の服はさすがに中学の制服姿、という事はない。

 というかさすがに去年で懲りたのか、いかにもなパンツスーツ姿だ。

 明らかに着慣れている感じもあり、中学生には見えない。

 ただ、隣にいる誠がジーンズ生地のジャケットとジーンズ、という明らかにラフな格好なので、ややアンバランスなのは否めない。


「ああそうだ、玖条さん。俺のことは誠でいいよ。『卯月さん』だと俺も朱里もそうなるし」


 言われてみればその通りだった。


「わかりました。では、誠さんと呼ばせていただきます。そういえば、和樹さんは一緒ではないのですか?」

「いや。あいつとは入場した時に会ったっきりだな。玖条さんこそ一緒じゃななかったのか」

「はい。ちょっと生徒会の仕事があったので、お昼で一度別れました」

「ま、電話かければ来ると思うけど」

「一応今は見回りの時間なので、終わったら電話しようかとは思ってます」

「そうか。見かけたら俺も……ん?」


 すぐ近くのクラスで、なにやら少し怒号めいたものが響いた。


「ちょっと見てきます」


 何かトラブルだろう。

 白雪はすぐに向かう。誠らも気になるのか、ついてくる。


「何があったのですか?」

「何がって……あ、しら……会長」


 見ると、教室の入口に設置されている手作りのゲートの一部が破損している。

 その横に、長椅子を持った生徒がいることから、おそらく椅子を移動させる際に接触して壊してしまったようだ。

 制服のネクタイの色から察するに、壊した方が一年生で、この教室は三年生。

 それゆえか、椅子を持った生徒がひどく縮こまっているようだ。


「こいつがこれを壊しやがって、どうしてくれるのかと……」

「今すべきはこの方の責任を追及することではないでしょう。見たところ、崩れるほどの破損ではないのですから、応急処置すれば何とかなると思います。ガムテープとかは?」


 白雪の言葉に、激昂していた生徒が幾分落ち着いてくれたようだ。


「いや、確かもう返しちゃってて……」

「わかりました。しばらくお待ちください」


 白雪はすぐにスマホを取り出し、電話をかけた。


「あ、木下さん? 玖条です。応急修理用のガムテープと、念のためビニール紐をA棟一階の音楽教室まで持ってきてください。すみません、急ぎでお願いします」


 そして電話を切ると、三年生に向き直る。


「すぐ来てくれると思います。せっかくの文化祭です。ここで言い争うより、早く復旧すべきでしょう」

「は、はい」


 それから、まだ棒立ちになっている一年生に振り返った。


「貴方はその椅子をどちらに?」

「あ、はい。えと、中庭のステージの椅子が足りないとかで、持ってきてくれ、と言われて……」

「では持って行ってください。ここは……大丈夫ですね?」


 そうしている間に、文化祭実行委員の腕章をつけた生徒がガムテープなどを持ってきていた。


「ああ。大丈夫だ。一年、怒鳴ってすまなかった。早く椅子を持って行ってやれ」

「す、すみません。ありがとうございます」


 なにやら呆然としてた一年生は、言われてから慌てて椅子を持って立ち去っていく。

 それを見届けて、白雪はふぅ、と一息つくと修理を手伝おうとしたが、それはやんわりと断られたので、その場を離れた。


「見事だね、玖条さん」

「いえ、トラブルというほどでもないですし」

「いやいや。あの怒鳴っていた生徒、相当短気なタイプ見えたけど、それを落ち着かせるのはさすがだと思ったよ」

「そうだねー。怒りやすい人って、すぐ沸点突破しちゃうし、そうなると何言っても聞いてくれないことも多いけど、白雪ちゃんが割って入ったらすぐ収まったのはさすがだよ」

「一応、生徒会長ではあるので……」


 そう褒められると恥ずかしくなって来る。


「それでも、怒ってる男子の前に立てるのはすごいと思うよ。まして上級生。私は怖いもん」

「そりゃあ朱里は……仕方ないところもあるけどな。前みたいなことになっても困るしな」

「前?」

「ん? ああ、学生時代にちょっとあってね。朱里が止めに入ろうとしたら、逆に殴られたことがあったんだ。『子供が口を出すな!』ってね。同じ大学生だったんだがなぁ」

「だ、大丈夫だったんですか?」

「ああ、うん。振り回してきた拳が肩に当たったから思いっきり転んだけど、顔じゃなかったし、痕も残らなかったんだけどね。むしろその後が怖かったなぁ」

「ああ、あれは……ちょっとな」


 二人で微妙な顔をしていた。


「一体何が……?」

「いや、和樹が怖かった」

「え?」


 予想もしない名前が出て、目が点になる。


「俺が朱里を助け起こす間に、和樹がそいつに謝れって言ったんだ。そいつ、空手をやっててちょっと暴力的なことで学内でも知られた奴でさ。例にもれず激昂して、和樹に殴りかかったんだよ」

