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白雪姫の家族  作者: 和泉将樹
七章 白雪の夏休み
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第45話 特等席の花火大会

「いらっしゃい、和樹さん」


 十八時半に白雪の家を訪れると、白雪が出迎え――その姿に、和樹は軽く驚いた。

 白雪は浴衣を着ていたのだ。


「えっと……何か変でしょうか……」


 和樹は、普段のスラックスに緩いシャツだ。和樹は元々一年中あまり服装が変わらないのである。


 白雪の浴衣は、薄い青色の目立つ柄がないデザインで、よく見ると水が流れるような柔らかな模様が描かれている。

 見てるだけで涼し気な印象だ。

 帯はそれと対比するように、オレンジのラインが入った赤い柄である。


 そして彼女が普段と違う印象に見えたのは、髪を上げているからだろう。

 普段はそのまま流すか、軽く括っているだけの髪が、今日はきれいに結い上げられていた。


「いや、よく似合ってる。というかとても新鮮だ」

「ありがとうございます」

 

 そういうと白雪は嬉しそうに笑い、くるりと一回転して見せた。

 すると、髪が結い上げられていて、普段見えない白いうなじがはっきりと見え、和樹は思わず見てはならないものを見たような気分になってしまった。

 とたん、白雪から何とも言えない、蠱惑的ともいえる気配すら感じる。


「和樹さん?」

「い、いや。なんでもない。普段と違うから、印象が変わったなと思ってな。悪くないと思う、ぞ」


 考えてみたら酷い言い訳だが、褒めたのは間違いなく、白雪も満足そうに笑う。


「ありがとうございます。お食事はもう作って、持って行ってます。こちらです」


 あらためて案内される。

 とりあえず和樹は、白雪をあまり見ないようにした。

 普通だと家を見る方が失礼に当たるが、仕方ない。


 白雪の家に入るのは、四月に彼女が体調を崩した時以来だ。

 あの時は寝室と洗面所にしか入らなかったが、今回はリビングに通された。


「……知ってはいたが、すごい広さだな」


 南側の壁ほぼ全面が大きなガラス戸になっていて、その先が広いバルコニーになっている。そのリビングの広さは、これだけで、和樹の家の全てと同じくらいありそうだ。

 天井も、心持ち高いように思う。


 大きなソファや豪奢な造りのリビングテーブルが置いてあり、壁にあるのは家電量販店でしか見たことがないような、巨大サイズのテレビ。

 挙句にグランドピアノが置いてある。

 普通の家でグランドピアノがある家など、初めて見た。

 見る人が見れば羨望の眼差しを向けるしかない環境だが、あらためてここに一人となると、逆にうすら寒いと感じるのは、おそらく誰もが同じだろう。


 あまり見るのは失礼だろうと思って、見回さないようにしたが――ふと、リビングボードの上の写真が目に留まった。


「これは……」


 気になって近付く。白雪もそれを止めはしなかった。


 そこには、三人の姿が映っていた。

 真ん中は小さな女の子だ。その鮮やかな黒髪は見覚えがある。

 そして両側にいる男性と女性。女性の髪は、女の子と同じ鮮やかな長い黒髪だった。


「これが……君の両親か」

「はい」


 その写真から、二人の愛情が伝わってくるようだった。

 白雪がどれだけ愛されていたか、よくわかる。


「白雪、両親どちらに似てるのかと思ったが……どっちにも似てる、という感じだな」


 白雪の容姿があれほど整っているのだから、両親もどちらも容姿端麗だろうとは思っていたが、予想通りだった。

 ただ、どちらに似てるとかはあまりない。

 あえて言うなら、どちらにも似ているという気がした。

 身も蓋もない言い方をすれば、この二人を足して割らずにそのままにしたようだ。


「両親にはよく、自分たちのいいとこどりしたね、とは言われました。大きくなってから……そうなのかな、と思えてます」

「俺もそう思う」


 白雪が恥ずかしそうに頬を染める。

 その様子が、とても愛らしい。


 ちなみに、白哉と和樹は、全然似ていなかった。

 白雪が父親だと思っているから、少しは似ているかと思っていたが、どうも容姿は全く理由に含まれていないのだろう。

 むしろ誠とかの方がまだ似ていると言えるが……単にイケメンというだけかもしれない。


「ん? ノート……か?」


