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白雪姫の家族  作者: 和泉将樹
七章 白雪の夏休み
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第43話 白雪と玖条家

 強い夏の陽射しは、同時に濃い影を落とす。

 雲に遮られたことで生じたその影は、白雪の表情を完全に隠していた。

 

 白雪の過去。

 彼女がどういう思いでそれを話そうとしているのかは、分からない。

 だが、この先も白雪と関わっていくなら、おそらくそれは和樹も知るべきなのだとは思えた。


「白雪が話していいと思うなら、聞かせてもらいたい」


 その返事を聞いて、白雪は少し言葉を探すようにしてから――和樹に向き直った。


「多分お察しだとは思いますが……玖条家は、いわゆる『名家』と呼ばれるものになります。少し昔であれば貴族の位にある家柄です。家系図を辿ると、皇家とつながっていたり、あるいは少しマイナーな史書なら、名前が載ってるような人もいるような家系です。私の家はその本家にあたり、京都に拠点を持ちます」


 推測はしていたが、改めて聞かされると驚く。

 というか、推測していた以上の家系だった。


「今の世にあっても、それなりの影響力などを保持しているようで、関連する会社なども多いそうです。私の父である白哉(はくや)は、その家の当主の次男でした。兄、つまり私にとって伯父にあたる人とは、二十年ほど年が離れていたそうですが。次男として、いずれは伯父を支える人材となるよう、教育を受けていたと聞いてます。ですがある時、母に会って父の人生は変わったそうです」


 白雪は墓石に刻まれた二つの名を見下ろした。

 まだ日が翳っているので、その表情は少し見えづらい。


「父と母がどのくらいでその仲を深めたのかは、わかりません。知り合ったきっかけは、学校間の交流会だったそうですが……この交流会を、当時生徒会長だった母がその権限を使ってか、お互いが行き来する催しとして、二回も開催してるところを見ると、お互い最初からでは、と思ってます」


 京都と白雪が今通う学校は、新幹線で数時間の距離だ。

 この距離での交流会など、普通年に何度も行うものではない。


「けれど、二人の交際は認められなかったそうです。母は本当にごく普通の家の出身で、玖条家としては到底受け入れられなかったそうで。そうしたら……父と母はなんと駆け落ちしたんです。しかも、高校卒業と同時に」

「……すごいな」


 前に白雪の父の享年を聞いた時、逆算すると白雪が生まれたのは父親が十八歳か十九歳、高校卒業の翌年だというのは分かっていた。

 そして生徒会の記録から、両親が同年齢であるのも間違いない。

 その時にすでに結婚してたとすれば、大学に進学していたかどうかはともかく、高校卒業後すぐに結婚したと思われ、相当情熱的だったのだろうとは思っていたが、まさか駆け落ちしているとは思わなかった。


 当時は高卒直後はまだ成人とは認められない。

 結婚するためには相当な苦労があったはずだが――どうしたのだろうと思ってしまう。


「そして私が生まれました。高卒で仕事をして家庭を守って……父も母も大変だったと思うのですが、私にはそういう記憶がないんです。いつも両親は楽しそうにしていたし、私の目から見ても、とても仲が良くて幸せそうで」


 そういって顔を上げた白雪は、本当に嬉しそうに――そして悲しそうに見えた。

 失われた過去。彼女にとっての幸せの形は、彼女が七歳の時に失われたのだ。


「そうして――私が七歳、小学校二年生の時です。やっと両親が独立して……ああ、すみません。両親共に料理が得意だったので、それを仕事にしていたんです。それで、ついに自分のお店を持てる見込みができたということで……お祝いに家族で、初めて旅行に行ったんです。でも、それが……」


 白雪が泣きそうになっていた。

 和樹は何も言わず、白雪の側に行くと、彼女を抱き寄せた。

 白雪は少しだけ驚いた様子を見せたが、そのまま和樹の胸に収まると、言葉を続ける。


「それが……最後でした。その時、交通事故に遭って、父も母も帰らぬ人となりました。私だけ、奇跡的にほぼ無傷で……父と母が守ってくれたのだと、今でも……思ってます」


 白雪は和樹の胸に顔を押し付けると、少しだけ嗚咽を漏らす。

 少しの間沈黙が流れ、落ち着いた白雪は和樹から離れる。

 そして顔を上げた白雪は、今度はどこか、怒ってるようにも見えた。


「その後、その事故報道で玖条家が私達のことを知って、私を迎えに来ました。当時、すでに母の両親も亡くなっていたので、私一人ではお葬式も満足にできなかったと思いますから、それは……助かったのですが」


