第56話 南国の夜~パジャマパーティ
「今日はお疲れ~」
雪奈が思いっきりベッドの上で四肢を投げ出していた。
佳織もそれに倣ってベッドに飛び込む。はしたないとは思いつつ、白雪もほとんど同じような行動をとっていた。
今日の早朝に飛行機に乗って、昼前に到着。
そこからバスでホテルに移動後に食事。その後またバスで、今日は戦争遺構などを巡った。
終わってホテルに戻ったのが六時。
そして七時少し前から夕食で、終わったのは八時過ぎ。
その後に各自シャワーを浴びて寝る準備が整ったのは、九時を大きく回り込んだ頃だった。むしろ、十時前という方が正しいくらいだ。
「なんか今日は……よく眠れそうです」
「いやいや、姫様。むしろこれからでしょう」
「え?」
「ですよ。せっかく夜中までずっと話できるんですから」
「でも明日に響きますよ……?」
確かに眠るには少し早いかもしれないが、明日は朝の七時には起きて、七時半には朝食、その後八時半には出発だ。
ゆっくりする時間等はなく、今日の移動の疲れを持ちこす余裕などないはずだが。
「まあ徹夜しようってわけじゃないけど、お泊り会とか、姫様とは初めてだし」
「ああ……そういう」
白雪は当然だが誰かを家に入れたことはない。
そして誰かの家に泊まりに行ったこともない。
だが、雪奈と佳織はたまにではあるが、お泊り会をすることもあるらしい。
パジャマパーティという単語だけは知っているが、それという事だろうか。
「まあ、確かにまだ寝るには早いですけど……」
実際クラスでは、プライベートビーチに出る、という子たちもいるらしい。
主に元気な男子が中心だが。
白雪らも誘われたのだが、雪奈はともかく佳織はかなり疲れていたし、白雪もまだ一日目ということを考え、断ったのだ。
その流れから、てっきりすぐに寝ると思っていたのだが。
「でも、お話といっても何を……」
「そりゃあ恋愛のお話でしょう。具体的には月下さんのこと」
雪奈が即答する。
確かに、白雪の周囲にいる男性といえば彼一人しかいないが、だが彼は恋愛対象ではない。あってはならない――というか許されていないのだから、そんな話はできない。
「雪奈さん……なんかまたそういう話をしたいそうですけど、私は和樹さんとは……」
「いや、まあコイバナはともかく、月下さんのことって私も佳織もよく知らないから、姫様が普段どう接してるとかは聞きたいかなぁ、と。それくらいはよくない?」
「うんうん」
確かに言いたいことはわかるが、それはそれで恥ずかしい。
だが、今日に関しては正真正銘逃げ場はなく、そして二人が逃がしてくれるようには思えなかった。
「……話せる範囲で、ならですが。ただそれなら……お二人も話してもらいますよ」
「え? 私はそんな話ないよ?」
「雪奈さんは……確かにそういう話は本当にないのかもですが、佳織さんは違いますよね?」
「う」
明らかに佳織が後ずさった。
「あー、確かに。佳織も話すべきだよね」
「わ、私は俊夫とは何でもないですから……」
白雪と雪奈が、二人で顔を見合わせてしてやったり、と笑う。
「私たち、まだ誰のことかなんて言ってませんよ?」
「自爆したねぇ、佳織」
「~~~~~~~~~~~!!」
声にならない声をあげて、佳織が枕を抱え込んでうずくまる。
が、見えている耳が真っ赤だ。
そもそも自覚がないようだが、いつも名前で呼んでいる時点で、相当親しいのは明らかなのだ。自分のことは棚に上げるが。
「なんていうか……ホントに可愛いですね、佳織さん」
「でしょう? でも自覚ないかもだけど、姫様もあまり変わらないよ?」
「わ、私は別に……佳織さんと唐木さんのようなことにはなることはないので」
「そう決めつけるのもどうかと思うんだけどなぁ」
雪奈の言いたいことはわかる。
ただ、前提があまりに違い過ぎるのだ。
お互いの気持ちの問題――和樹がそうなってくれる可能性はほぼないと思うが――だけではなく、そもそもの立場として、佳織と俊夫の様になることは、許されない。
たとえお互いがそれを望んだとしても。
「そこは絶対にありえない一線なので、その前提でいてくださいね」
「むぅ。強情というか……」
強情ではなく、どちらかというと諦念なのだが、それを彼女に言っても仕方がない。