 写真のすぐ横に、何冊かのノートが置いてあった。

 どれもかなり年季の入ったノートで、しかもかなり使い込まれた感じだ。

 表紙には『研究ノート』とだけ書いてある。

 手に取ってめくると、びっしりと大量の料理のレシピが書いてあった。


「これは……」

「それは、父と母が遺したレシピです。いつも研究していて、それを全部書き残してくれてて。私の料理の教科書ですね」

「なるほど。とはいえ、これだけであれだけの技量になるのはすごいな」

「あ、いえ。さすがにそれは。その……玖条家に入ってから、伯父の意向なのでしょうが、色々な習い事をさせられました。その中に料理もあって。でも、料理の先生はとてもいい方で、このノートを基本に色々教えてくれたんです」


 白雪が玖条家に入ってから、どのような生活だったのかが、垣間見えた。

 習い事を色々、と簡単に言っているが、それも結構大変だった気がする。


「そうか。それじゃあ、そのおかげで俺は美味しい食事を頂けているわけだ」

「そうですね」


 白雪が笑う。


「……さて、とりあえず花火見物の準備するか」

「はい。こちらです」


 白雪が五階へ上がる階段に案内してくれた。


「すごいな。全面ガラス張りか」


 そういえば、マンションの外観でいつも見えていたのを思い出す。

 特殊加工をされていて、外からはほとんど中が見えないようになっていたが、まさかこうなっているとは思わなかった。


「この上です。部屋が一つと、小さなキッチンがあるのですが……今まで何のためかと思ってたのですが、やっとわかりました」


 上がってみると、寝台が置いてある部屋と、隣接してキッチンがある。

 キッチンは和樹の家よりも少し狭いが、それでも必要最低限の機能はあるようだ。


「要するに、ルーフバルコニーでパーティをするための、準備スペースなんですね」


 確かに階下からいちいち持ってくるのは面倒だ。

 大きくはないが冷蔵庫まである。


「普段使わないので、冷蔵庫の電源も外してたのですが、今回はつけてます。掃除からしないといけなかったのがちょっと大変でしたが」


 見ると、台所に作ったと思われる食事も並んでいた。


「すごいご馳走だな」

「ちょっと頑張りました。お外で花火見ながら食べやすいものにしてますが」


 確かに、サンドイッチや串にささった揚げ物など、片手で食べやすいものが多い。


「ちょっとしたパーティだな」

「ですね」


 二人でバルコニーにテーブルを出して、そこに料理を広げる。

 ほどなく準備は完了し、お互いに飲み物を開けると、コップに注いだ。

 ちなみに、結局ビールを一本だけ持ってきたので、最初の一杯はそれである。

 二人でコップを合わせると――空の向こう側で光の花が咲いた。

 ややあって、ドン、という音が響いてくる。


「始まりましたね」


 続けて光の花が連続で咲いて、夜空を彩った。


「きれい……」

「ああ。これは……いいな」

「本当に特等席ですね、ここ」

「だな。隣の人も楽しんでいるみたいだ」


 ルーフバルコニーは壁で隣と仕切られていて、視線は通らないようになっているが、その向こうから楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

 おそらく隣も、同じように花火見物をしているのだろう。

 こちらより人数は多そうだが。


「来年は受験で大変かもしれないが、息抜きに友達を呼ぶのもありじゃないか?」

「そうですね。ちょっと考えてみます。でも、できれば来年も、和樹さんと見たいです」

「それは……そうだな」


 可能なら、白雪の友達も、できるなら和樹の友人らも一緒にここで楽しめたらいいが――できるかどうかは不透明だ。

 この関係を明らかにすることに対する抵抗もあるし、来年の状況は未確定だ。

 ただ、今のような関係はまだ続いている気はしている。


 それでも、この関係はいつまでも続かない。

 白雪の家の事情もある。

 いつか終わりが来るというのは、分かっていた。

 そしてそれを、白雪も覚悟していることも。


 ただ、それまでは。

 少なくとも彼女が望む限りは、彼女を支えていたい。

 彼女の両親の墓前に誓ったように。


 夜空を彩る光に照らされた白雪の横顔を見ながら、和樹は改めてそう思っていた。


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