第53話 発覚した事実
全員の食事が終わったところで、和樹と白雪、要するにもてなす側の方で食器の回収を行う。
回収した食器はとりあえず軽くすすいでから、手早く一部は食洗器に入れて、一部は洗い桶に沈めた。
この量だと、さすがにこの家の食洗器では一度に洗えないので、二回に分ける必要があるが、とりあえず水に沈めておけば、食洗器で汚れが落ちやすい。
片付けが終わると和樹は着席し、白雪は冷蔵庫からデザートのプリンを取り出すために台所に消える。
その時和樹は、横に座る友哉がなにやら疑惑の目で自分を見ているのに気付いた。
「なんだ、友哉」
「なあ和樹。クリスマスの料理って、玖条さんが作ったものじゃないか?」
一瞬場の空気が止まった。
プリンを持って台所を出た直後白雪は、その状態で凍り付いたように停止している。
和樹は軽く天井を見て――まあ気づくよなぁ、と思いつつため息を一つ。
予想外といえば、最初に気付いたのが朱里ではなく、友哉だったことくらいか。
「まあ、そうだな。すまん、黙ってて」
その瞬間、目の前に座る朱里の顔が百面相よろしく次々と変わる。
「えー!? そういうこと!?」
「朱里。まだ食事中だ。でかい声出すな」
「え、いや、だって……」
「なるほど。どっかで似たような記憶があったわけだ。そりゃネットとかの評判探しても何もないわけだな」
「どういうこと、お姉ちゃん、誠さん」
事情が分かっていない雪奈と佳織に、朱里が去年のクリスマスにあったことを説明する。
「てことは、姫様、去年のクリスマスではすでに月下さんに家庭教師の後とは別に、料理を作ってあげるような間柄だったってことだね。まあ、初詣一緒に行ってるんだから、当然か」
「え。雪奈何それ」
どんどん情報が芋づる式に引き出されていく。
どういう展開だこれ、と文句を言いたくなるが、和樹にはこの流れを止める術が思いつかない。
「これは……さすがに二人にはちゃんと説明してもらわないと納得できなくなってきたんだけど」
和樹としては、想定されたほぼ最悪のパターンで事態が推移しているようにしか見えない。
せめて、あの姉妹は同時に参加させるべきではなかったかもしれないという後悔が、押し寄せてきていた。
どちらかというともはや査問会か裁判のような雰囲気になりつつある。
さすがの白雪も、このような事態になるまでは想定していなかったようで、どうすべきかわからず、おろおろしているようにも見える。
その様子が新鮮で、和樹はむしろ落ち着くことができた。
とりあえず、プリンを全員に配るのを優先する。
「説明と言ってもなぁ。だいたい話してある通りだぞ。それ以上は何もない。確かに食事は作ってもらっていたが、それは家庭教師の報酬の代わりなのは説明しただろう」
「クリスマスの料理も?」
「その前日に授業やってたから、その時に作り置いてくれていたんだ」
朱里がスマホでカレンダーを確認していた。
ただ、そこに関しては全く嘘はないので、疑念の余地はないだろう。
すると友哉がおずおずと手を上げる。
「俺は前回の海水浴に行ってないから分からないんだが、和樹と玖条さんは、家庭教師と教え子で、ご近所というだけ、ということなのか?」
「そう言ってる。まあ……それよりはもう少し親しいかもしれないが、少なくとも朱里あたりが邪推しそうな関係じゃない」
「説得力なぁい……」
「姫様、さすがに私も同感……」
「そう言われましても、私もこれ以上何を言われてもそこだけは変わらないですし」
「でも姫様、月下さんに会えてない間、絶不調でしたよね」
「そ、それは……その、夏の暑さとかもありましたし」
佳織が言ってるのは六月から七月にかけてのことだろう。
あの間の白雪は、やはり相当に調子が悪かったらしい。
それが、『父親』との時間が突然失われていたからだというのは分かっているが、それを説明するとさらに面倒なことになる予感しかしない。
すると、それまで黙っていた誠が手を挙げた。
「なあ。とりあえず二人は、付き合ってるとかじゃない。けど、家族みたいに仲がいいってことでいいか?」