とりあえず、普段どうしてるかについてはある程度話すことにした。
二人にはまだ家庭教師が続いていると思われている気がするので、その前提で、ただし嘘はつかない様に、という感じだ。
海水浴の計画などは白雪が行きたがっていることを漏らしたら行ってくれることになったことにした。これもそう間違いではないだろう。
初詣についても、ずっと京都だった白雪に、和樹がこちらの名所を案内してくれたというのは間違いではない。
さすがに墓参りのことなどは黙っていたが。
「うーん。食事作ってあげてる以外は……ちょっと話すくらい……と。海水浴はともかく」
「です。あれは和樹さんのご厚意でしたから。あとは、情報の講義について質問はありますけど、それくらいです」
実際今でも少し不安なところなどがあったら、食事中などに聞いたりしている。
なのでこれも嘘ではない。
「とりあえず佳織の復帰を待つとして……でも実際、姫様って月下さんのことは好きですよね。恋人として、とかは置いといても」
「それはまあ……そうですね。でもそれは……」
「家族として?」
「です。そうですね……雪奈さんだって、お姉さんの旦那さんのことは好きでしょう?」
「うん、まあ……そうだね。もうずっと家族ぐるみのお付き合いしてるし」
「でも男性として好きかと言われるとそれは違う、となりませんか?」
「それはまあそうだけど……」
雪奈は一度、言葉を探すように黙り――。
「でも、私と誠さんの付き合いなんて、それこそ物心つく前からずっとだよ。子供の頃なんて本当に兄だと思ってたくらいだし」
「本当に昔からなんですね」
「まあねー。その辺は、確か佳織も唐木君とは同じようなもんだときいてるけど?」
突然話を振られた佳織は、明らかに挙動不審状態だった。
「確かほぼ同じ時にお向かいに引っ越してきた、とか聞いたけど?」
「……いつ話しました、私」
「唐木君から聞いた」
その瞬間、雪奈の顔に枕が飛来した。
が、雪奈はあっさりとそれを掴んでしまう。
そして枕を投げたので、佳織は顔を隠すための装備を失ってしまっていた。
「な、なんでそんなこと話しているんです、あいつはっ」
「別に会話の流れで、幼馴染って聞いたけど、どういう経緯かって聞いただけだし」
「同じ時に引っ越してきて、同じ年の子がいたら、そりゃあ仲良くなりますよねぇ」
当然学校も、おそらくは幼稚園も同じなのだろう。
白雪には当然そういう幼馴染などいないので、ちょっと羨ましくもある。
「そもそもお互いの兄と姉が付き合ってるらしいじゃん」
「兄は兄です。私とは違います」
「それは……素敵なのでは」
「でしょう? 今地方の大学行ってるらしいけど、すでに同棲状態だって」
「な、なんで雪奈ちゃんがそんなことまで知ってるんです!?」
「こないだ佳織の家に行った時に、佳織のお母さんがいろいろ話してくれたよ?」
「お、お母さん……」
がっくりと香りがベッドに沈む。
「まあなので、私のところと佳織のとこは結構似た感じなんだよね。どっちも幼馴染がいて、家族ぐるみで付き合いあって。で、佳織が浮上するまでの間に聞くんだけどさ、姫様」
「な、なんでしょう」
何か嫌な予感がした。
「私たちの場合、それこそ十年以上の付き合いがあるから、家族って関係は違和感ないんだよね。でもさ、姫様と月下さんって、事故になりそうなところを助けてもらったって聞いてるけど、それからだってまだ一年くらいじゃない?」
「……そう、ですね」
「私にとっての誠さんも、佳織にとっての唐木君も、物心つく前からの付き合いだったから家族ってのが違和感なかった。それと同じようなものかと思って、夏休みの食事会では一度は納得したけどさ、高校生になってからで、一年どころか、ほんの数カ月で家族だと思えるのって、すごいと思うんだけど……」
「そういわれましても……」
「恋人同士っていう関係なら恋愛感情が前提にあるから仲が良くなるわけだけど、それがない状態でそこまで信頼し合えるのって、難しいと思うんだよね、私は。だから疑うわけで」
俊夫は家族じゃないですー、という佳織の声が聞こえたが、雪奈はナチュラルに無視した。
雪奈の言うことはわかる。そしてそれに対する答えもわかっている。
それを言えば、おそらく納得はしてくれるとは思う。
だが、さすがに――それは恥ずかしいし、和樹にも迷惑になる気がする。
