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白雪姫の家族  作者: 和泉将樹
七章 白雪の夏休み
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第50話 誠の評価

「和樹さんは泳がないんですか?」


 ビーチパラソルの下で荷物番をしていた和樹に声をかけてきたのは、白雪だった。

 何回か海に入ったらしく、日焼け対策にラッシュガードを着ているとはいえ、それが水に濡れて貼りついた肢体は目のやり場に困るが、それを彼女に言うわけにもいかず、視線だけ水平線の方にずらした。


「荷物番は必要だろう。今回俺は、引率みたいなもんだしな」

「それは……確かにそうですが、ちょっと寂しいですよ」

「気にするな。友人と楽しめるうちに楽しんでおけ」


 すると白雪が悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「もしかして、和樹さんが実は泳げないとか」

「……それは挑戦と受け取っていいのか?」

「い、いえいえ。冗談です」


 実際、和樹は泳ぐの自体は得意だし好きだ。

 ただ、現実として荷物番は必要なので、誰かがここにいる必要はある。

 待機するのが女性陣の誰かだけだと、ナンパしてくれというような状態にしかならないから、男性の誰かしかない。

 俊夫は今回高校生枠、つまりもてなされる側という扱いなので、荷物番をさせるつもりはない。

 そして誠は、今は新妻と仲良く遊んでいる。

 実際夫婦になってから海に遊びに来たのは初めてだろうし、満喫させてやりたいという思いはあるため、代わってくれというつもりはない。

 ただ、誠が荷物番をすると言ってきたら交替するつもりだ。


「でも、ちょっと休みます。隣、いいですか?」

「……どうぞ」


 海の家で貸し出してくれたビーチパラソルで日陰になっているレジャーシートには、全員の荷物が置いてある。

 シートがかなり大きいので、その上に座椅子タイプのビーチチェアを置いていて、和樹はそこでくつろいでいた。

 白雪がもう一つのチェアに座る。

 陽射しは大型のビーチパラソルが遮ってくれるので、陽射しの暑さはほとんどないが、さすがに夏本番。

 動かないでいるだけでも汗がじわじわと噴き出してくる。


「朱里の尋問に疲れたりしてないか?」

「ちょっと、あります。雪奈さんが何とかブロックしようとしてくれてますが……すごいですね、朱里さん」

「学生時代からあれだからな……」


 誠と結婚して少しは落ち着いたかと思ったが、全くそんな気配はない。

 むしろパワーアップしている様な気すらする。

 もっともあれで、ちゃんと相手の様子を見て、やり過ぎることはないのだから、大したものだ。


「子供ができるまで変わらんかもなぁ……」

「でもあのお二人の子供なら、とても可愛らしい気がしますね」

「かもな」


 そしてあの二人なら本当に大事にするだろう。


「朱里に何を聞かれたんだ?」

「えっと……知り合ったきっかけとか、どういう付き合いしているのか、とか……かなり根掘り葉掘り」

「まあそれなら、答えて問題ない範囲は答えていいだろ」

「あと……すみません。食事のことも、少し」

「う」

「その、クリスマスの時のこととかは言ってないんですが、家庭教師の話をしたら、その、対価の話になっちゃって」


 朱里は大学では経営学を学んでいて、簿記の資格も持っている。

 そのため、会計や税制などに詳しい。

 今の仕事もどこだったかの会社で経理関係の仕事をしていたはずだ。

 当然、フリーでやってる和樹が収支をしっかり計算しなければならないことも知っているし、最初の頃にそういう関連ではアドバイスを求めたことがある。

 その関係で和樹も会計を学んでいて、それは今の仕事にも活かされている。


 朱里であれば、法的にまずいことになってないかという心配から、家庭教師の報酬をどうしているのかというのは、気になったのだろう。