 怒っているというより、呆れているようにも見える。

 おそらくこれからの話が、彼女が玖条家に隔意を抱く理由の一つなのだろう。


「お墓に埋葬する際に――あろうことか、父は玖条家の墓に入れるけど、母は入れずに、別の地に墓を建てると言い出したんです」

「な!?」


 夫婦が別々の墓に入るケースはないわけではない。

 だが、話の通りなら白雪の両親はとても仲が良かったはずで、同じ墓に入ることを望まないとは思えない。


「玖条家として認められていない者を玖条家の墓に入れるわけにはいかない、という事だったそうです。当時、私はその意味が分からず……二人のお骨の前で泣き喚いていました」


 それは当然だろう。

 自分でもその事態になれば、受け入れられるとは思えない。


「結局……これに関しては祖父――当時すでに当主の座は譲っていたのですが、その人が私の希望を聞いてくれました。それが、このお墓です。玖条家の墓には入れられなかったのですが、二人は一緒にしてくれました。そこだけは……お祖父(じい)様には感謝しています。ただ、こんな場所にあったので、初めてお墓参りできたのは、去年だったのですが」

「もしかして、こっちの学校を希望したのは、このお墓のことも?」

「はい。母の母校であることが一番大きな理由でしたが、こっちに住めばお墓参りもできるとは思ってました。隣にある北上家の墓が、母の両親のお墓です」


 白雪が、実家というか『玖条家』に対してよい印象を持っていない理由の一つが、これなのだろう。大好きだった両親を徹底的に蔑ろにされたという幼少期の記憶は、そうそう薄れるものではない。


「その後私は、玖条家に……伯父に引き取られました。七歳だった私に、他に行ける場所はなかったですが……」

「お母さんの実家筋はなかったのか?」


 話の通りなら、両親が亡くなるまでは、こちらに住んでいたと思われる。母方の実家もこちらの様だから、転校や環境の変化も考えると、その方がまだよかったようにも思える。


「分からないです。ただ、母の実家のことは私もほとんど知りません。祖父母も、私がもっと小さい時に病で亡くなっていて、それ以外の親戚の話は聞いたことがないんです。いてくれたら……そちらの方が多分、ずっとよかった気はしますね」


 はたから見れば、大金持ちの名家に引き取られたのだから、幸運だという人はいるだろう。だが、白雪の様子から、彼女が玖条家に入ったことをよかったと感じていないのは、明らかだ。


「結局私は、玖条家の枷を着けられてしまい、今に至ります。高校で少しはそれを振りほどこうとしてはいても、所詮子供の身では、どうにもできないのは分かっています」


 それはもう、和樹に向けられた言葉ですらない、独り言に近かった。

 多分まだ、彼女が語っていない――そしておそらく今日語るつもりはない何かが、さらにあるということだけは、和樹にも分かる。

 そしてそれこそが、白雪が玖条家と、そして自分自身にすら希望を見出していない理由なのだろうが――。


(そこまで来ると、俺ごときが口出ししていい話ではないが……)


 年齢に比して恵まれた経済環境を持ち、自分一人のことであればだいたいは何とかなる自信はあっても、巨大な『玖条家』という中に組み込まれた白雪をどうにかできるだけの力は、和樹にあるとは思えない。


 もっとも、これ以上何が彼女を苦しめているのかとは思うが、それは彼女が言わない以上、踏み込むべきことではないだろう、と思う。

 ただ、だいたいの見当はつく。

 おそらく彼女は、この先の進路を、自由に選ぶ権利すらないのだろう。

 ただそれは、彼女の可能性を著しく狭めるものでしかなく、和樹にとってそれは許しがたいことのように思えた。


「すみません、本当につまらない話でしたね。でも、聞いていただいて……少しだけ、すっきりした気がします」


 雲が流れ、再び陽射しが地上を――白雪を照らす。

 白雪は、涙を浮かべていた。


「白雪。君がもし、自分の未来を自分で掴むのが難しいと思ったなら、周りを頼るといい。俺もいるし、君の友達もいる。学校の先生だっている。少なくとも、俺や君の友達は、君が――未来に希望を持たないことを良しとはしていない」