少なくとも彼に確認せずに言うことは、絶対にできない。
「理由は……あるといえばあります。けど、それを話すつもりはないので」
「強情な……」
「何と言われようとも、そこは譲れません」
「じゃあ質問変えるね。月下さんを恋人にできない理由は?」
「それは……すみません。言えないです。ただ、和樹さんもおそらく承知していることで、その上で私とあの人は家族の様な認識でいるのは確かです」
「わかるようなわからないような……」
「これ以上は言えないです。ただ、私と和樹さんが雪奈さんが考えるような関係になることは……少なくとも現状あり得ないので」
そう考えたことがないといえば、多分嘘になる。
だが、大前提として自分が玖条家に属している限り、その未来はない。
それは許されないことだ。
父が全てをなげうってでも母を選んだようなことが自分にできるのかといえば、それはわからない。
ただ、同じ覚悟を和樹に求めることはできないし、果たして自分が、父と母がお互いを想っていたほどに和樹へ好意があるかというと――わからない。
家族の様にとても信頼しているし、そういう意味では好きだとはっきり言える。
だが、異性として、生涯を共にする相手として見られるかというと、そもそも最初にそういう関係にならないという線引きをしてしまっているため、その検討自体が放棄されているに近い。
「むぅ……姫様が月下さんを信頼しきってるってことはわかったけど、理由は……言えないんだね」
「はい。ただ、別に後ろめたいとかそういう理由ではないです。ただ、和樹さんに断りもせずに言うのは違うと思いますし……」
一番の理由は単に恥ずかしいから、という気はするが。
「とにかく私の話はここまで、です。いいですよね、雪奈さん」
「ちょっと納得いかないけど……まあいいか。さて、佳織はそろそろ復活した?」
「うにゃ!?」
なんか可愛い声が聞こえた。
「い、いや、今日はもう良くないですか。明日も早いですし」
「何言ってんの。まだまだでしょう。なんなら、ここに唐木君呼び出そうか?」
「ちょ?!」
「雪奈さん、さすがにそれは……」
「冗談冗談。いくら同じ生徒会だからってそれはね」
半分くらいは冗談ではなかった気がする。
「幼馴染ってのは聞いてるけど、佳織と唐木君の関係はまたよくわからないからねぇ。姫様も知りたいでしょう?」
「それは……まあ」
自分のことを棚に上げておいてだが、興味がないといえば嘘になる。
「わ、私と俊夫は別に、小学校まで幼馴染だったってだけです。中学は違う学校でしたし、もう終わった話です」
「終わった話ではないとは思うんだけど。少なくとも唐木君は佳織のことを気にしてるし、佳織だって気にしてるでしょ?」
「ですね。私の目から見ても、お二人はお互いを信頼している、と思います。普段いがみ合ってるように見えることもありますが、もっと深いところで通じ合ってるというか」
言われた方は文字通りのゆでだこ状態だった。
なおも問い詰めようとしたところで――。
「みんなそろそろ寝ろ~。明日も早いぞ~」
廊下から先生の声が響いてきた。
時計を見ると、いつの間にか十一時を回っていた。
「ほ、ほら。もう寝ないと、です」
思わぬ助け舟に、佳織が全力で乗った。
「むぅ。でもまだ時間は……」
「雪奈さん、さすがにやめておきましょう。生徒会役員が夜更かしして寝坊とか、他の生徒に示が付きませんし」
「確かに……命拾いしたね、佳織」
なぜ命のやり取りに……というツッコミを入れたくなってしまった。
三人ともベッドに入る。
それを確認した白雪が手元のスイッチで電気を消すと、窓の外からの月明かりが、柔らかく部屋を照らしだした。
「これはこれできれいですね……」
「うん。どーせならこのまま話……佳織?」
二人がベッドの上で体を起こすと――佳織はすでに眠っていた。
「そういえば、佳織って恐ろしいほど寝つきがいいんだった」
「すごいですね……十秒経ってないような」
この寝つきの良さはさすがに羨ましい。
「さすがに寝ますか」
「そうですね。明日も早いですし」
二人ともベッドに横になる。
月明かりに照らされた部屋は、どこか幻想的な雰囲気すらあり、いい夢を見れそうな予感を感じつつ――二人もまた、眠りに落ちていった。