「まあ……朱里なら対価がどうなってるかは、気にするだろうからな……」

「それで、お食事を作ってる、と教えたら、今度ぜひって……」

「そっちかよ。朱里はそれ、どこでやってもらう想定なんだ……?」

「多分、和樹さんの家かと……」


 頭が痛くなってきた。

 朱里はおそらく、雪奈から白雪が一人暮らしであるという情報は得ているだろう。

 だが、名家のお嬢様だといっても、普通は女子高生の一人暮らしがそんな広い家のはずはない。

 人を招くというのは想定していないだろうと判断する。

 さらに和樹の情報の授業をどこでやっていたかという話から、食事の話になれば、白雪に食事を作ってもらうなら和樹の家でとなるのは、当然の帰結だった。


「まあすぐにやれって話にはならないだろうが……クリスマスのことが露見するのは時間の問題か」

「すみません……」

「いや、いいさ。白雪抜きで白雪の料理でクリスマスを楽しんだことに、少し後ろめたさもあったからな。しかしこうなると……今年はそれが必須にされそうだ」

「私は構いませんが」

「今年はあいつらの新居でって話になる見込みだったんだがなぁ」


 このままだと七年連続で和樹の家のクリスマス会が確定しそうである。

 さらに言うなら、あの四人以外も増えそうだ。

 今目の前で腰まで海につかりながら遊んでいる人間は――俊夫は分からないが――全員来たがる気がする。

 そして和樹の家はそのくらいなら何とかなってしまう。


「人数も増えそうだな……」

「私の家でもいいですが……」

「それはやめておけ。というか、あまり人を入れたくないだろう」

「……はい。和樹さんは例外ですが」


 身内認識ゆえの例外を認められているのは、少しだけこそばゆい。


「ひーめさまーっ。遊びましょうーっ」


 雪奈が大きく手を振っていた。

 それに笑顔で応じて、白雪は立ち上がる。


「じゃあ、ちょっと行ってきます」

「おぅ。楽しんでこい」


 白雪は波打ち際へ駆けていく。


「いい子だねぇ。玖条さん」


 入れ替わりに来たのは誠だ。

 死角から来たので、接近に気付かなかった。


「……ちょうどいい。荷物番を頼む」

「待てよ、逃げんな」


 誠はそういうと、立ち上がろうとした和樹の肩を抑える。

 さすがにそこを抑えられては、和樹も立ち上がることはできない。


「別に逃げてねぇ」

「いいから話聞かせろ。不要だと思えたら朱里にも言わないから」

「何をだ? 言えることはほぼ言ったぞ?」


 すると誠は、はぁ、と少し呆れ気味にため息を漏らす。


「お前と玖条さん、ただの家庭教師と生徒というわけじゃないだろう。それなら、一緒に海に行くとかない」

「……彼女が一人暮らしだからな。頼れる大人があまりいないんだろう」

「説得力なさすぎだろ。というか多少話してて分かったが、玖条さんって、ものすごい警戒心強いタイプだろ。ちょっと聞いたが、雪奈ちゃんですら一緒に遊びに行くのに一年かかったと言ってた」


 そこを突かれると痛い。

 その理由は、白雪の許可なく話していい話ではないだろう。


「まあ、お前が人の警戒心を(ほど)くのがかなり上手いのは分かってるが、それでもちょっと例外過ぎると思ってな」

「……なんだその評価? 初めて聞いたぞ」

「まあ、言ってないからな。とはいえいまだに無自覚ってことか」


 誠が少し驚いたような表情になる。

 だが、和樹には何のことかさっぱりだった。


「うん、まあ今更なんだが……俺や友哉とこれだけ長く付き合えてるの、お前くらいなんだよ」

「どういうことだ?」

「まあ言っちゃなんだが、俺も友哉も顔がいいだろ。それにまあ、実家もそれなりだ。だから表面上の友人ってのは、中学の頃から結構多かったんだ。男女ともにな。ただ、そいつらはどこかで俺たちを利用するようなところがあるやつが多くてな。高校生くらいになると、そういうのが分かってきて、表面上の友人付き合いなんてのをしなくなった」