「え……」

「そしたら和樹君、一瞬でそいつ投げ飛ばしてたの。あとで聞いたんだけど、中学くらいまで柔道やってたんだって」

「しかも手加減まるでせずに叩きつけたからな……コンクリの上に。そいつ、腰の骨にヒビが入る大怪我して、その後がむしろ大変だった」

「ええ……」

「和樹って滅多に怒らないというか、正直あそこまで怒ったのなんて後にも先にもあの一回だけだったんだが……絶対本気で怒らせちゃダメなタイプだと思ったわ」

「そ、その後はどうなったんですか……?」

「ああ、和樹には御咎(おとが)めなし。目撃者がたくさんいたし、そいつがいつも暴力的だったのは教員含めて知られてたからな。和樹もちゃんと頭は打たないようにしていたし。いい薬だったと言われたくらいだ」


 正当防衛だと判断されたらしい。


「ま、あとで聞いたら、ちょっとカッとなったって本人も反省してたけどな。あいつ、自分に手を出されるのは全然気にしないくせに、友人《俺ら》に何かされると静かに怒って理路整然と相手を追い詰めるのは知ってたが、実力行使までできるタイプってのはあの時に知ったわ」


 どうやら普段は手を出すことはまずないようだ。

 とはいえ、普段の穏やかな彼からは、そのような姿は想像もできない。


「なんか……知らない一面を知った気がします」

「まあ、和樹、玖条さんの前だとホントに年長者として振舞おうってしてるしな。年上の家族って感じか?」

「そう……ですね……」


 父だと思っている、という白雪の想いに応えてくれているのだろう。

 正直、和樹を家族だと思ってはいるが、その関係が果たしてなんであるのか、最近は白雪もよくわからなくなっている。

 最初に父の様だと感じたのは間違いないが、今接しているのは果たしてどういうつもりなのか、自分でもはっきりしないのだ。

 父親と接するように、というつもりはあっても、普段それを意識してはいない。だいたい、今の自分の年齢での父親との接し方など全く知らないのだから、今の接し方が正しいのかどうかなど分からない。

 当然だが、兄がいたことはないので、兄のように、というのも分からない。

 この辺り、雪奈や佳織に聞ければいいのかもしれないが――さすがにそれは恥ずかしい。

 結局、白雪にとって一番過ごしやすく心地よい距離感での接触になっているが、果たして和樹にとってはどうなのだろう、と改めて考えると少しだけ不安になる。


「和樹君はそういうところの枠組み決めたらきっちり守るタイプだしねー。さすがに朱里さんも、これ以上からかうと和樹君怒らせかねないのでやりません」


 思わず笑ってしまった。

 確かに、和樹は本当に白雪の『家族』になってくれている、と思う。

 父としてなのか兄としてなのかはともかく、家族という枠組みであることは間違いない。だからこそ、変に恋愛感情などを絡めてからかわれるのは、和樹にとっては不快感を伴いかねないのだろう。


「にしても……さっきの男の子、白雪ちゃんに見惚みとれてたねぇ」

「え?」

「ほら、さっきの長椅子持ってた子。すっごい呆然としてたし」

「ありゃあ一目惚れコースじゃないかねぇ。玖条さんも大変だ」


 白雪としてはあまり笑えなかった。

 新年度になってから、一か月ほどは男子生徒に交際を申し込まれる期間が続いたのだ。

 ただその後、生徒会長に就任したことで、逆に『高嶺の花』的なイメージがさらに浸透したらしく、そういうのは減ったのだが、ゼロになったわけではない。

 今でも月に一、二回ほどは告白に呼び出される。

 一応事前に遊びのつもりかどうかなどをクラスメイトらに聞いて、本当に本気でいるならちゃんと対面で断るべきだと思っている。

 さすがに全部に対応していたらきりがない。

 ただ、先ほどの一年生は、確かにそういう風には見えた。

 もし後で本当に来たら、ちゃんと断らないとならないだろう。


 いっそ誰かと付き合っていれば、こういう面倒を避けられるのだろうが――そもそもの問題としてそんな交際が許される立場にない以上、仕方がない。


(いっそ西恩寺先輩とかを隠れ蓑に……って開き直れたら苦労ないですね)


 たとえ偽装でも、そういう関係であるというのは抵抗がある。

 確かに彼なら全部承知の上で協力してくれそうではあるが、ある意味では冗談にならない可能性もあるので、やはりとりたい手ではない。


「とりあえず私は見回りに戻ります。誠さん、朱里さん。青蘭祭、楽しんでくださいね」

「ありがとう。玖条さんも頑張って」

「またねー、白雪ちゃん」


 歩き去っていく二人を見送り、白雪は見回りを再開するのだった。


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