「……私、そんな風にみられてましたか」

「違ったか? 大外れならとんでもなく恥ずかしいセリフになるが」


 すると白雪はゆっくりと首を振った。


「いえ……多分あってます。でも……そうですね。私自身どうするのが正しいのか分からないところもあります。だから……まだ、考えてみます」


 和樹はそれに無言で頷く。


 それから、視線を外して空を見た。

 雲から脱した太陽が、容赦のない陽射しを地上に叩きつけていて、その眩しさに目を細める。


 どうして白雪がここまで何もかも一人で頑張るようになったか、少しだけ分かった気がする。

 玖条家という巨大な存在の中にあって、白雪にはほとんど味方がいなかったのだろう。あるいは、両親を蔑ろにするような家に、それを求める気にならなかったか。

 それが限界に来た時に出会ったのが、自分だったのかもしれない。

 だがそれで彼女が救われるなら、和樹としてはなんでもしてあげたいと思うほどに、白雪を大切に思っている自分を、改めて自覚する。


「年長者としてアドバイスするなら……」


 一度口を止めて言葉を探す。

 軽く息を吸い込み、ゆっくりと吐く間に、頭の中で言葉がまとまってくれた。


「できるだけ後悔しない道を選ぶ。どちらを選んでもダメなら、自分を納得させられる言い訳ができる方を選ぶ」


 すると白雪は、きょとんとした顔になった。


「言い訳、ですか」

「そうだ。どうやってもどうしようもない時だってあるだろう。そういう時は、自分自身が納得できるようにやるしかないからな。それと、さっきも言ったが他人は頼れ。たいていの場合、自分では迷惑だと思っていても、頼られた側はそんなことは思ってなくて、むしろ頼られて嬉しいことだって多いんだ」

「和樹さんも……ですか?」


 少しだけ不安そうな表情の白雪に、和樹は迷わず頷いた。


「ああ。少なくとも俺は、白雪の頼み事を迷惑だと思うことはないよ。『父親』として頼ってくれることは、嬉しいと思ってる」

「和樹さん……ありがとうございます」

「あとは……そうだな。優先順位つけておくといい」

「優先順位」

「何を大事にしたいか、どうしようもない選択が出た時、どちらかを選ぶしかないなら、なにをより優先したいか。それがあれば、それができれば納得できる、という選択をするんだ」


 すると白雪が、あ、と言いながら口を開けている。


「白雪?」

「和樹さんがお父さんみたいだなってところ、また一つ見つけました。父が昔言ってたんです。母を――母さんを選ぶのが、自分にとっての最優先事項だったんだって」

「それはまた……情熱的なお父さんだな」

「そう、思います」


 高校卒業の時にそれだけの想いがあって、家も何もかも捨ててもお互いを選んだ。

 それほどに、彼らは想い合っていた。

 そしておそらく、一度も後悔していない。

 その二人の娘が、白雪なのだ。

 それだけに、今の白雪の現状には、忸怩じくじたる思いがあるかもしれないとすら思える。


 ならばせめて――今白雪が前向きになれる力にはなろう。

 それならば、今の和樹にも出来ることである。


 もう一度墓石を見て、心にそう誓ってから――ふと、あることに気付いた。


「今更だが、白雪の名前って、両親それぞれの名前からきているのか」


 白哉はくや雪恵ゆきえ

 その二人の娘で、白雪しらゆき


「はい、そうです。二人から一文字ずつですね。もっともこの名前で、ずっと白雪姫とかあだ名を付けられてましたが……でも大切な名前です」

「そうか」


 それだけで、両親のことをどれだけ白雪が想っていたかがよくわかる。

 その両親には及ぶべくもないが、彼女が親のように慕ってくれるなら――せめて自分の力の及ぶ限りは、彼女を支えたい。

 それが、和樹の偽らざる本心だ。


「そろそろ戻ろう。炎天下にいつまでもいたら熱中症になりかねない」

「はい」


 和樹が自然に手を出すと、白雪は迷うことなくその手を取った。

 最後にもう一度、墓に会釈をして――二人は並んで、墓地を後にするのだった。


一応補足。

華族ではなく貴族、皇室ではなく皇家と書いてるのは間違いではないです。

この話はフィクションです(笑)


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