 それでか、と思う。

 むしろ交友関係が広そうに見える誠や友哉の、お互い以外の友人の話はほとんど聞いたことがなかった。

 軽い付き合いなら同じ学部生などにもいたが、休みまで会うような友人は、お互い以外ほぼ皆無。そのせいもあって、四人で固まっていたというのもある。


「で、まあ大学になってからも同じだろうって思ってたんだが、そこに現れたのがお前だ」

「確か最初、学食の席を譲ったことは覚えてるが」

「おぅ。俺もよく覚えてる。学食の席なんてみんな奪い合いなのに、あっさり譲られて不思議な奴だって思ったからな」

「お前らが三人で困ってて、俺は一人だったからな。どうにでもなると思っただけだ」

「見ず知らずの相手に普通それは出来ねぇよ。で、般教(ぱんきょう)で同じの受講してたから声をかけて――そしたらびっくりするほど裏表ない奴だって思ってな」


 和樹が顔をしかめた。


「なんだ。ケンカ売るなら買うぞ」

「やめとく。つか売ってるつもりはねぇ。そのくらいいいやつだと思ったんだよ」


 誠はそこで、海で遊んでいる朱里たちに目をやった。

 なにやら佳織が慌てた様子でジタバタしている。どうやら俊夫がつんのめって海に突っ込んで、バタバタしているらしい。あそこは足がつくはずだが。


「俺も友哉も、一緒にいる朱里もさっき言ったような理由から、人に対する警戒心って結構強いんだよ。朱里の場合は、俺らと一緒にいることでやっかみを受けたりしたこともあるしな。ところがお前は、それをあっさり解きやがった。俺だけならともかく、さらに警戒心の強い友哉も同じだったから、当時驚いたもんさ」

「特に何かした記憶はないし、むしろお前らから声をかけてきてたと思うんだが」

「まあそこは俺が気になったからな。で、お前は付き合ってみると、絶対に裏切られない、と思わされるんだ。こいつは信用できるってな。具体的にどこがとかは言いづらいが。ある程度自覚してやってるのかと思っていたんだが……社会人になった今でも完全に無自覚とはな」

「知るかよ。ただ、俺もお前らに話してないことだってあるし、俺だって、自分があまり人に関わろうとしないタイプなのは、自覚してる。嘘をついて表面上だけ付き合いをするとかできるほど、器用じゃないってだけだろ」


 本音を言えば、誠や友哉、朱里たちともこれだけ関わるとは思っていなかった。

 自分と関われば不幸になる――そんなことを思っていた時期があったし、それがすべて『違う』と言い切れるほどには――和樹はまだ立ち直れていない。


「和樹?」

「何でもない。まあ、お前らが俺をそう評価してくれてるのは嬉しいよ。あんがとな」


 和樹はそういうと、海に行こうとして立ち上がりかけ――またも誠に抑え込まれる。


「待て待て。ナチュラルに逃げようとすんな。玖条さんとどういう関係なのかについては、まだ聞いてねぇぞ」


 面倒な、と思ったが、何か聞き出さない限り、逃がしてくれそうにない。


「家族……みたいなもんなんだよ」

「家族?」

「白雪の生い立ちはちょっと事情があってな。家族とのつながりが現状薄い。で、俺が少しだけ家族みたいに思えてるところがあるらしい」

「兄とかか?」

「そんなとこだ。だから朱里とかが邪推しそうな関係じゃない。それだけははっきり言っておく」

「なるほどな」


 答えるべきことは答えたということで、荷物番を任せるべく、今度こそ和樹は立ち上がる。今度は、誠も押しとどめなかった。


「最後に聞いておくが、お前自身はどう思ってるんだ?」

「何がだ?」


 歩き出そうとした足を止めて振り返る。

 そこには、驚くほど真面目な誠の顔があった。


「……少なくとも今の俺は白雪の保護者だよ。俺はそう思ってるし、白雪もそう望んでいる」


 それだけ言うと、和樹は海の方に歩き出した。


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