「そ、そうです、ね……。なんとなく落ち着く、という点では家族という言葉は適切かもしれません。実際、私は和樹さんを家族のように信頼していますし」
「まあ、距離感が普通のご近所さんより近いのは認めるが、白雪が言うように家族みたいなもんだ。少なくとも朱里あたりが妄想するような色っぽい話は、ない。強いて言うなら、卯月家と津崎家が家族ぐるみで仲がいいのに近い」
「む……」
朱里は納得していないようだが、誠と友哉は和樹の説明に一定の理解は示しているようだ。
視線を移すと、雪奈と佳織は少し複雑そうな表情でなにやら相談している。
実際この辺りが落としどころだろう。
別に全部知られたところで困るわけではない気はするが、それでも気恥ずかしさはある。
ただ、これ以上の情報はもう出てこないはずだし、もちろん二人も言うつもりはなかった。
「で、家族みたいなものなので、会ってないと心配になったり不安になったりもする、と?」
「そ、そうですね……実際毎日会ってるわけではないですが、時々会いたくなる、と言いますか」
「高校生の一人暮らしとか、心細いこともあるからその程度は仕方ないという事だ」
実際、白雪が和樹に会えなくて寂しがるのには、あの家で、誰も頼れないで一人でいることがおそらくその理由の一つだろうとは思っている。
「むぅ。まあ二人がそうまで断言するなら、私としては楽しい妄想は妄想だけにとどめるけど」
「それ以前に妄想するな」
「はーい」
最後の抵抗勢力だった朱里も納得してくれたらしい。
それを最後に、とりあえず尋問会にも似た雰囲気は終わってくれた。
その後に食べたカスタードプリンは絶品で、全員から――和樹も実は白雪の作ったプリンを食べたのは初めてだった――絶賛されていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お疲れ様、白雪」
「はい。和樹さんもお疲れ様でした」
「すまなかったな、色々。せめてあの姉妹は別々にしておくべきだったか」
「そこは……まあ仕方ないかと」
食事会はすでに終わり、とりあえず他は全員帰宅している。
友哉はここから駅まで行って電車だが、残りは卯月夫妻が車で送ってくれた。
今は二人で後片付けの最中だ。
「まあ、家族みたい、というのは納得いただけたようですし……そこは、本当ですから」
「そうだな」
さすがに父親のようにというのはともかく、家族という曖昧な言葉で括ることができたので、十分だろう。
実際、嘘は言っていない。
「今はこれで十分すぎます。私には」
「……そうか」
色々あったが、今後多少からかわれるとしても、余計な詮索をされることはないだろう。
友人に黙っているという後ろめたさが解消できたと考えれば、全体としては良かったと言える。
「まあ……今年のクリスマスとかはまた同じように集まる、とかなりそうだけどな」
「それは私はむしろ歓迎ですね」
去年より賑やかになりそうだ。
さすがに来年は白雪達は受験だからそんな余裕がないとなると、今年が最後か。
それに。
白雪との関係はおそらく彼女が高校を卒業するまでだろう、と和樹は漠然と感じていた。
そこまでは続けられるだろうが、おそらくその先は――玖条家のしがらみが白雪を捕らえる。そしてそれをどうにかするだけの力は、和樹にもありはしない。
「和樹さん?」
白雪が心配そうに見ていた。どうやら少し考え込んでいたらしい。
「何でもない。とりあえず、さっさと片付けるか」
「はい。あと夕飯の仕込みも少しだけ」
「……わかった」
ナチュラルに夕食まで作るつもりらしいが、それを今更とがめだてするつもりはなかった。
「そういえば、そろそろ学校だよな」
「そうですね。来週の水曜日からです」
「夏休みの宿題は……聞くまでもないか」
「さすがにもうとっくに終わってます。雪奈さんたちもそうだったはず」
「何気に全員優秀だよな……さすが生徒会」
「生徒会役員が宿題やってないとか、さすがに示がつきませんしね」
「確かに」
思わず笑ってしまった。
長い夏休みももう終わる。
夏休みの間は会う頻度が大幅に増えていたが、果たして元に戻せるのだろうか。
一抹の不安を感じつつ、和樹は食器を食洗器に並べていった。