第60話 大忙しの準備期間
文化祭。
高校の一年間のおいて、学年共通で実施されるイベントとしては、最大のイベントといってもいい。
聖華高校の文化祭は、別名青蘭祭とも呼ばれる。
これは、学校のシンボルである青蘭に由来する。
青蘭祭の準備それ自体の中心になるのは、当然青蘭祭実行委員だ。
去年は白雪もこの委員に属していて、一年の中心的な役割を果たしていたが、今年は直接は関わらない。
ただし生徒会長として、直接の実施には関わらないものの、実施に関する予算の認可などの、最終的な決済権が白雪の手にある。
青蘭祭の実施は他校の文化祭よりはやや遅く、十一月の頭だ。
受験で忙しくなってきてる三年の代わりに実施の中心となるのは二年生。
ただ、その二年生は修学旅行から帰ってきた直後、かつ球技大会も十月下旬に開催されており、その合間を縫っての準備となり――要するにすさまじく忙しい。
それは当然、生徒会も同じであった。
「姫様ー、じゃない、会長~。第二講堂の照明がいくつかつかないそうです。私の方で確認したので、決済印だけお願いします」
「会長、体育館の機材で一部ケーブルの劣化がひどく、追加購入が必要なようです。確認の上、決済お願いします」
「姫様、調理実習室の食材、追加購入申請が来てるんだけど、見れる?」
終始こんな状況だ。
ちなみに去年はどうだったのだろうと、廊下で偶然すれ違った際に征人に聞いてみたが、あまり変わらなかったらしい。
文化祭実行委員があるから、企画内容のチェックや施設利用のスケジュール調整などはやらなくていいが、予算の最終決裁権限がすべて生徒会長に集約されているため、お金関係はすべて目を通さなければならないのだ。
生徒会役員も実行委員のサポートに大忙しである。
「あと二日だしね……正面ゲートの準備とかはこれからってとこだけど」
さすがにこの段階までくるとやっと落ち着いてくれた。
準備そのものは佳境ではあるが、さすがに生徒会役員としての仕事は一段落である。
ちなみに本来今日は祝日で休みなのだが、最初から振り替え休日が認められていて、今日は登校日になっている。
「唐木さん、去年もこんな感じでした?」
「そうですね……似たような感じでしたね。でも、この時期に落ち着いてるのも同じです。多分後はよほどのことがない限りは、実行委員に任せていいかと」
時刻はすでに夜の七時だ。
さすがに疲れてきた。
ちなみに前日は泊まり込みで準備するのが許可されている。
巡回はさすがに教員がやってくれるので、生徒会や実行委員が徹夜する必要はないのは助かるが。
「そういえば全然クラスの準備は手伝えてないですが……ゲームハウスでしたっけ、私たちのクラス」
いわゆる縁日等であるアナログゲームを手作りしてお客さんに楽しんでもらうような催しものである。
輪投げにダーツ、ピンポン玉入れ、ストラックアウトなどをやる予定だ。
「ですね。私たちは生徒会役員ってことでクラスの出し物の準備は免除されてましたけど、当日はさすがに協力しないとですかね……」
「そう言えば姫様、月下さんは呼ぶの?」
「あ……え、ええ。一応お声がけはしてます」
青蘭祭に来ることができる外部の人間の数は限られる。
基本的に在校生に招待された人か、卒業生だけが来ることができるのだ。
普通は親や兄弟、近所の人や中学時代の友人などを誘う。
一人当たりの人数には一応上限が設定されているが、そこまで誘う人はあまりいない。
「私は……他に招待するような人もいませんし」
実際、去年は誰も招待していない。
さすがに京都から紗江に来てもらうのは無理がある。
仮にタイミングよく伯父がこちらに来ていたとしても、とても招待する気にはならない。
「そっか。私はお姉ちゃんと誠さんとかな。友哉さんは今は地方らしくてさすがに無理って。あとは無難にお父さんとお母さんたち」
「私も両親だけです。兄は兄で大学の学祭があるとかで来れないらしいですし、そもそも遠いですし」
佳織の兄は北陸の方の大学に通っているらしい。
ちなみに、その兄と俊夫の姉が付き合ってるというか、もはや同棲しているというのだから驚きである。
修学旅行でそれを聞いた時は内心びっくりした。
「そういえば、姫様は当日はどうするの?」
「クラスのお手伝いはするつもりですが……あとはのんびり回ろうかとは」
「月下さんと?」
「来ていただけたら、ですね。実際、その、案内は必要だと思いますし」
