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白雪姫の家族  作者: 和泉将樹
七章 白雪の夏休み
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第46話 白雪と海水浴

「海水浴?」


 突然の白雪の申し出に、和樹はむしろ困惑した声を出してしまった。


「はい。一度ちゃんと、海に行ってみたくて」

「……正月に行ったのはダメか」


 正月、初詣で鎌倉まで行った際、江ノ島を含めた湘南地区を一回りした。

 当然海にも行ったことにはなる。


「それは……そうですが、夏の海というか」

「意外に白雪も俗っぽい願望もあるんだな」

「なんですか、それ。私だってまだ十六歳の女子高生です。海に憧れるくらいはあります」


 白雪が可愛く頬を膨らませるのを見て、和樹は吹き出すのをかろうじて堪えた。

 まあ自分を徹底的に律してしまい、押し潰されそうになっていた以前に比べれば、いい変化だと思えた。

 とはいえ、海水浴となると話は別だ。


「私、海に入ったことないんです」

「……そうなのか」

「両親が生きてた頃は……正直、そんな暇はなかったので」


 高卒で働いていた白雪の両親は、子供を海につれていくということは、難しかったのだろう。

 聞く限り、白雪が住んでいたのはここからもう少し内陸側に寄ったところらしく、当然だが子供の足では海に行くことができる距離ではない。


 とはいえ、実は和樹も家族と海に行ったことはない。海なし県だったし、わざわざ旅行に行くこともなかったのだ。

 大学に入ってから、誠らと行ったことがあるだけだ。


「友人と行くのはどうだ?」

「雪奈さんや佳織さんですか?」

「だったかな。あのショッピングモールで会った二人」

「……誘ってはみたのですが……遠慮されまして」

「そりゃまた意外だな。あの時の感じだと、大喜びで行くような気もするが」

「その、遠慮というか……絶対ナンパされるから、女の子だけではいけない、と」

「あー」


 ものすごくよく分かった。

 記憶する限り、あの二人年相応に魅力的な女性だったように思う。

 そんな二人と白雪だけで、多くの人がいる海水浴場に行くというのは、文字通り狼の群れに羊を放り込むに等しい。

 かといって、高校生で親同伴で海水浴というのは、確かにあまり聞かない。

 ないわけではないだろうが。


「和樹さんが一緒なら、少なくともナンパされる可能性は低いかな、と思いまして」

「俺は男除けか」

「父親がいると、さすがに手を出しづらくなる、とか」

「白雪の認識はともかく、他人から見たらさすがに親子には見えんぞ……」

「そ、それは分かってます」


 とはいえ――白雪の望みは出来るだけ叶えてやりたい、というのはある。

 とりあえずブラウザを起動する。

 この近辺の穴場と言えそうな海水浴場を探すと――意外に多い。

 とはいえ、こうやって紹介されている時点で、それなりに人が集まってしまうものではあるが――。


「盆や週末を外して、平日ならまだマシか」


 普通の社会人が休みではない時であれば、あとは夏休み中の学生と、夏休みがずれる社会人だけと、母数が減る。

 その上で、そう人が多くなさそうな、かつ客層がファミリーなどが多いような海水浴場を狙えば、ある程度()いている可能性はある。


「日程まで含めて任せてもらえるなら、何とか考えてもいいが」


 その言葉に、白雪の顔がぱっと明るくなる。


「先に白雪がどうやってもいけない日程を教えておいてくれ。それと俺の都合、あとは天気予報とか……色々勘案して、日程と場所を考えるから」

「な、なんかすごいですね」

「いや、まあ普通だろう。とりあえず予定を送ってくれ」

「わかりました」


 ほどなく、スマホに白雪の生徒会関連の予定が送られてくる。

 それをクラウドに共有すると、そのままパソコンで読み出して、自分のスケジュール、天気予報と重ね、確認する。

 天気予報だと、八月上旬はおおむね晴れが続くようなので、天気は問題なかった。

 あとのスケジュールと、平日を基本に考えて――。


「車出した方が楽か」


 昨年のデータなどから、比較的ここならいていそうだというのはあるが、電車の便が悪い。

 あるいは、それこそがいている理由の一つではあるのだろう。


「白雪。この日程ならどうだ?」


 お盆より少し前だが、逆に平日真ん中なので、少なくともお盆休みの社会人は確実にいない時期だ。

