第47話 予期せぬ追加参加
マンションの前にいた白雪の前に、ダークグレーの車体がゆっくりと停止した。
運転席の扉が開いて降りてきたのは、もちろん和樹である。
「この車ですか?」
「ああ。人数増えたし、荷物もあるしってことでね」
いわゆるミニバンと呼ばれる車だ。
全体的に丸みを帯びたボディラインが、ちょっと可愛くも見える。
街でもよく見るタイプの車だ。
「とりあえず荷物は後部座席に置けばいいが、一人増えたんだな。三列目も展開しておくか」
そういうと、和樹はバックハッチを開き、格納してあったシートを展開した。
車に慣れていない白雪は物珍しそうに見ていたが、はたと気付いておいてあった荷物を持ってきた。
それを和樹が受け取って、シートが格納されていて、開いたスペースに入れていく。
「これでよし。白雪は助手席でいいか?」
「はい。大丈夫です」
車に乗ると、すぐ発進した。
そして少し行ったところで、待ち合わせの公園に到着する。
「もう一人というのは……あの少年か」
「そうですね……」
佳織から『もう一人乗れますか』というメッセージが来たのは、前日の夜。
和樹に確認したところ、最大七人乗れる車を手配したとのことなので大丈夫と返答したが、その後メッセージがなく、誰が追加だったのか分からなかった。
そして待ち合わせ場所である、家からそう離れていない公園に着くと、予定していた雪奈と佳織の二人以外に、もう一人いたのである。
とはいえ、その一人は白雪には見覚えがあった。
「……唐木さんですね。生徒会の副会長で、佳織さんの幼馴染です」
「まあ、この車なら問題なく乗れるが」
もう一人というのが、保護者枠で佳織の親の可能性もあるかと思ったが、そちらではなかったらしい。やや予想外ではあるが。
「唐木さんが来る予定はなかったと思うんですが……まあ、男性が多いのは悪いことではない、でしょうか……?」
「まあいいんじゃないか。被保護者が増えた感じだが」
とりあえず三人の待つところに車が止まると――なにやらいがみ合っていた。
「やっぱり俊夫は帰ってください。そもそも来なくていいって言いましたのに」
「仕方ないだろう。母さんとおばさんに徹底的に言い含められたんだから」
「余計なお世話です。今からでも帰ってください」
「それができないのは佳織だって分かってるだろ」
やり合っているのは言うまでもなく佳織と俊夫だ。
その間に挟まれた雪奈は、困惑気味のようだ。
「おはようございます、雪奈さん。この状況は……」
「説明は……あとで。時間もったいないし」
こういう時、雪奈のサバサバした性格は心強い。
とりあえず車を降りると、和樹と白雪を見た二人は、さすがにいがみ合いを止めた。
「おはよう。君は初めまして、かな。月下和樹だ。まあ今日は……引率の先生だとでも思ってくれればいい」
「唐木俊夫です。すみません、急に。佳織……藤原さんのお母さんから、こいつの監督を任されまし……!?」
俊夫の言葉が強制中断された。理由は、佳織が彼の足を思いっきり踏んだからだ。
「よ、余計な事言わないでいいです! ……失礼しました。月下さん、突然の参加にご対応いただき、ありがとうございます」
「……えっと、同じく、ありがとうございます」
佳織に続いて雪奈が挨拶する。俊夫はまだ痛そうだ。
「……この二人、いつも?」
「はい。今日は特にひどいですが……」
「大丈夫か……?」
「まあ、普段はここまでではないので……」
いつもはここまで実力行使が行われることはない。
ただ、さすがに白雪でも、あれが照れ隠しを含んでいることはよくわかった。
実際、佳織の顔は真っ赤だ。
「まあ、とりあえず乗ってくれ。時間ももったいないしな」
とりあえず全員車に乗り込む。
助手席に白雪、二列目が雪奈と佳織、三列目に俊夫が座った。
「じゃあ、行くぞ」
車が緩やかに滑り出す。
「そういえば、今更でかつすごく失礼なんですが」
「ん?」
「和樹さん、免許お持ちだったんですね」
「……うん、それは確かに失礼だ」
「す、すみません……」
そう言いつつ、笑っているので怒ってはいないらしい。
「まあさすがに長野の田舎育ちだからな。車がないと困ることが多いので、学生のうちにさっさととっておいた。まあこっちだと車が必要なことはあまりないから、車は持ってないんだが」
「運転自体は久しぶりですか?」
「そうでもない。白雪には言ってなかったが、実はたまに車を借りて出かけてたことがある」
「そうなんですか?」
それは全く知らなかった。
「山城をたまに観に行くんだ。まあ趣味なんだが。平日昼間に行ってるし、夕方過ぎには帰ってきてるからな。まあここ半年では二回くらいしか行ってないが」
「む……なんか悔しいです。今度一緒に行きたいです」
「自分の趣味のことでなんだが、あんまり面白いかは疑問だぞ?」
「それを決めるのは私です」
「……確かに」
そうしている間に、車は高速道路に乗って、速度が上がる。
「月下さん、月下さん。話しかけてもいいですか?」
走行が安定したからか、後ろから佳織が声をかけてきた。
「ん? 構わないが」
「えっと、まず今回はありがとうございます。急に参加させていただき」
「うん、まあ驚いたけど、し……玖条さんに仲のいい友人がいるのは、いいと思ってるから」
「あ、呼び方いつも通りでいいですよ。姫様が白状してくれていますので」
「え」
「す、すみません……その、隠しきれず……」
そもそも二人には白雪が和樹のことを名前で呼んでいるのはバレていた。
そして一昨日、海のことが露見した際に、和樹が白雪のことをどう呼んでいるかについて問い詰められ、名前で呼んでもらっている、と白状してしまったのだ。
「……まあ、それならいいが」
和樹はやや呆れ気味だった。
「で、改めて聞きたいのですが、月下さんと姫様って、どういう関係なんでしょうか?」
「佳織さん!?」
いきなりそんな質問をされるのは想定外だ。
一昨日も家庭教師であり友人のようなものだと何度も繰り返して、納得してくれていたはずなのに。
「家庭教師兼友人かな。あとはまあ、保護者というか。意外に見てると危なっかしいところもあるしな」
ほぼ一瞬の澱みもなく和樹は答えていた。
あるいは、あらかじめ考えていた答えなのかもしれない。
危なっかしいと言われるのはやや心外だが、正月や夏休み前のことを思うと、そういわれても仕方ないかもしれない。
「知り合ったきっかけは……」
「白雪が一度交通事故に遭いかけたのを、偶然通りがかった俺が助けたんだ。その縁でな。白雪からは聞いてないのか?」
「あ、いえ。念のための確認しておきたかったというか」
「佳織さん。私の話と矛盾がないかを確認してるみたいですよ?」
「そ、そういうところは……なくもないんですが」
あるのか、と半ば呆れる。
ただ、二人に話した内容には基本的に嘘は一切混じってないはずだ。
言ってないことはあれど……。
「あ、和樹さん。その、同じマンションであることは……」
後部座席の二人には聞こえないように声を細める。
「ああ、分かってる」
それだけで意図は伝わったらしい。
その後雪奈も加わって会話が弾んだが、特に問題はなかった。
二人が急遽参加することになった時はどうなるかと思ったが、むしろこれで、和樹との関係について、二人が色々邪推していたのを否定できるようになった気がする。
そしてむしろ、白雪としては俊夫の参加で、俊夫と佳織との関係に何か変化を生じさせてくれないかという期待もあった。
車はやがて高速を下りて山間の道を抜けていく。
ややあって――海が見えてきた。