昨日声をかけた時点では、土日どちらかでは来てくれるようなことを言っていた。
今更雪奈や佳織から何か言われることはないし、知らなければ――せいぜい兄くらいにしか見えないだろうから、あまりくっついたりしなければさして問題にはならないだろう。
「私は誘ってはみたけど……誠さんとお姉ちゃんがどう見られるのかが不安で……」
「そういえば去年はどうでしたっけ?」
「去年はお姉ちゃんだけしか来なかったの。誠さん、運悪く仕事があってね」
「ああ……なるほど」
「お姉ちゃんがここを志望してる中学生扱いされて案内されてた時は爆笑したけど」
目に浮かびそうだ。
「あの後お姉ちゃん、すごくいじけてて、いっそ来年は中学の制服着てこようか、とか言ってたけど……ま、まさかね」
「いや、あの、結婚してそれやったら、むしろ卯月さんがお困りになりそうな」
誠はどう見ても社会人にしか見えない。
それが中学の制服を着た朱里を連れていたら、どうやっても……うん、まずい。
というか、まだ中学の制服を着れるというのも驚きだ。
「それはそれで色々ネタになって面白そうですけど」
佳織がなにやら物騒なことを言っていた。
「しかしもう遅いね。そろそろ帰らないと、帰宅が八時回っちゃう」
「ホントだ……そうですね。佳織さんもそろそろ。唐木さんも」
「あ、はい。そうですね。家には連絡したので大丈夫だと思いますが」
さすがに今日はもう帰るべきだろう。
手早く荷物をまとめると、生徒会室を後にした。
「それでは皆さん、また明日」
「また明日ねー」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そういえば和樹さん、土日どちらにいらっしゃいます?」
帰宅した白雪は、制服のまま和樹の家に来ていた。
このところ遅くなることを懸念した和樹が、夕食を準備してくれる、とのことで今日および明日はお邪魔することになっていたのだ。
「一応土曜日の予定だ。開門は九時だっけ?」
「そうですね。一般入場はその時間です」
食べているのはナポリタンパスタとサラダ、それにポタージュスープ――これはレンジで温めるタイプ――だ。
「せっかくだし最初から行くつもりだ。あまり遅くならないつもりだが」
「和樹さんは高校の文化祭とかはどんなのだったんですか?」
「あまり変わらないとは思うぞ。一年時はお化け屋敷で、二年の時は映画上映だった。三年は喫茶店」
「映画?」
「自作映画というかクラス作成映画というか。ま、俺は裏方回ったが」
「和樹さんなら主役にもなれたのでは」
実際、ひいき目抜きにしても、顔は整っている方だと思う。
「そういうガラでない自覚はあるさ。俺は映像にデジタルで効果足したりするのを担当してた。その頃から得意だったからな」
「ああ、なるほど……」
高校生の当時からコンピューターには強かったのだろう。
そっちで頼られていたようだ。
「その映画、見てみたいですね」
「うーん。シナリオ含めて微妙感満載だったからな……できた時の達成感はすごかったし、それなりに受けてたけどな。つか、データ残ってるのかね……誰かのとこにはあるだろうが」
「和樹さんは持ってないのですか?」
「うーん。編集中のはもしかしたらあの中にあるかもだが、完成データは多分ないな」
和樹はそういって、リビングの片隅にあるパソコンを示す。
「でも、クラス映画っていうのは面白そうですね。うちの学校、少なくとも去年と今年にそういう企画はなかった気がしますし」
「やると結構大変だったからな……白雪の学校はスケジュールがタイトだったっぽいから、特に二年生はそういう余裕なかっただろう」
「確かに……」
三年生は受験の息抜き程度という感覚があるので難しいだろう。
一年生の方がまだ期待できるか。
「とりあえず、土曜日は私がご案内しますね。土曜日朝一であればクラスにいますので、A組の出し物の部屋に来てください」
「わかった……が。その、学校の連中に見られてもいいのか?」
「構いません。家族って紹介しますので」
「……白雪がそれでいいなら、いいが」
実際嘘にはならない。
現状で家族だと紹介できる、唯一の人だと思っている。
雪奈や佳織が余計なことを言うことはないだろうから、疑われることはないだろう。
それに、家族なら多少のスキンシップは許されると思うので、ちょっと楽しみでもある。
「明後日、楽しみですね」