 指示されたカレンダーを見て、白雪が頷いた。


「はい、その日なら問題ありません。でも……その、お願いしておいてなんですが、和樹さんも行って下さるの……ですか?」

「一応そのつもりだ。まあ保護者枠だな」

「ありがとうございます。嬉しいです」

「……ちなみに聞くが、白雪って泳げないとか言わないよな」

「さすがにそれは言いません。速いとかそういうことはないですが、普通に泳げます。泳げなければ、さすがに海に行きたいという希望は持ちませんよ」

「そりゃそうか」


 とはいえ、海とプールではその危険性は全く異なる。

 まあそのあたりを知るためにも、海に行くのは悪いことではないだろう。


「じゃあこの日に行くか。ああ、電車の便が悪いから、当日はレンタカー使うことにする。……車酔いとかは大丈夫か?」

「え。そこまでしていただくのは……」

「まあ俺も気分転換したいしな。それに、来年の夏はもう受験とかなんとかで余裕もないだろうし、遊んでいられるのは今年までだろ。せっかくの高校生活だ。そのくらいの思い出作りは手伝うよ」


 それに対する白雪の返答は、これ以上ないほどに嬉しそうな笑みで、それだけで十分実施する甲斐がある、と思わされるものだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ご、ごめんなさい……」


 海水浴に行く二日前。

 突然白雪が謝ってきた。

 何かと思えば――。


「雪奈さんと佳織さんも一緒に行きたいって言いだして……」


 さすがにこれは予想外だった。

 確かに二人だけで行くのがいいのかという疑念はなくもなかったが、かといって他に一緒に行く相手がいるわけではない。

 さすがに誠や朱里を――友哉は今はそれどころではない――誘うのは論外だ。

 というか何を言われるか分かったものではない。


 だが、白雪の友人が一緒になるのも、想定外だった。


「その、私がうっかり口を滑らしてしまって……本当にすみません」


 話によると、生徒会室で予定を聞かれた時にうっかり「海に行く」と言ってしまったらしい。

 それで問い詰められて、隠しきれなかったそうだ。

 あのショッピングモールから帰った後、あの二人に和樹と白雪の関係についてある程度把握されたらしいので、うっかり口を滑らしたということか。


(まあ、考えようによってはありか)


 二人きりで行くとなると、さすがに和樹も平常心を保ち切れるか、実は自信はなかった。

 いくら父親役であるとはいえ、和樹と白雪の年齢差は八年。

 年が近いとは言えないまでも、例えば十年後なら、恋人同士でもありだと言える年齢差だ。十年後の白雪がどれだけ魅力的な女性になっているかは、ちょっと想像できない。

 今でも、時々白雪にはどきりとさせられるようなことがある。


 まして今回は海水浴であり、白雪は水着を纏うだろう。どういう水着を着るかは知らないが、それが魅力的なのは疑いない。

 そんな相手と二人だけで海に行くというのは、人によっては憧れる状況シチュエーションだろうが、父親として付き添う以上、不埒なことはできない。


 となると、むしろ他に白雪と同年代の女性がいるのであれば、本当に『保護者』という立場を徹底できる。案山子かかしにでもなればいい。


「彼女らも行きたいというなら、まあいいよ。俺は元々引率だしな」

「すみません……」

「そうなると……彼女らは家はどこら辺りだ?」

「えっと……」


 教えられらた住所エリアだと、途中でピックアップするのは難しい。


「それなら……ここに来るように言えるか? そうすれば、合流は簡単だし」


 彼女らの学校から少し距離があるが、歩いて行ける大きめの公園を示す。

 ここから、合流は容易だ。


「わかりました。それなら大丈夫だと思います。えっと、時間は……」

「早いうちの方がいいからな……朝の八時でも大丈夫かな」

「大丈夫だと思います」

「じゃあそれで」


 白雪が早速メッセージを打っている。

 その一方で和樹は、予約していたレンタカーの車種を変更していた。

 二人だから一番小さいのでいいと思っていたが、四人になるのであれば、荷物もあるしいっそミニバンタイプの方がいいだろう。


 結果としてこの選択は大正解だったわけだが、和樹にとって、この海水浴が想定をはるかに超えた事態になることを、この時は全く予想していなかった。


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